パズル・リ・ワーク「あ、姫子だ」
「あら」
ヤリーロⅥでの開拓が一段落した頃。そういえば流されるまま乗車したきり、この列車そのものの探索は行っていなかった事に気が付いた。生活に必要な機能が備わっている車両は乗車初日に一通り教えられたが、前後限り無く広がっているこの神の造物を入念に調べないのは勿体無い。
思い立ったが吉日。早速手当たり次第に調べよう、と穹は簡単な携帯食を片手に小さな開拓の旅を初めてのだった。
客室、倉庫から食堂、厨房、シャワールーム等の見慣れた機能を持った車両を通り抜けて、幾つか空の────それこそ一般における"列車"のような座席車両をくまなく調査して、漸く一風変わった車両に辿り着いた穹はそこでばたりと姫子に出会した。
「まさかこんなところで会うなんて、何か用でもあったのかしら」
「俺、まだここの事よく知らないから。列車を開拓中」
「いい心がけじゃない。だとすればちょうど良いタイミングに来たわね」
子供の探検のような小さな開拓の旅を姫子は笑って受け入れ手招きする。首を傾げつつその側に寄るとガコン!という音と共に車両の床が開いた。
「おお!なんだ?これ」
「他の車両へエネルギーを供給する装置よ。この列車自体は先頭の車両────機関車が制御する動力で動いているけれど、生活に利用している車両はその限りではないわ。だから節約の為にも簡単な発電機を幾つか搭載して、効率的に各車両への供給を制御しているの」
「へぇ……あれ、そんな大事な装置、こんな風に開けちゃって良いのか?」
「"開拓"を使わない機工だから定期的にメンテナンスが必要なの、今が丁度そのタイミングだったってわけ」
そう言うと姫子はドレス姿で器用に床下へと降り、カチャカチャとスイッチを確認していく。細身の六角レンチを何処からか取り出して部品の調整を行っている姿を眺めていると、そうだわ、と呟きながらすっと姫子は床上の穹を手招きした。
「あんたもやってみない?ヤリーロⅥでは機械修理を学んだそうじゃない」
「えっ」
突然の誘いに驚いて固まる。
確かに、ヤリーロⅥではセーバルに教えられて簡単な機械の修理を行った。けれどあの星で利用されている機械の規格は全て共通で、数百年は前の造りだった。気にはなるが、姫子が導入したのであれば恐らく最新式の規格であろう機械の造りが自分に理解できるだろうか。
「そう難しいモノじゃないわ、単に配線の状態を確認して流れている電力の数値が正しいものか確認するだけよ。壊れた機械を直すよりも簡単だわ」
「そうかな……そうかも……」
言われてみれば確かに、確認なら修理よりも簡単な気がする。
誘われるままに床下へと降り、配線の色を確認する。出力の目標値は姫子が持っていたタブレットで確認できて、許容値範囲だが若干ズレが発生していたものをハンドルを回して調整。水回り付近ではどうしても不要な水が貯まってしまうらしく、ノズルを六角で操作し手動排水を行う。
全て自動化されているようで、この時代においてと意外と細やかな手作業が必要なんだなぁと穹は"今"を生きる生物らしくない感慨を抱く。ヘルタで目覚めた際この世界を"SF映画"と形容してしまった辺り、記憶を失う前の自分はもしかしたらかなりの世間知らずか星間を旅する事の無い存在だったのかもしれない。
「こんな感じで良いのか?」
「上出来よ、あんたって、こういうのも得意なのね」
作業を終えた機工を撫でながら出力の状態をタブレットで確認してふ、と姫子は優しく息を吐く。その様子は本当に感心しているようで、褒められた嬉しさに穹の固く結ばれた口許も自然と緩んだ。
「普段は私とパムで整備しているのだけど、これなら人手が必要な時はあんたにも手伝って貰おうかしら」
「ヨウおじ……ヴェルトさんや丹恒じゃだめなのか?」
「ヴェルトには他にやって貰う事が多いし丹恒は……教えれば覚えてくれるでしょうけど、こういう事が好きなわけじゃないと思うの。ほら、あの子は生物学者だから」
「あ、なるほど。生き物と機械って真逆だもんな」
無論、宇宙にはオムニックやスクリュー等の無機生命体が存在するが一般論として有機生命体、いわゆる生物と無機物は真逆の存在だ。それなら確かに、あまり得意ではないかもしれない。
「あんたは結構好きみたいね、こういうの」
「うん、パズルみたいで面白い。正解があって、それを目標に調整すれば良いんだろ?簡単とまでは思わないけど、これじゃレールが進まないってくらいなら直感でわかるし」
けれど反対に、自分で何かを想像して作ることは多分難しいのだろうな、と穹は直感する。
既に目的を、目標を、辿り着く先が与えられているからこそ"こうじゃない"と認識できるわけで。多分、自分で目的を作ることは出来ない。それが記憶がないせいなのか、それとも元々の気質なのかは判断できないが。
「ふふ、修理向きの感性ね。助かるわ」
けれど姫子はその長所だけを引き抜いて笑いつつ、華麗に床上へと上がって見せた。ベルトをひっかけないよう慎重によじ登りつつ穹は思う、あの白いドレスでごちゃごちゃの床下から一糸乱れず戻れるなんて、これが余裕ある大人というやつなのかもしれない、と。
「さて、メンテナンスも終わったし私はいつもの車両に戻るけど……あんたはどうする?」
「開拓を続ける!まだ見れてない車両が沢山あるから。今は先頭に向かって歩いてるけど末尾の方は全然見てないし」
「そう、なら気を付けてね。列車はあんたが思ってるよりもかなり広いから、無茶して進みすぎないこと。帰るには同じだけ歩かないといけないことを忘れないで頂戴」
はね上がった床を壁の操作盤で操作して、全てが元通りになる。もうここに調べるべきものはない、その証拠に隣の車両に続く扉がキラキラと輝いて見える。
「帰ってきたらお茶でもしましょう。さっき手伝ってくれたお礼に秘蔵のお菓子をご馳走するわ」
「本当か?やった!戻ったら真っ先に姫子に声をかけるよ」
姫子秘蔵のお菓子は本当に美味しいのだ、これをセレクト出来る味覚を持っていて何故あんな料理が生まれてしまうのかがナナシビト式宇宙七不思議に入るくらいには。
飲み物は俺が紅茶を淹れよう、そう心に決めつつ穹は次の車両への扉を開いた。