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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    創作BL。溺愛α×悪役Ω

    悪役Ωは高嶺に咲く 悪役Ωは高嶺に咲く
     
     アレクサンデル・サルトゥは悪党だ。
     そう息巻く相手の様子を見て、公爵令息の青年はその美しい顔に小さく笑みを浮かべた。
     
     サルトゥ伯爵家は中央からは遠く離れた辺境に程近い領地を持つ、古くから在る名家であった。
     しかし、当主の放蕩三昧のせいで多額の借金を抱え、然りとて貴族としての見栄を張る為に更なる借金を積み上げ没落寸前。アレクサンデルはそんなサルトゥ伯爵家の次男として生まれた。
     幼いながらに家の状況を憂いたアレクサンデルはやり手商人だった叔父に幼い頃から教えを乞い、直ぐに頭角をあらわして辣腕を奮ってはありとあらゆる手を用いてサルトゥ家の財政を立て直してみせた。
     そんな彼を近隣領地の者達は皆恐怖と畏敬の念を込めて「悪魔の申し子」だの「黒獅子」だの好き勝手な渾名で呼んでいる。当の本人は「好きに言わせておけばいいでしょう。あんまり舐めてかかってくるようならばまた締めてやります」と飄々としているのだから青年にはまた愛おしい。
     アレクサンデルにベタ惚れな青年からしてみれば、彼のそういう強気な所が可愛らしくて愛おしいというのに、彼と接した事のあるαはある者は恐れながらある者は笑いながら口を揃えてこう言うのだ。
    『あのように悪辣な人間など見た事がない』
     更に一部の人々は続ける。
    『Ωだというのに出来損ないで、優秀なΩである弟に嫉妬して虐める鬼畜だ』と。
     サルトゥ家が没落しかけても伯爵家として長く続く理由に稀有であるΩが誕生する家系である事が大きい。
     この世には男女の他にもう一つ性別が在る。α、β、Ωと呼ばれる性別の中でも特別なのが、αとΩだ。
     αはβに比べて生まれる数が少ないが、総じて優秀な者が多い。身体的にも知能面でも秀でた者が多く、政治や騎士などその多くが国の要職に就く。
     Ωはαより更に生まれる確率が低い。基本的な能力はβと変わらず、体格は小柄で華奢な者が多いが、Ωには重宝される理由があった。
     それはαと番う事で確実にαが生まれる事だ。だから、α達はこぞって我が血を残そうとΩを求める。サルトゥ家はそんな貴重なΩが生まれる血筋なのだ。
     当代に貴族として生まれ、相手のいない結婚適齢期のΩは国中でたった四人。そのうち二人がサルトゥ家の者達で一人は三男ルネ・サルトゥ、もう一人が次男アレクサンデル・サルトゥだ。
     サルトゥ伯爵家三男ルネ・サルトゥは非常に愛らしい容姿をしたΩらしいΩであった。小柄で細い体躯、艶やかな黒い髪、大きな翡翠色の瞳。αならば、一目見ただけで誰もが囲い守ってやりたいと思うような儚げな様相をした青年で、コロコロと変わる表情が魅力的な者だ。
     一方、散々な渾名を付けられているアレクサンデルは同じく艶やかな黒い髪をしているが、その瞳は金色だった。容姿も可愛らしい者が多いΩらしくなく、整っているが冷たい印象のある、すらりとした細身の美男子といった容貌だ。くびったけの青年からしてみれば、月のように美しい瞳をした特上の美人だというのに、世間の者達は彼を忌避した。
     アレクサンデルが嫌われるのはその評判もさることながら彼を彩る色が伝承に出てくる悪魔と同じ彩をしている事もある。更に大きな理由に、Ωとして彼が不完全である事も大きい。
     Ωは子を成す事こそがその価値である、なんて古臭い考えと悪名のせいでアレクサンデルは社交界で鼻つまみ者として扱われていた。
     出逢った時はまるで手負いの獣のように近寄る者に冷たい一瞥を喰らわせていたから余計にかもしれない。蓋を開けて見れば、仕事に追われて寝不足で疲れ果てていたから目付きが悪く見えていただけで万全の状態であればこの上なく美しい一瞥になるというのに、世の中の者はそれを知らないのだ。
