青夏が終わり、一気に秋が来た。
五条の別邸の周りも、いつの間にやら蝉時雨が止み、鈴虫や興梠の高く澄んだ音が月夜に冴え冴え響いている。
あの人は、と見渡すとしどけない着流し姿で濡れ縁の柱に凭れていた。
いや、柱に支えられて辛うじて身体を起こしている、と言った方が近いか。
「また、そんな所で」
戯れに「若」と声を掛けると酷く嫌そうに顔を顰めて此方を向いた。
「お前、それは仕事の時だけにしろって」
「一応これからシノギの話をするんですがね」
「建前だろ、んなもん」
ぐっとネクタイが掴まれる。
眼前に、迫った青い目が少し揺れている。
「……悟さん」
余所行きをかなぐり捨てて、甘ったるく呼びながら口付けを乞う。
ニンマリ笑った青は、矢張りあの日から変わらず美しい。
――四年前。
大手証券会社で働いていた七海は、普通の生活を捨てた。
元々辟易していたのだ。
元手の少ない人間を踏み台にして金持ちに媚びを売る。指先一つで億が動き、読み違えれば泡と消える。カネだ。カネカネカネ……。頭の中にカネが詰まっているみたいな毎日。
食欲が失せる。
まともに睡眠がとれない。
同期が自殺した。葬儀より気になるドル相場。
明日は我が身と思いながら職場の硬い椅子で2~3時間仮眠を取ってまたカネカネカネ。
そんな時に五条がふらりと七海の前に現れた。
『お前の力が欲しいんだよ』
指定暴力団五条組若頭、組長の実子にして現在組の実権を握る男。
そんな肩書をぶら下げたスカウト。最初は受ける気など毛頭無かった。
なのに。
『この世界ってさ、いきぐるしくない?』
いきぐるしい。息苦しい。生き苦しい。
その言葉に抵抗が緩んだ。
『でもさ、正攻法じゃぁこの世界は変わらない。だから僕は裏からこの世界を変えられないかやってみたいのよ』
せっかく、ヤクザの家に産まれたんだし。なんてニンマリ五条悟は笑った。
その真っすぐな瞳があんまりに綺麗で。
あの瞬間、惚れたのだと思う。人としても、男としても。
その日から、日陰の道を歩いてきた。
背中に墨を入れたし、小指も欠けた。
撃たれて腹に風穴が開いたこともある。
それでも、後悔したことは一度も無い。
五条に恋人として選ばれてからは、なおのこと。
「ん……」
五条が酸欠を訴えて胸を叩くから、仕方なしに唇を解く。
肩で息をする美しい男。とろり、と融けた青が美味そうでべろり、と舐める。背中に回った手が縋るようにきゅぅとシャツを掴んだ。
「中へ、入りますか」
誘うと、彼はこっくり頷いた。