「今日こそは、御帰宅願いますわ」
有無すら言わせないようにとの気迫で部下が通勤用かばんを差し出してくる姿に、この何時も嫋やかな部下の希美君が珍しく強い口調と手段を用いる事に呆気に取られていれば、それすら心配に値する姿なのだろう
「連勤10日、その内署内での仮眠をとった日が10日。さすがにこれ以上の連勤は認められません。確かに隊長に頼らなければならない場面は多々あるのですが・・だからこそ本日こそは御帰宅の上休息をお取りください」
「・・・帰りたくないって言ってもダメかい?」
「ダメです。さらに強硬手段がお望みでしたら、労基にも働きかけます」
あがきとばかりに連勤の提案すれば法律まで出してくる希美君に帰宅は催促ではなくもはや命令に近いものだと思い知らされる。
法律か
法律ねぇ
「帰るしかないかぁ・・・」
仕方なく希美君が持っていた通勤用カバンを受け取るとのろのろと動き出す
「気を付けておかえりください」
労わる言葉にはもはや返事はできなかった
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(ただ、帰りたくない私のワガママも通じなくなあってきてしまったなぁ)
若いころであれば働きたいだけ働いても問題はなかったのに、役職のついた40間際のおっさんがずっと帰りもしないで働きたいというのは流石にワーカーホリックで片付けられなということも分かっているし。何よりも隊内の雰囲気的にも決して良いものでもないと隊長としての判断できるのに、それでも、どうやっても自宅に帰りたくないという心が止められずに、挙句鋼の連勤術死となってしまう。心配をしてくれている希美君をはじめほかの隊員に聞かせられる話でもないから言わないけれど。
だって前世の記憶のあの子がいないから帰りたくありません、なんて40を過ぎたおっさんが言うには痛すぎる。むしろ脳神経外科をご推薦されること間違いない。
私ですら、10歳の時から誕生日に見る夢が「前世」だと思っていいものか迷う所がないわけではないのだから。
いっそ思春期が見せた幻だと思わない訳じゃないのに
それでもいいのだと思うほどには赤い衣装を翻して、青い瞳をとろける様に潤ませて、
銀の髪を風になびかせて、「ドラルク!」と私の名を呼んで伸ばしてきた手の、そのすべてを愛しいと思ってしまったから、手放したくないと思ってしまったから、一緒に居たいと、出会いたいと執着心ともいえる強さで願ってしまうほどの出会いだと自分が呑みこんでしまえば
もうダメだった
そこからは誕生日ごとに見る夢を支えに生きてきた
あの子がすべての基準になった
職業選択時だって、『あの子が退治人であるなら、私はそのサポート役となろう』と吸対を選んだし
役職だって、『役職があった方が、あの子にカッコいいと思われるんじゃないか?』なんて下心で拝命した
「なのに、会えないんだもんなぁ」
はぁ、と心の中によどんでしまった塊を吐き出すように溜息をこぼしながら、のろのろと足を動かして帰路を辿る
20年
赤ちゃんが生まれてから、成人を迎える日数分を待っても現れない彼の事を諦められたらいいのに諦められるほど、簡単な執着だったらよかったのに
ポツリと足元のアスファルトが一滴分だけ濡れた
「君に、会いたい」
願いはたった一つだけ
**
その夜に緊急で呼び出された現場で、まさに彼と対峙するとは思わなかった日の
そんな話
『なぁ!お前が指揮官か!?』
黒いマントをなびかせて、血のように潤む赤い瞳に、月明かりをはじく銀の髪
夢で見た彼とは違うけれど、夢で見た彼と同じ姿の畏怖すべき吸血鬼
やっと出会えた
やっと
やっと!!!
職務も恐怖も吹き飛ばすほど心を占めるのは歓喜の声と彼を閉じ込めておくための策略を急かす思考回路
なんて綺麗なんだろう
早く彼を閉じ込めて
なんて無邪気で可愛らしいんだろう
疾く彼を堕とさないと
もうどこにも行けないようにしなければ
『畏怖すべき不死の王よ、貴方に捧げ物を』
捧げものがバナナケーキ一つな筈ないでしょう
私の全部を君に捧げようじゃないか!!!!
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そして隊長は絶対(家に)帰るマンになると思うんだ・・・
毎日隊内では金色夜叉が繰り広げられるんだ
「私の今日の分の仕事は終わりましたーーー閉店で―――す!私はこれから帰って可愛いかわいい5歳児のために唐揚げをしこたま揚げるんです。ぴっぴろぴー」
「今本部長から支給の連絡が来てるんですってば―――!」
「聞かん知らん要らん!もう私は帰宅済だと言っておきなさいアデュー!」
「ドラ公、仕事立て込んでるっぽいし唐揚げなくていいぜ!」
「ほら!ロナルドさんもああ言ってますし!」
「キイイイ!5歳児はワガママ言ってなさいよーーーーーー!私が大好きなんでしょーーーー!?」
「ちょっと!隊長!この場に乗じてロナルドさんに好きって言わせようとしないでください!」
「・・・汚い大人だ・・・・」
「ドラ公も好きだし、ドラ公の作る料理も好きだけど。皆を困らせるドラ公は好きじゃない」
「・・・・さあって仕事に戻るぞ皆ーーーーー!」