    「レオン様……?」
     未だ夜会の会場に現れない愛しの想い人の姿を夢想していた青年は戸惑いがちに掛けられた声に苛立ちと共に意識を引き戻した。
     目の前にいるのはこの国に生まれた四人のΩのうちの一人。家名も名前も興味がないから忘れてしまったが、どこぞの伯爵家の者だった気がする。相手をするのも面倒で黙って話を聞いていたが、そろそろ聞くに堪えなくなってきた。
     どうせアレクサンデルよりも自分の方が青年に相応しいと言いたいのだろう。媚びるような視線が煩わしく、妙に甘ったるい匂いが神経を逆撫でする。
     Ωならばどんなαにでも無条件で好かれるなんて酷い思い違いだ。
     青年の心は金色の一瞥と立ち回りを見たあの瞬間からアレクサンデルのものだというのに。
    「気軽に呼ばないでくれるかい? その名を呼んでいいのはこの世界でただ一人だけだ」
     アレクサンデル・サルトゥにベタ惚れのこの青年は名をアルフォンソ・レオン・ボルゴーという。
     ボルゴー公爵家の嫡男であり、社交界では老若男女から貴公子として持て囃されている美丈夫だ。そんな彼に憧れる者は多く、夜会に出る度にこうやって纏わりついてくる者が多い。25という年齢で未だ婚約者すらいないから余計にだろう。実際には幼い頃からその容姿ゆえに付き纏われる事にも誰かと付き合う事にもうんざりして一切の縁談を断り続けていたからなのだが…。
     いつまで経っても後継を作ろうともしないアルフォンソに剛を煮やした父でありボルゴー家当主であるロドリーゴは無理矢理とある夜会に参加させた。
     それが、アルフォンソが運命の出逢いを果たし、一年に及ぶαとΩの交流会という名のいわゆる「集団お見合い」である。
     
     この国には結婚適齢期になったΩを中心に王都にて一年に及ぶ交流会を催す習慣があった。
     建前的には相手を決めるのはあくまでもΩであり、貴族であればどんなαでもΩと番う機会が与えられるのである。もちろん、Ωには参加拒否する権利はあるが、余程の事がない限りこのお見合い会で相手を見つけるのが慣例となっていた。
     一年のうちに交流を重ね、自由に相手を見つける。そう聞けば聞こえは良いかもしれないが、実際には形骸化している部分も多い。特に上位貴族は下位貴族のΩに対して高圧的な態度を取りながら迫る事が多いし、想い合っている者達の間に割って入るような無粋者もいるらしい。
     そんな話を聞いていたことに加えて無理矢理参加させられた事もあって当時のアルフォンソは心底うんざりしていた。
     会場内に溢れる甘い香り、必死にΩを口説き落とそうとしている浅ましいα達、自分に纏わり付いてくるΩ。
     鬱陶しいが降り払う訳にもいかず、適当に話を聞いて流していると、会場の隅で鈍い音と共にカエルを潰したような悲鳴があがった。これ幸いとΩの腕を振り払い、向かった先に運命の相手がいたのだ。
     小柄な少年二人を庇う様に立つその凛々しい姿は正しく獅子のよう。艶やかな黒い髪も鮮やかな金色の瞳もその全てが美しかった。
     思わず見惚れていたが、彼の足元で何かが呻いた事でやっと我に帰って周囲の様子を窺う。
     黒髪の青年の正面には彼を忌々しげに睨む一団と足元に転がる男が一人呻いている。後ろには青年に良く似た、されどもっと可愛らしい顔立ちをした少年と更にその少年に抱き抱えられるようにして榛色の髪をした少年がいる。
     榛色の髪をした少年は酷く怯えているようで仕切りに黒髪の少年が声を掛け、背中を撫でて宥めているらしい。
     名乗った時の名をぼんやりと思い出す。榛色の髪の者はフェデリコ・バーエス子爵令息、黒髪の者はルネ・サルトゥ伯爵令息。二人ともΩだ。
     そして、彼らを守る様に立ちはだかる青年の名は…。
    「アレクサンデル! 貴様こんな蛮行が許されると思っているのか!」
