ガーランド家と猫 猫という生き物は素晴らしいと思う。
しなやかな体、つやつやふわふわの毛並み、宝石のように輝く瞳。気まぐれな性格だって愛おしい。
「ガーランド邸は天国だな」
朝から大量の猫に囲まれた俺はご満悦だった。ソファーに座った膝の上には折り重なりぎゅうぎゅう詰めになりながら眠っている五匹の子猫。毛色も毛並みも様々、色とりどりな子猫達は思い思いの格好で気持ち良さそうに眠っている。俺の左にはブランコがその大きな白い体をぴったりと寄せて香箱座りで微睡んでいるし、右隣にはノーチェの息子であり、ブランコの兄猫である淡い茶色の虎猫アマネセルが行儀良く座りながら顔を洗っている。頭の後ろにあるソファーの背凭れではノーチェが伸びて喉を鳴らしているし、足元にはブランコとアマネセルの妹猫で子猫達の母親である三毛猫マドゥルガーダが寝転がっていた。
猫は全部で11匹いるが、この場にいない残りの二匹はフィーヌースと共にガーランド邸の見回りをしているらしい。やっぱりただの猫ではなくてケット・シーか何かなんじゃないか?
「……好かれ過ぎだろう」
むっすりと呟くのはオルテガだ。ブランコに阻まれて一つ離れた所に座っているオルテガは俺の周りで思い思いに寛ぐ猫達を見て深い溜め息を零した。
朝からガーランド邸に遊びに来てオルテガの部屋で寛いでいたらマドゥルガーダが子猫を引き連れてやってきた。それからあっという間に猫達に囲まれてこの有り様だ。マドゥルガーダはやんちゃ盛りの子猫達の世話に疲れているようで俺に子守りを押し付けに来たらしい。
休みの日に自室に連れ込んだ俺とのんびりイチャイチャするつもりだったオルテガは猫達に目論みを潰されて不貞腐れているのだ。そして、俺が猫達を蔑ろに出来ないことを知っているので先程からオルテガの恨めしそうな視線が痛い。
いやでもな、こんな気持ち良さそうにすやすや寝ている子猫を叩き起こして追い出すなんて出来ない。そう言い訳したら余計に睨まれた。
そんな視線を受けつつ、子猫の柔らかく頼りない体を撫でてやりながら苦笑を零す。毛繕いの終わったアマネセルも移動する気はないようで俺の隣で太ももに寄り掛かるような形で寝転がった。
あちらこちらにあるふわふわふかふかの温もりが心地良くて堪らない。一つ隣の席から恨みがましげに見つめる黄昏色の視線さえなければこの世の天国だな。
ちなみに先ほどからオルテガが何度か俺に触れようとしているんだが、その度に伸ばした手をノーチェにはたき落とされてブランコに威嚇されるから余計に御機嫌が悪いのだ。あんまり機嫌を損ね過ぎると後が怖いからそろそろ嫉妬深い可愛い猛犬の方を構ってやった方がいいかもしれない。
「ノーチェ、そろそろ許してやってくれないか?」
頭の後ろにいる黒猫に振り返りながら声を掛けると、彼女は金色の瞳を細めながら俺の顔に鼻先を擦り寄せてくる。そして、仕方ないなと言わんばかりと一瞥をオルテガに投げ掛けると大きく伸びをしながら体を起こした。
ノーチェが体を起こしたのを見たアマネセルは欠伸をしつつも体を起こしてソファーから降りる。その微かな着地音に目を覚ましたマドゥルガーダは俺とノーチェを見ると嫌そうにしながらも体を起こして子猫達に向かって一声鳴いた。母猫の呼ぶ声に、子猫達はむずがりながら起き出してしまう。嗚呼、俺の猫天国が…!
結局、一番懐いている虎柄の子猫以外は皆マドゥルガーダの元へと行ってしまう。まだ名前がついていないこの虎柄の子猫だけは俺の膝から降りる気がないらしい。ついでにオルテガとの間にいるブランコもだ。
俺の周りに居座る猫達を呆れたように見るとノーチェが一声にゃあと鳴いた。その声に応えるようにアマネセルが戻ってくる。どうしたんだろうかと思っていれば、彼は軽々とソファーに飛び乗った。そして、ブランコの顔面を1発引っ叩き、そのまま俺の膝にいた最後の子猫の首を咥えて連れて行ってしまう。
叩かれたブランコはオルテガに向かって一声威嚇してからすごすごと他の猫達に続いて部屋を後にする。ブランコが出たのを見届けて、最後に部屋を出たのはノーチェだ。
彼女が出て行くと、猫達が出入り出来るよう細く開けていたドアが静かにしまった。
「……フィン、ノーチェは本当にただの猫なのか?」
「俺も自信がなくなってきた」
猫達を見送って呆然と呟けば、オルテガも似た様な心境だったらしい。苦笑混じりにそう言うと、漸くといった様子で俺の隣にやってきた。猫達がいると必ず妨害されるからオルテガは俺が来ている時に自室に猫を招き入れるのはあんまりしたくないらしい。
少々乱暴にぐいと抱き寄せられ、首筋を軽く噛まれる。うーん、やはり御機嫌斜めのようだ。仕方ないだろう。あんな可愛い猫達を蔑ろに出来るわけない。
自分のものよりも硬い宵闇色の髪をくしゃくしゃと撫でてやりながら御機嫌を取る為に額に口付けを落とす。
「そろそろ御機嫌を直してくれ」
「猫達はあれ程甘やかしたのに俺には額へのキス一つだけか?」
拗ねた口調で言われて思わず笑みが零れる。普段は騎士団長として隙の無い振る舞いをしている癖に、二人きりになるとこうやって子供のような我儘を言ってくるのだ。
オルテガの首に腕を回してそのままソファーの座面に倒れる。押し倒されるような体勢になると、オルテガが嬉しそうに目を細めてキスを落としてきた。
そのキスに応える為に広くて逞しい背中に腕を回し直して誘いを掛ける。ノーチェが見てくれるならフィーヌースがこの部屋に来る事もないだろう。
「リア……」
先を問うのは熱に満ちた低い声。大抵の場合、ちゃんと俺の了承を得てから進めようとするから紳士的な男だ。初めはそう思っていたが、最近はそこに大きな打算が混じっている事に気が付いた。単純に俺に言わせたいだけなのかもしれないけど…。
相手に自分が欲しいと強請らせたい。悔しい事にその気持ちが今では良くわかってしまう。
「フィン、言ってくれ。何が欲しいんだ?」
頬を撫でながらやり返してやれば、黄昏色の瞳が細く笑みを描く。俺だってたまには言われたいのだ。
耳元で囁かれた言葉と肌を掠める吐息のくすぐったさに笑みを零しながら、俺は暫くこの男に身を預けるのだった。