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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    コラボ作品「楢木野弍尋は抜けている」

    楢木野弍尋は抜けている楢木野弍尋は抜けている
     
     楢木野弍尋(ならぎのにひろ)は俺、祢々元望(ねねもとのぞむ)の親友だ。
     大学入学したての頃に、同じ学部で知り合って妙に馬が合う事からつるむ事が増えていった。
     顔良し、声良し、スタイル良し。おまけに頭も良く、浮いた話がない。あんまり喋らない質だから私生活が謎に包まれてミステリアス。
     黙って座っているだけで絵になり、歩くだけで周囲がざわめくような男で、それはまあモテる。
     俺とは身長が頭ひとつ分くらい離れているし、容姿も向こうがクールビューティーならこちらは童顔。見事な凸凹コンビでしょっちゅう比べられるからたまに隣にいるのがちょっと辛いことがない事もない。しかし、入学直後で大学生活に浮かれる連中が多い中、必要以上に騒がない楢木野の横は居心地が良かったんだ。寡黙だが、さりげない気遣いが上手いし、博識だから話していても楽しい。
     打てば響くような会話のテンポが楽しくて、気が付けば自然とコンビで行動する事が増えていた。
     それに、俺しか知らない特権があるのだ。一見クールな完璧超人に見える楢木野だが、定期的に非常に天然なポカをする。
     例えば、一緒にレポートをやろうと大学の図書館に向かっている時の話だ。
     うちの大学の図書館は入り口が重たいガラス製の開き戸になっていて、入る時には手前に引いて開ける形になっていた。そんなガラス製の重い開き戸を前にして、俺より少し先を歩いていた楢木野が一瞬立ち止まる。
     いつも通っているドアなので、ドアハンドルの部分に虫でもいて触れるのを躊躇したんだろうと思った。しかし、次の瞬間彼は何を思ったのか手前に引く筈の開き戸を思い切り押した。
     どんなに力一杯押した所で相手は開く方向の決まったドア。当然の如くドアは鈍い音を立て引っ掛かり、楢木野を拒んだ。
    「……」
    「……」
     ガンッと音がする程の勢いでドアを押した姿勢のまま固まる楢木野とそのすぐ後ろにいた俺の間に落ちるのは少々の沈黙。まあ、こういう間違いは誰にでもあるものだ。うん、見なかった事にしておこう。
    「……こういうタイプのドアって押すんだったか引くんだったか一瞬でも考えると大体間違えるよな」
     ぽつと小声で言い訳を零すと彼は何事もなかったかのようにドアを引いて開けてくれる。開けてもらっておいていうのも何だが、今のはかっこ悪い! めちゃくちゃかっこ悪い!!
     そして、何事もなかったかのように振舞っているが、黒い髪の合間から覗く耳が少し赤くなっているのが見えた。そんな楢木野の姿に、俺はキュンとする。
     なんだこの胸の奥から湧き上がってくる感情は!
     普段から何事も卒なくスマートにこなす楢木野が見せた醜態とその後の格好悪いリアクションに俺は大いに萌えた。これがいわゆる「ギャップ萌え」というやつだろうか。破壊力が半端ない。
     普段はその辺のモデルより格好良い楢木野がこの時ばかりはあまりにも可愛くて、俺はにやけそうになる顔を頬を内側から噛む事で必死に抑えた。少々血の味がしたが、奴の自尊心を傷付けるよりはマシだろう。コイツ、案外打たれ弱いし。
     そして、その後も俺は定期的に彼のやらかしを目撃する事になった。
     カップ焼きそばを作れば湯切りに失敗して流しに麺をぶちまけて落ち込むし、電気を点けようとして捻って点けるタイプのスイッチを連打しては首を傾げる。
     猫を飼っていると聞いたから見せてもらいに部屋に遊びにいけばテレビのリモコンが行方不明。二人がかりで小一時間探せば何故か本棚に綺麗に収まっていた。普通に探して見つかるわけないだろ。なんでそんなところにしまったんだ。
     泊まりに行って課題をやっていれば、夢中になりすぎてテーブルに置いてあった猫用のおやつと人用のおやつを間違えて食べるし、箪笥なんかの角で小指をぶつけて悶絶する。
     挙げれば他にもキリがないけれど、これだけやらかすのは何故かそれは全て俺の前だけ。
     普段の楢木野は完璧超人で、そんな凡ミスやつまらないドジを踏むようなタイプの人間ではないのに。知り合ってから一年程経った頃、ふと思い立って聞いてみた。
    「なあ、楢木野って俺といると結構ドジ踏むよな。普段と全然違うけど、どうしてなんだ?」
     俺の問いに、楢木野は何とも苦い表情をし、それから俺をじっと見つめる。モデルのような整った顔立ちにじっと見つめられるとついついドキドキしてしまう。ただでさえそこらの芸能人より、ずっと格好良いんだ。自分の顔の良さを自覚して欲しい。
    「……俺は昔からぼんやりしている所があってな。見てくれだけは良いから変なミスをする度、他人に勝手に落胆されてきた」
    「まあ、確かにそのビジュアルでドジっ子は女の子もがっかりしそうだよな」
    「だろう? 勝手に期待して勝手に落胆されるのが嫌で普段は気を張ってるんだ」
     なるほど。うっかりミスの多い楢木野にとっては日常生活も気が抜けないのだろう。……それはさぞかし疲れそうだ。
    「でも、ねねの前なら気が抜ける。自然体で居られるんだ」
     不意にふっと笑みを浮かべて楢木野が真っ直ぐ俺の目を見つめる。いつもとは違うその雰囲気と、楢木野の台詞にドキドキしてしまう。
     色んな人から秋波を送られても全く靡かない楢木野が、俺の前でだけは素の自分でいてくれる。そんな事言われて嬉しくない訳がない。
    「そう言われるとなんか照れるな」
     照れくさくて軽く頭をかきながらつい視線が泳ぐ。自分でも楢木野とは仲が良いとは思っていたが、ここまで俺の事を信頼してくれていると思うとめちゃくちゃ嬉しい。
    「ねねだけなんだ。こんな風に自分を曝け出せるのは」
     テンションの上がっていた俺を他所に、楢木野が俺の頬を撫でる。急に触れた温もりに顔がカッと熱くなるのを感じたが、俺は咄嗟に動けなかった。
    「……そんな表情するって事は期待してもいいのか?」
    「へ……?」
     耳元で楽しそうに囁かれた言葉が飲み込めない。目の前では見た事のない色気満載の笑みを浮かべる楢木野。
     楢木野弍尋は抜けている。でも、それも彼の持つ一面にしか過ぎなかったみたいだ。
     こんなに心臓に悪いギャップは知りたくなかった……!
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