     床に這いつくばりながら大声でがなるのは侯爵家の男だ。格上の家格が相手だというのにアレクサンデルと呼ばれた青年は金色の瞳で冷たい一瞥を落とす。
    「権力を笠に着て無理矢理迫ろうとする輩を成敗して何が悪い」
     静かな一言に言い返せないのか、侯爵家の男が言葉を呑む。男が黙ったと見ると、アレクサンデルと呼ばれた青年は流れる様な動作で庇っていたフェデリコの前に膝をついた。
    「……顔色が悪いな。今日は夜会を辞するといい」
    「宜しいのですか?」
    「心配しなくて良い。この場は私に任せて、今日は休みなさい」
     戸惑い、されど安堵した様にフェデリコが頷いて見せると、アレクサンデルはルネに視線をやった。
    「ルネ、送ってやれ」
    「はーい、アレクサンデル兄様。それでは、お先に失礼しまーす。さー、こんな所さっさとおさらばして僕と楽しくお茶でも飲みましょうバーエス様!」
     兄の言葉に嬉々として立ち上がるとルネはフェデリコの手を取って軽い足取りで夜会の会場を辞した。
     そんな二人の行動を呆気に取られて見ていると、会場の中から声が上がる。
    「自分が好かれないからと他のΩを追い出すなんて、この卑怯者!」
     何処からか湧いたその声に続く様にアレクサンデルに対して次々に文句や誹謗中傷が向けられた。
     驚いたのはアルフォンソや一部の貴族達だ。どう見てもアレクサンデルは彼等二人を守り、更には逃がしていた。フェデリコは明らかに怯えていたし、弟のルネは嬉々として出て行ったというのに、何処に目をつけているのだろうか。
     アレクサンデルは騒々しさを目の当たりにして煩わしそうに小さく溜め息を零すと周りで騒ぐ令息達に金色の一瞥を奔らせる。
    「去年も一昨年もその前もΩに選ばれなかったからと必死になっている連中に言われたくないな。態度を改めたらどうだ。その傲慢さを厭われている事に何故気が付かない」
     鼻で笑うとアレクサンデルは後で駆け付けた貴族達が多くいる方に向き直り、優雅な仕草で頭を下げた。
    「……今宵は私も夜会を辞させて頂きます。紳士の皆様方、お騒がせして申し訳ありませんでした。このお詫びはまた後日」
     丁寧な礼だが、騒がせた連中には一切の謝意がない事に思わず笑みを浮かんだ。
     相手が格上だろうが他勢に無勢だろうが一切怯んだ様子もなく堂々と振る舞うその姿に、真っ直ぐな金色の瞳に、アルフォンソはすっかり魅せられていた。
     
     あの日あの瞬間からアルフォンソはアレクサンデルに夢中だ。
     屋敷に会いに行けば「兄はαが嫌いだから来るな」と弟ルネに門前払いで追い返される日々を繰り返し、それでも諦めずに通い詰めた。
     交流会では少しでも関わりを持ちたくてアレクサンデルを慕うルネやフェデリコ、アルフォンソ狙いのΩの妨害を受けながらもゆっくりと距離を縮めてきた。
     親しくなるためにサルトゥ家と交流を持ってから知ったのだが、アレクサンデルが弟ルネを妬んで虐めているなど全くの嘘っぱちだった。ルネに求婚した者が「兄さんが良い人を見つけるまでは結婚しない」と断られた事に腹を立て事実を捻じ曲げて虐めていると噂を立てたのだという。
     アレクサンデルとルネの仲はいたって良好である。どころか、ルネの方は兄が好きで好きで仕方がないらしく、アルフォンソは屋敷を訪ねるたびに手痛い歓迎を受けて来た。あの可愛らしい見た目で笑顔のまま毒を吐き散らす辺り似た者兄弟なのかもしれない。
     兄の悪評や噂に対して弟ルネは酷く憤慨していたが、当の本人である兄が訂正しなくていいと言うのだとむくれていた。理由は「物事の見えていない大馬鹿も含めてルネには大勢寄ってくるだろうが、そんな中にもルネのために悪人の俺が義兄になってもいいという気概のある奴もいる筈だから」だという。
