陽の色に染まる白 今日も定時帰宅をキメて自宅の扉を開けると、
「あ。アルハイゼン、おかえり」
リビングの陽射しを背に受ける黒シャツ姿のカーヴェが立っていた。そこまで強くない逆光の下、袖にカフスを留めているようでキラッと光って主張している。
「ただいま。出掛けるのか?」
「あぁ。スポンサー様主催のパーティーなんだが、国外の来賓が多いようだから顧客探しに行こうと思ってね。――帰りは遅くなるだろうから先に寝ていてくれ。夕飯はきちんと食べるんだぞ」
「俺が寝ていたら君は家へ入れないと思うがそれはいいのか?」
「ちゃんと鍵は持っていくさ! あれは、どこかの誰かが僕の鍵を持っていたせいなんだからな」
いつもの風スライムのようにふくれっ面になりつつ、慣れた手つきでネクタイを結び、ベスト、ジャケットと順に着ていく。普段は見慣れない姿だが、当人はこういう公の場に何回も出ているからか、支度は慣れたものだ。
アルハイゼンはローテーブルに、付けるはずが忘れられたのであろうネクタイピンがぽつんと置かれているのに気づいて手に取る。
「目印にもなるようにキーホルダーを付けたのに、何故引っ掛かって一緒に持って行ってしまうんだ……ったく」
ぶつぶつと悪態つくカーヴェに近づいたアルハイゼンはネクタイにピンを付け、
「せっかく良い服を着ているのに小さい事に執着していると、稲妻の古い言葉のようになってしまうぞ」
「なんだそ――っ」
カーヴェが言い終える前に、腰に手を回して自分に近づけると唇が触れるだけの軽いキスをした。宣告も無しにしたものだから、カーヴェは目を見開いたまま硬直している。
その様子を猫のように可愛らしいと観察しているとハッと我に返った。
「……急にキスをしたら驚くだろ」
あくまで平然を装っているが声が震えてるように聞こえる。
「俺がしたかったからした。恋人だから間違ってはいまい」
「それはそうだけど――このっ!」
カーヴェもアルハイゼンの背中に手を回したかと思うと勢いよく顔を近づけてキスを仕掛けてきた。先程のような優しいものではなく、口内を舌でまさぐる激しめのキス。
アルハイゼンは瞼を下ろし、舌でしっかりと味わうように上顎や歯茎を撫でる。その度にカーヴェが震えるが、背中に触れる手に力を入れてこちらの舌を絡めるように動かしてくる。
よだれが顎を伝って垂れていくのを感じ、頃合かと唇を離す。眼前のカーヴェは鼻で息を整えながら手の甲で口元のよだれを拭っていた。
「ど、おだ? 僕だってやられっぱなしじゃない」
「自慢気にするのはいいが、時間はいいのか」
「えっ? 今何時だっ?」
時計を確認すると、そろそろ出ないといけない時間になっていたらしく、突き飛ばすように離れると慌ただしく身なりを整えたり荷物を取っていく。
口元を拭いながら、慌てる姿を眺めて楽しんでいるとふとカーヴェがこちらに顔だけを向けた。
「そうだ。今夜は起きて待っていてくれないか」
「どうしてだ。鍵は持っているはずだろう」
「あれ? あのキスは僕を誘っていたんじゃないのか? そうだと思って、パーティーは程よいところで切り上げようと思ったんだがな」
当たり前のように言うカーヴェにアルハイゼンは視線を外す。
「……そうだな、鍵を忘れた恋人がいたら起きていないといけないな」
そんな返答に、カーヴェは吹き出して笑うと嬉しそうにアルハイゼンの頭を撫でて頬をむにむにと揉んではまた撫でる。
「そしたら鍵は置いていこう。僕を楽しみにさせたんだ、ちゃんと待っていてくれよ」
アルハイゼンは腕組みをとかずに大人しく揉まれ撫でられ、満足したカーヴェは意気揚々と家を出て行った。鍵は玄関の鍵置き場にしっかりと置いて。
それを確認したアルハイゼンはコーヒー豆の残りがあるかキッチンへと向かった。