「あ!その注文、俺です──」
徐庶の前に苺チョコレートパフェがコト、と置かれた。今シーズンの新作、期間限定モノだ。向かいに座る法正にはコーヒー。ごゆっくりどうぞ、と伝票を残すとウェイターは持ち場に戻っていく。
「お前ほんとうに好きだな……」
法正がそう言って徐庶を見ると、キラキラと弾んだ笑顔が彼に向けられた。
「はは……昔から、こういうのには目がなくて」
そう返し、さっそく食べ始める徐庶。
柄の長いスプーンとフォークが手に取られてカチャリと音を立てると、法正もカップに口を付けた。
「パフェひとつ頼むのに俺を呼ぶな」
しかめっ面で放たれる文句に、無精髭の甘党は照れくさそうに苺を頬張った。嬉しそうな顔でモグモグと食べながら目配せだけを返す徐庶は(「別にいいじゃないですか」)と動じていない様子だった。
パフェとコーヒーだと、パフェを頼んだ方が相手を待たせるはずだと誰もが思うだろう。しかしそうはならないのだ。スイーツを満喫する徐庶相手に法正があれこれ話し続ける羽目になり、結局同じくらいのタイミングで落ち着く。気付けばいつもそうなってしまうのは彼からすると毎回腑に落ちない点だった。それに性格は正反対に近いと言ってもいいはずなのに、話は不思議と弾む。話す時と聞く時とでテンポが噛み合うのだ。 今回もそんなこんなで、法正は徐庶の前にあるグラスがじわじわ空いていくのを何となく見届けた。
「……ずっと思ってたが、社内であれこれ言われている俺をわざわざ誘って何になる」
仕事は出来るが人柄に一癖ある法正が後ろ指をさされるのは一度や二度ではなかった。だが徐庶にとってそんな事はどうでもいい。
徐庶は人当たりも良く柔軟性もあって周りからの信頼も厚い。仕事も丁寧だ。法正と交友関係を持っている事に疑問を抱く声は一定数聞かれるが、そうしたからといって彼を嫌いになる者は居なかった。
「別に何も……俺が貴方と出掛けたいと思っただけですから」
何食わぬ顔で答えると、徐庶はチョコブラウニーをぱくっと食べた。甘酸っぱさが残る口の中に程よいチョコの味わいが続く。弾力もあり密度の濃い生地と、滑らかな舌触り。美味しいトッピングの数々が今作でも彼を満足感で満たした。しかしそれは何も、グラスに盛り付けられたものだけに限らない。徐庶はまた一口と掬って、目の前に座る同僚を見つめた。
「途中で水も無しに、よく平気だな」
法正はそう言って再び飲み進めようとした。しかし唇はカップのふちに添えたまま、視線をフイと斜め下へ投げ、一瞬だけ動きを止めてしまう。
徐庶は、楽しそうに食べる顔はそのままに……そんな法正の隙を、据わった瞳でチラッと盗み見た。
──照れ隠しする時、よくそうやって目を逸らしていたよ……。
「だって美味しいじゃないですか」
徐庶は機嫌良さそうに振る舞い直すと、モジモジといじらし気にグラスの底をスプーンでつついてみた。
食べると、無くなってしまうな……そんな当たり前のことに、今回も肩を落とす。
ふと法正を見ると、バチっと目が合った。
あれ……どうしたんですかね。徐庶はサッと自分の手元に目を移す法正に、心の中でほくそ笑んだ。
「今度また、俺が甘いもの食べる時……こうして付き合ってくださいよ。一人で食べるより美味しいんです」
法正は興味がなければきっぱりと断る。徐庶はそれをよく知っている。誘った以上はいつも徐庶の奢りだし、コーヒーも美味しい店を選んでいるが……どちらかといえば自分より忙しい法正が、時間を工面して予定を合わせてくれているという事実。それだけで今の所は十分だった。今の所は。
「人の評判なんてどうでもいいんですよ。俺は……俺の好きにやるって決めてるので」
徐庶は法正の様子を窺った。
特に、変わった様子はない。本当にいつも通りだ。
──今回も……駄目だったか。
徐庶は法正が前世の記憶を取り戻す時を、こうして毎回、待ち望んでいた。
甘いものは大好きだし、今日のパフェも本当に良かった。
だが、いつも後味はブラックコーヒーより苦いのだ。