    「兄さんはいつも自分を犠牲にするんです。僕や家のことばかりで自分の事はいつも後回しで。発情期だってお医者さんからはちゃんと休養をとって生活を改めれば来る筈だからと言われているのに一向に改める気配がないんです。是非、公爵様からガツンと言ってやってください。公爵様の言う事なら多分聞いてくれますから」
     半年過ぎた頃、すっかり親しくなったルネにそう言われた辺りからアルフォンソは確かな手応えを感じていた。それから更に時も経ち、まもなく交流会の期間が終わろうとしている。
     今夜は最後の夜会だ。初めのうちは警戒心全開で近寄るだけで威嚇してきた弟ルネとは今では茶を飲みながらアレクサンデルについて語り合う仲になれたし、アレクサンデル本人にも二人きりの時間を許してもらえる関係になれている。昨夜も屋敷に行って言葉を交わしてきたが、その別れ際の姿が大変可愛らしかった。
     交流会の終わりには意中の相手に交際を申し込む習わしになっているが、アレクサンデルは受け入れてくれるだろうか。
     昨夜、前もって伝えた時にははにかみながらも小さく頷いてくれたからきっと大丈夫だ。
     らしくもなく、気持ちが浮ついて落ち着かない。隣で騒ぐΩを無視しながら昨夜の事を思い出して噛み締めていると、不意に入口の方が騒めく。
     視線をやれば、アレクサンデルとルネの兄弟が到着したようだ。
     交流会も最後の夜という事で二人ともめかしこんでいる。特にルネは上等な服を着ているが、アレクサンデルは幾度か目にした事のある組み合わせで参加している様だ。服を贈ろうとしていたが、本人から断られてしまったのが残念だった。
     視線が合うとほんの僅かに微笑むのが見えて、迎えに行こうと縋るΩを振り払って歩き出す。
    「こんばんは、アレク。今日も綺麗だ」
    「……こんばんは、アルフォンソ様。その褒め言葉は恥ずかしいからやめてくださいと何度もお願いしているでしょう?」
     手を取って口付けながら口説き文句を口にすれば、ふいとアレクサンデルがそっぽを向く。その頬が薄紅に染まっているのを見て、アルフォンソは思わず笑みを浮かべた。強がりな想い人だが、こうした初心な反応が可愛らしくてついいじめてしまう。
     この一年、一部の者達から「悪役」と言われ続けた青年は色事には慣れていないらしく凡ゆる反応が初心だ。二人きりで過ごす時に視線を合わせる事にすら照れてしまうのに、こうして人前で触れ合うなんて彼には耐えられないのだろう。内心千々に乱れているであろう愛しい人はその誇り高い矜持で此処に立っている。
     アレクサンデルの横では兄とアルフォンソの様子をによによと笑みを浮かべながらルネが眺めており、何やら楽しそうだ。
    「アレクサンデル! 貴様、ルネやフィリスを押し退けてアルフォンソ様の寵愛を奪ったそうだな!!」
     突然の怒声に三人が驚いて視線を向ければ、先程までアルフォンソに纏わりついていたΩと常日頃からアレクサンデルを敵視している一団とがアレクサンデルを睨み付けていた。
     続けて口々に飛んでくる罵詈雑言や一方的な敵意は聞くに耐えないものだ。そんな敵意を受けながらアレクサンデルがそっと疲れたように溜め息を零すのをアルフォンソは見逃さない。
    「貴様ら、何を根拠にそんな暴言を吐いている」
     見せ付けるようにアレクサンデルを抱き寄せながら相手を睨み付ければ、その一部が怯む。どう見てもアルフォンソがアレクサンデルを口説いてきたというのに、彼等は何を見ていたのだろうか。
     都合の良いようにしか物事を解せないなど、人間として問題がある。増して責任ある貴族など務まるはずも無い。
    「私はその者に嫌がらせされました! アルフォンソ様は騙されているんです!」
     アルフォンソの威嚇にも怯まずにずっと付き纏ってきたΩが叫ぶ。フィリスと呼ばれていたそのΩはアレクサンデルを睨み付けると様々な暴挙を挙げ連ねた。
     曰く、服を汚され、私物を壊され、侮辱されたと。
     アルフォンソの腕の中にいたアレクサンデルはもう一度溜め息を零すと反論する為に一歩前に出ようとした。しかし、それはアルフォンソの腕によって阻まれる。
