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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    幼少期オルセイ猫の日SS

    猫の日SS(幼少期オルセイ)猫の日SS
     
     艶々とした深い黒色の滑らかな毛並み。頼りなく柔らかな体。耀う瞳は神秘的な蒼。
     母を求めてちいちいと鳴く小さな生き物を抱きながら宵闇色の髪をした少年は途方に暮れていた。
     
     いつものように庭を抜けて愛しい幼馴染の家に遊びに行こうと思った矢先、薔薇の垣根を潜り抜けている最中にソレはいた。
     初めは石か何かだと思った。しかし、急足で向かう視界の端に在ったそれが蠢いたような気がして、少年は慌てて足を止める。
     薔薇の木の根元にあったのは石ではなく真っ黒な毛玉だ。何かと思って観察しようと近付けば、足音を聞き付けたのかその毛玉がモゾモゾと動き出す。
     ふわふわした毛玉からぴょこんと飛び出てきたのは三角の耳。こちらを見上げる瞳は神秘的な蒼色をしていた。
    「ねこ……?」
     絵本でしか見た事のないそれは少年が知るものよりもずっと弱々しく頼りない。
     物語の中では猫という生き物は時に理知的、時に冷徹に振る舞う気まぐれで不可思議な生き物だった筈だ。
     少年とて愚かではない。生き物が人の言葉を話す事はないと分かっている。されど、猫という生き物を初めて目にした少年にはそれが酷く得体の知れないものに見えたのだ。
     少年が思っていたよりもずっと頼りない生き物は温もりを求めているのかちいちいと大きな声で鳴き始めた。そこで漸く庭師の爺が野良猫が棲みついて庭で子育てしていると言っていた事を思い出す。
     この生き物は猫は猫でもまだ幼い子供なのだ。
     ともすれば簡単に潰してしまいそうな小さな生き物は助けを求める様に必死で鳴きながらよちよちと少年の方へと転がるように歩み出てくる。
     あまりにも弱々しいその姿に思わず抱き上げたところまでは良かった。小さな子猫はやっとありついた温もりを手放すまいと少年のシャツに爪を立て、白い布地を土で汚しながら必死に鳴いてしがみつく。
     あまりにも必死なその様子に、初めて触れた小さな生き物に、どうしていいのか分からず引っ掛れながらも少年は途方に暮れる。
     子猫はその不思議な色合いをした青色の瞳で少年を見上げて大きな声で何やら訴えてきた。しかし、猫の言葉など分からない少年は子猫が何を訴えているのか分からずに困惑するしかない。
     誰かに助けを求める為に家に戻ろうと思った、その時だった。
    「フィン? そこにいるの?」
     薔薇の垣根の向こうから稚く柔らかな声が少年を呼んだ。それだけで身の内から歓喜が突き上げる。
     声の主は隣の屋敷に住む愛しい幼馴染だ。この時間にはいつもレヴォネの屋敷に居るから遅くなった自分を探しに来てくれたのだろうか。
     そう思うだけで心が熱くなる。
    「リア」
     愛しい名を呼べば、ガサガサと薔薇を掻き分けながら幼馴染が現れる。艶やかな黒い髪、月の光のような銀色の瞳。花のようなかんばせはいつも綺麗で優しい。
    「ちっとも来ないから心配したよ。こんな所で何をしているの?」
    「こいつを見つけたんだ」
     柔らかな笑みを浮かべながら近付いてきた幼馴染に、少年は腕の中に抱えた毛玉を見せた。すると彼は花が開くようにパッと表情を輝かせて感激したように「子猫」と小さく呟く。
     月光色の視線を奪われた事は面白ないが、綻ぶように微笑む幼馴染を独り占めにする欲望の方が勝った。ざわりと騒めいた心は直ぐに愛おしさに蕩ける。
     ちいちい鳴く子猫に、白い指先が恐る恐るといった様子で触れる。それに応えるように子猫は小さな紅い舌で幼馴染の指を舐めた。
    「ふふ、くすぐったい」
     ころころと笑みを零す幼馴染の表情に、少年は堪らない気持ちになる。柔らかな陽射しの中、二人きりでこうして過ごす事は少年にとってこの上なく甘美で幸福な事だ。
     他の誰も知らないこの表情は少年にとって宝物で、誰にも渡したくない財産。
    「親はどうしたんだろう」
    「分からない。レヴォネの屋敷に行こうと思ったらこいつだけ薔薇の木の下で蹲っていたんだ」
    「そう……」
     餓えているのか、小さな子猫は少年の腕にしがみつきながら幼馴染の細い指を必死にしゃぶっている。その様子に哀しそうに表情を翳らせると、幼馴染は少年の手を優しく取った。柔らかな手の感触に、ドキリと心臓が弾む。
    「どうすればいいのか、私のお父様とお母様に聞いてみよう。ちょうどお庭でお茶の支度をなさっているんだ」
    「う、うん」
     少年の動揺など知りもしないのだろう。無邪気に微笑むと幼馴染は慣れぬ足取りで薔薇の垣根を進んで行く。その背を追うように歩きながら、少年の心臓はとくとくと高鳴っていた。
     腕の中の子猫にはこの心臓の音が聞こえているのだろう。
     不思議そうに少年を見上げる蒼い瞳には恋焦がれる夕焼け色の瞳が映っていた。
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