ケーキトッパーズ家に帰ったらウェディングケーキがあった。
意味がわからないと思う。
私も意味が分からない。
しかし、残念ながら事実である。
疲れ目のせいかと目を擦っても消えないし、鍵が開いた時点で部屋を間違えている可能性は極めて低い。
そして何より、三段重ねの真っ白いケーキの上に、自分と恋人を象ったケーキトッパーズが睦まじく寄り添っている。
出張用の旅行鞄を手にしたまま深々と溜息を吐き出す。
可能なら、溜息でこのふざけたケーキを吹き飛ばして仕舞いたい。
「おいおいおいおいおいおい七海ぃ!せっかくのケーキを前になんて顔してんだよー」
キッチンから出てきたやたらとテンションの高い恋人をぎろり、と睨むが、そんな事で怯むような細やかな神経はこの男には備わっていない。心底、備わっていて欲しかったが。
「一体何事ですか、五条さん」
「ん?お前の誕生日を祝ってやるってメッセージ送ったろ?」
もう一度深々と溜息を吐き出す。
確かに、メッセージは貰った。だから、嫌な予感がして釘を刺したのだ。
『プレゼントは考えて下さらなくて結構です。料理だけお願いします』と。
確かそのあとの五条の返事は『おっけ!じゃあご馳走とケーキ用意して待ってるね』だった。
出張の疲れで、五条という人間の認識が明らかに甘くなっていた。ここでケーキも普通のもので、ともう一つ釘を刺さなかったのが敗因か。いや、しかし、普通……嗚呼この人に普通を求める事が最早おろかしいのか。
がっくり肩を落とすついでに鞄をおろす。
もう、なんでもいい。
腹に入ってしまえば原材料は同じだ、たぶん。
無言でスーツジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、ネクタイピン、カフス、腕時計と装備を解く。
「感動して言葉も出ない?」
「何処からくるんですか、そのポジティブ思考は」
諦めただけです、と続ける私に彼はケラケラ楽しそうに笑って。
「お風呂、先入ってきなよ」
そういう、ずるい優しさを投げて寄越すのだ。
※
料理はとても美味しかった。
特に焼きたてのパンが絶品でどうしたのかと聞いたら、五条が自分で焼いたという。
「お前拘り派だろ?
だからさ、ちゃんと小麦粉から練って、発酵させて作ったんだからな」
素直に感動した。そして感謝した。自分よりも多くを抱え、三足の草鞋を履きこなしている五条が、時間を割いて作ってくれた。
それはどんなプレゼントより愛おしくて。
勿体なくて、小さく千切ったパンを口に入れて嚙み締めると「冷めるからさっさと食えよ。まだおかわりあるから」と促されて、結果六つも食べてしまった。
おかげで最後のウェディングケーキはかなりきつくて腹がはち切れそうだ。
さすがの五条もあの量は無理だったと見えて、一番下の段の半分程が冷蔵庫に保管された。
「ふぅ!」
ぼすん、と降ってきた五条の体重にソファが揺れる。
「すいません、片付けまで」
「いいって!今日のお前はバースデーボーイなんだからさ」
わしゃわしゃ、と犬でも撫でるように髪がかき回される。
彼は整髪料をつけていない私の髪が好きだと言って、風呂上りはよくこうして私の頭を撫でる。髪が乱れるのは腹が立つが、恋人との戯れと思えば愛しくもなる。
「しかし、これ」
小皿に置いていたケーキトッパ―を持ち上げる。
恋人を象ったそれは、少々デフォルメされているがよく似ている。
「可愛らしいですね」
小さな人形にキスを一つ。
「あ、こら!」
隣の彼がぷぅと頬を膨らませる。
「どうしました?」
「ここに!いるだろ、ホンモノが!」
「嫉妬ですか?貴方が用意してくれたものなのに」
笑って、丸い額に唇を寄せる。
「確かに、貴方の方がこの人形より美味そうだ」
高い鼻梁を甘く噛む。
「お前っ」
「今日は、私の好きにしても?」
眼前の顔がぶわわ、と赤く染まる。
「プレゼントは、いらないんじゃないのかよ……」
「貴方がいらないとは言っていませんが?」
右手の人形を小皿に返して恋人に体重をかける。
図らずも、小皿の人形たちの体も重なり合っていた。