    「アルフォンソ様……?」
    「レオンと呼んでくれ。君だけにその名を許そう」
     戸惑っていたアレクサンデルはアルフォンソの言葉にその白い頬を真っ赤に染めた。
     この国ではαと判別された時にもう一つ名を与えられる。番だけが呼ぶ事が出来るその名を許すという事は求愛する事と同義だ。それを理解しているからこそ、アレクサンデルは可愛らしい反応をして見せた。
     そのまま固まってしまったアレクサンデルを大切に抱き締めながら向き直れば、フィリスは心底悔しそうに唇を噛み締め睨み付けている。
     散々自分の方が家格も相応しいと喚いていたフィリスは許しもしないのに番だけが許されるアルフォンソの名を勝手に呼び、挙げ句の果てに愛おしいアレクサンデルを貶めるような発言を繰り返してきた。そんな暴挙を赦せる筈もない。
     この一年ずっと様子を見てきたが、アレクサンデルは怒る事をすっかり諦めているようだった。言ったところでアレクサンデルが反論するだけ相手がさらに燃え上がるだけだから。そんな彼の代わりにアルフォンソがここで反論しようと思った時だった。
    「黙って聞いていれば好き勝手な事ばかり……!!」
     低く唸るような声に自然と視線を隣に向ける。
     わなわなと小柄な体を怒りに振るわせるルネの姿に、アレクサンデルが小さくあっと声を漏らし慌てて彼を止めようとした。しかし、止める間もなくずっと抱え込まれていた特大の爆弾はついに爆発した。
    「ずっと自分を蔑ろにして僕や家を優先してくれた兄さんを悪く言うような連中と誰が付き合うか!! お前ら全員一昨日きやがれー!!」
     うがー! と大きな声を挙げるルネの姿に周りは呆気に取られ、彼の本性を知る者たちは苦笑いを浮かべ、兄であるアレクサンデルは疲れたように額に手をやる。
     アレクサンデルもこうならない様にずっと気を付けていたのだろうに、連中は最後の最後で特大の地雷を踏んだ。この一年、否ずっとずっと我慢に我慢を重ねてきたルネは止まらない。
    「何処に目をつけていたら兄さんが僕や他のΩをいじめてるって話になるワケ? アンタ達みたいなクソ野郎共から僕等をずっと守ってくれていたのは他ならぬ兄さんだろうが!」
     ギッと相手の一団を睨み付けながら責めるルネはズンズンと彼等の方へと歩みを寄せる。
     ずっと可愛らしい姿しか見ていなかった一団はルネの変わり様に戸惑い恐れて気圧されて一歩二歩と後ろに下がっていく。
    「そもそもΩがαを無条件に好きになるとでも思ってたワケ? バッカじゃないの? アンタ達みたいな自分の事しか考えてない傲慢野郎なんか好きになるワケないじゃん。尊大傲慢自分勝手、おまけに自慢する権力も大した事ないし、そもそも親の七光りだし、顔も能力もイマイチのクセになんでそんなに自信満々に自慢出来るの? 兄さんくらい仕事が出来るようになってから出直して来い!!」
     一気に捲し立てるルネの迫力に気圧されて、下がったα達は情け無く頷く事しかできなかった。
     その様子に満足げに鼻を鳴らすとルネはフィリスの方へと向き直る。
    「それからアンタ!」
     ビシッとフィリスの方を指差すと今度は彼の方へとズンズン歩を進める。
    「アンタやアンタの家がこの一年コソコソ何してきたか……僕ぜーんぶ知ってるから」
    「は……?」
     ルネの一言にそれまで自信満々にしていたフィリスの顔色がさっと変わる。そんなフィリスの耳元でこそりとルネが何やら囁けば、フィリスは顔色を紙のように真っ白にしてがくりと膝をついて座り込む。
    「国にバラされたくなかったら……どうすればいいか分かるよね?」
     絶望しているフィリスの横でにこやかに佇むルネは更に脅しを掛けていく。先程の強気な態度とは裏腹に小さく悲鳴を漏らすと、フィリスは震える声で謝罪を呟いて脱兎のようにその場から逃げ出した。
     そんな後ろ姿を見ながらルネは楽しそうに笑う。
    「僕がどうこう言う前に国が不正や嫌がらせの事実を知らない訳ないのにね」
