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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    火竜と、火竜に恋した男

    火竜と、火竜に恋した男 火竜と、火竜に恋した男

     私の家には大昔から一つの予言が言い伝えられていた。
     祖先がたまたま助けた流しの予言者が告げたという話の内容はこうだ。

    『貴家は何れ王家に嫁ぐ方が現れるでしょう。されど、それは御子孫様にとって不幸な結婚でしかない。何としてでも回避なさるべきです』

     国の中でも侯爵家とそこそこ高い地位にある我が家の御先祖様はどうやらこの予言を間に受けてしまったらしい。
     厳守するようにと代々の当主に厳命されてきたその予言に従ってそれ以来、王家との縁談が上がる度にあの手この手で回避してきたのが我が家だ。
     しかし、何の因果か王家に吊り合う家柄に歳頃の子供がいない時が来てしまった。
     婚約を打診された当主はごねにごね、万が一不貞行為や我が家やその者に不利益を齎すような事態が発生した場合は王家に有責で婚約破棄或いは離縁出来るようにと念書を書かせた。
     国王にそこまで書かせるのは如何なものなんだろうかと思いながらも今の私には父のその配慮には感謝しかなかった。
     お陰様で思うように断罪出来るから。
    「予言だなんて馬鹿にしていたけれど」
     カツカツと靴音を響かせながら人気のない長い廊下を歩く。腰に提げた剣を確かめながら向かうのは学園の中庭にあるガゼボだ。
     あの男につけた見張りからの報告でこの時間に授業をサボってガゼボで不貞の真っ最中なのは調べがついている。陛下には既にお赦しを頂いているので今から最後通牒を突き付けてやるつもりだ。
     いざとなったらこの剣の錆にしてくれる。
     ガゼボに通じるドアの前で深呼吸を一つ。嗚呼! あのクソ野郎がどんな顔をするのか楽しみだ!


     今日も今日とてもボケ王子は元気に不貞行為中だ。
     周りの白い目なんて気にしていないのだろう。側近である我々が近くにいるから油断しているんだろうか。とうの昔に自分を見限っている事を、彼だけが知らないのだ。
     そう思うと一時の色恋に溺れたこの従兄弟のことを少々憐れに思う。
     残り僅かな平穏な時は間も無く終わりを告げるだろうから。
     そう思った時だ。破滅は突然やってきた。
    「ご機嫌よう、クソ婚約者様! 今日は良い不貞日和ですね!」
     突然バーン! とドアを開けて登場したのは王子の婚約者であるアルフェだった。
     いきなりの事に流石に驚いている俺を他所に、満面の笑みで殴り込んできた婚約者の姿と台詞に王子は引き攣った笑みを浮かべ、浮気相手の女は悔しそうに睨み付ける。
    「ア、アルフェ! 今日は来ない筈じゃ……!!」
    「お渡しする書類を忘れていたので」
     アルフェはにこやかにそう言うが、絶対に分かっていたのだろう。色ボケで愚かなこの男よりもずっと頭の回転が早い奴だからこの機会を狙っていたに違いない。
    「此方にサインをお願い致します」
     そう言いながらバン、と乱暴に置かれたのは一枚の書類。
     よくよく書面を見てみれば、婚約破棄の書類だ。
     解消ではなく、破棄。
     その書類を見た王子は顔色を変える。
    「お、お前! 何を勝手な!!」
    「既に国王陛下からお許しは得ております。つきましては慰謝料と賠償金を払って頂きたく」
     にこやかに話を進めるアルフェはとてもとても楽しそうだ。こんなに生き生きしている彼の姿は初めて見るのは初めてだった。
     いつも傲岸不遜の馬鹿王子の隣に楚々と控えて時には暴言めいた事を言われても静かににこやかに受け流していたアルフェ。そんな姿と今の姿は乖離している。しかしながらどちらかと言えば、こちらが彼の素なんだろう。そんな気がした。
     これまで散々蔑ろにしてきたというのに馬鹿王子はあーだこーだと食い下がる。一応彼にも危機意識のようなものはあったらしい。
     従兄弟と同じ年代に彼の婚約者としての条件を満たした者はアルフェしかいなかった。
     彼との婚約が切れてしまえば、自らの立場が危うい。そんな自覚はあったようだ。ならば、何故アルフェを大切にしなかったのかと怒りが湧き上がる。
     アルフェはいつも気丈だった。誇り高く独りでも大舞台に立ち、愚かな従兄弟の代わりに公務を果たしてきたというのに。
     口を挟もうと思った時だった。
     ダン! と鈍い音と共にテーブルにナイフが突き立てられる。
     深々と突き刺さったそれに周りにいた者達は息を呑む。刺すつもりでやったのなら今頃従兄弟の手はテーブルに縫い付けられていただろう。
     王族相手に刃物を出すなど、反逆罪だ。しかし、この場でそれを指摘出来る者は誰もいない。
     目の前にいるのは絶対的な強者だ。背筋に嫌な汗が流れていくのを感じながらただ成り行きを見守るしかできなかった。
     どこかの国には生きた火竜がいるという。それに睨まれたらきっと同じ心持ちになるだろう。邪魔をしてくれるなと言わんばかりに寄越された一瞥には確かな敵意が滲んでいた。邪魔すれば容赦なく叩き潰される。本能的にそんな恐怖感が支配している。
    「あんまり巫山戯た事ばかり抜かすとぶち転がすぞ」
     それはそれは低いドスの効いた声だった。
     アルフェは焔の魔術師であることと美しいことで高名な侯爵家令息だ。普段はそれに相応しく上品な振る舞いをしているところしか見た事がなかった。しかし、今になって思い出したが、同じく側近をしている彼の兄カディスがアルフェについてこう話していた気がする。
    『うちの弟は外面と容姿だけは素晴らしく良い。身内の贔屓目を差っ引いても見てる分だけなら最高なんだ。でもそれは安全圏からに限る。アイツの人間の皮を被ったドラゴンとかイフリートとかそういうものだ。一度暴れ出せば周りが焦土になるまで徹底的に灼き潰す。絶対に怒らせるな』と…。
     何故今日に限っていないんだ、カディス。いや、これはこの事態を悟って逃げたな。
     冷や汗が流れる中、目の前にいるのはまさに生きた火竜の如き人。
     絶対的強者を前に恐れて然るべきなのだろう。しかし、俺はそんな彼から目が離せなかった。
     風に揺れる真紅の髪はまるで焔だ。陽射しを浴びて輝く鮮やかな蒲公英色の瞳は生き生きとしていて美しい。
     それはまさに鮮烈な一目惚れをした瞬間だった。
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