     浅はかだよねー、とにこやかに宣う姿はまるで小悪魔だ。
     この一年過ごすうちにすっかり忘れていたのかもしれないが、この会は国が主催している。そこで問題を起こせば、遅かれ早かれ国王の耳に届くだろう。
     その事にやっと気が付いた者達が蒼白になっている様子を見て、ルネはせせら嗤う。どうやら悪魔の申し子は兄だけではなかったらしい。
     どこか呆然としながら様子を見ていたアレクサンデルの頬を撫でれば、驚いたのかびくりと大きく体を震わせた。頬に掛かる黒髪を耳に掛ければ、白い耳朶には小さな宝石が蹲っている。
     先程から気になっていたその宝石の色を確かめて、アルフォンソは嬉しさのあまりに破顔した。
    「……このピアスは私の事を想ってつけてくれたと思って良いのかい?」
     艶やかな黒い髪を撫でながらそっと訊ねれば、白い頬がたちまちのうちに朱に染まる。
    「目敏い……」
     ふいと視線を背けながら悪態をつく姿を愛おしく思いつつそのまま指先で弄ぶのは白い耳朶を彩る小さなピアスだ。
     宝石が一粒あしらわれただけの簡素な造りだが、重要なのはその宝石の色。アルフォンソの瞳の色である深い青色の宝石は今まで彼が身に付けているのを見た事がない。
     ルネの装飾品にのみ金を回して来たアレクサンデルは自分の身なりに然程気を遣っていなかった。夜会の時だって着る物は最低限の数を着回し、宝飾品は同じものを使っていたというのに。
     唯一新たに身に付けているその宝石の色が自分の色なのだから堪らない。
    「君は本当に可愛らしいな、アレク」
    「……だから嫌だったのに」
    「ルネ君か」
    「このピアスを選んだのも、この場に身に付けてくる事も最終的に選んだのは兄ですからね?」
     僕はちょっと背中を押しただけですとルネは得意げに笑って見せるが、上手く口車に乗せたのだろう。アレクサンデルはルネに弱いから、押し切られる形にはなったのだろうけれど。
     嗚呼、それでもこうして自分の彩を身に付けてくれた。
     赦されているのだと何より雄弁なその証拠を前にしてアルフォンソは今、幸福の絶頂にいる。初めて目にした瞬間からずっと恋焦がれていた愛しい人が、同じように自分に心を向け始めてくれている何よりの証左。
     微かに香る甘く優しい香りを独り占めにしたくて細身の体を腕の中に閉じ込める。
     アルフォンソがアレクサンデルの事業を手伝い、また本人を構い始めてから少しずつだが、アレクサンデルの体も正常のΩとして機能し始めているらしい。正常にフェロモンが出始めたのか、微かに良い匂いがする首筋に鼻先を摺り寄せれば、腕の中のアレクサンデルが小さく体を震わせた。
     首筋が赤くなっているところをみると顔も真っ赤になっているのだろう。悪魔の申し子や黒獅子と呼ばれる傑物だが、こうした可愛らしい面もある。
    「早く此処に噛み付いて君を私だけの番にしたいな」
    「っ……!」
     薄紅に染まった首を指先でなぞりながら囁けば、腕の中のアレクサンデルが声にならない悲鳴をあげた。
     怖がらせてしまっただろうかと思った時だ。
    「……貴方なら喜んで」
     それは消え入りそうな程小さな声だった。
     しかし、しっかりとその声を拾い上げたアルフォンソは歓喜のあまり細い体を抱き上げ、いきおいに任せてくるりと回る。
     人生に於いてこれ以上幸福な事はないのだから。
     慌ててしがみついてくるアレクサンデルを強く抱き締めながらアルフォンソはその青い瞳で真っ直ぐに彼を見つめた。
    「アレクサンデル・サルトゥ。我が生涯を懸けて貴方を誰よりも幸せにするとここに誓おう」
     アルフォンソの言葉に月のような瞳を丸くすると、アレクサンデルは花が綻ぶような美しい笑みを浮かべたのだった。
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