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    ichizero_tkri

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    ichizero_tkri

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    🌟🎈 将参
    参謀さんが風邪を引くだけの話

    小鳥の囀りに目が覚めて、就寝時より緩くなった恋人の腕の中から這い出る。ちらりと盗み見た寝顔はなんとも幼くて、普段あんなに端整な口調と威風堂々の態度で構える将校その人とは思えないほど愛らしい。二人きりのときにも軍属らしくない甘い表情をたくさん見せてくれるが、殊更寝顔は自分だけが見るのを許される屈託のないものだった。

    さてしかし、いつまでもこの宝物を眺めているわけにもいかない。一足先に身支度を整え、甘い雰囲気を漂わせるばかりの夜とは一旦別れて将校と参謀の顔にならなければいけない。職務から離れる間は二人は支え合う恋人同士だが、日中はあくまで上官と部下なのだ。律儀にそれを遵守するルイの考えを、ツカサも肯定してくれていた。その恩にも報いなければと、ルイはいよいよベッドから腰を上げる。

    と、そのまま力の入らない足に誘われるまま床へとへたり込んだ。おや、と無意識に漏れ出た声は平時のものより湿度が高く、まさかと思って自身の額に手をやった。熱い、ような気がする。普段自身の体温など気にしないから比較が出来ないが、病は気からとはよく言ったものでルイは少しの頭痛と目眩を実感し始めた。

    「……移してないといいのですが……」

    大口を開けてすやすやと寝こけている恋人を一瞥して、ルイはふんと気合を入れて立ち上がる。関節がつきりと痛むのを感じながらカーテンを左右に裂く。窓から射し込む日差しは温かいのに、どこか寒気がした。

    用意してあったいつもの服に着替え、奥の洗面所で支度を済ませる。水で洗い流したはずの頬はいつまでも赤く火照っていて、発熱しているのがありありと分かる。なんとなく隠しておきたい気持ちが生まれたが、生憎と化粧道具は持ち合わせていない。隠すのは諦めて、ルイは水で冷えた手を両の頬に押し付けた。少しでも火照りが引けば、小言を投げられる可能性も減るだろうかと稚拙な案に頼って。

    「……よし」

    ついぞ赤みは引かなかったが、冷やされたおかげで幾分かマシになったと錯覚しルイはツカサの元へ戻る。相変わらず穏やかに眠っている姿が微笑ましいと数分見惚れるが、壁掛け時計が起床の時刻に迫るのを視認してとうとう彼を起こすべく手を伸ばした。

    「──ツカサさま。起きてください、朝です」

    揺さぶれば、二度三度呻く声が聞こえて瞼が開かれる。その蜂蜜によく似た、見てるこちらが融かされそうな瞳が朝の微睡みの中からルイの姿を探し当てる僅かな時間が、ルイは好きだった。ゆらりゆらりと彷徨った視線がぴたりとルイで止まる瞬間、ああ、ちゃんと見つけてくれたと言いようのない安心感を生んでしまうのだ。

    「……ああ、おはよう、ルイ」
    「おはようございます、ツカサさま」

    愛する人が目覚めて一番に視界に入るのが自分であることが、ルイは堪らなく嬉しかった。ルイは案外と見栄っ張りで、ツカサに愛される内に彼の視界に入る時は出来る限り美しい自分でいたいと望むようになっていた。彼より早く目覚めて、身なりを整え揺り起こすのは、部下としての責務の他に恋人としての見栄も含まれていた。

    だからルイは、その見栄を無理にでも守るべきだったのだ。ツカサは目の肥えている人物だ。長い軍人生活と病気がちの妹になるべく質のいい品を送ろうと心掛けていた日々の成果、そして心からルイを愛しその変化に人一倍敏感であることから、そのあからさまな顔色の差異を見逃せる男ではなかった。

    「……ルイ、熱があるか?」

    身を起こし改めてルイの顔を見やったツカサは、開口一番そう問いかけた。発熱のせいだろうか、回らない頭である程度は隠せていたと思っていたルイは驚き、しかし慣れきった笑顔の仮面を貼り付けていいえと首を横に振る。

    「少々微熱が。ですが、問題ない程度です」
    「問題ないわけがあるか、熱を甘く見るな」

    今は平気でも時間が経って熱が上がればしんどくなるだろう、と続けようとした言葉は触れた頬の熱さに途切れた。微熱なんてものじゃない。どうしてなんともない顔でツカサの起床を待っていられたのかとさえ思わされるほどの熱だった。まさか自覚していないわけではあるまいと反射的にルイを睨んでしまうが、彼は熱っぽい吐息を漏らしながら不思議そうに小首を傾げるばかりだった。

    「相当な熱じゃないか。恐らくだが、これからもっと高くなるぞ。ルイ、今日は休んでいろ」
    「え?」
    「ん?」
    「あ、えっと、何故休むのでしょう」
    「……は?」

    熱があることを、自覚はしているはずだ。誤魔化しか本心からかはわからないが微熱と宣ったのだし、普通に考えれば大事を取って休むという理屈が通って然るものだと理解出来るだろう。
    普通に考えれば、だ。

    「……熱を出すのは初めてか?」

    まずは、否定されるだろうところから。少しずつ距離を詰めた質問を投げかけようと、ツカサはベッドから降りてルイと目線を合わせて微笑を浮かべる。

    「いえ、そんなことは……。経験はあります」
    「寝ててもいいのに、起きたのか?熱、辛くはないのか?」
    「? はい、この程度なら」

    答える声はどこか覚束ない。なんともない、なんて言葉が嘘なのは明らかだが、きっと謀ろうとしているわけでもないとツカサは思った。

    「熱が出て、休んだことは、あるか?」
    「……? いいえ?」

    何を当たり前のことを、とでも言いたげにルイは答えた。ツカサは頭を抱えてしまいそうになるのを堪えて、そうかそうかとその頭を撫でた。これをするとルイは普段よりも幾分か聞き分けが良くなる。その常識は間違っているんだぞと教える声にも、多少は素直に耳を傾けてくれるから。

    「ルイは随分と頑張り屋さんだったんだなぁ」

    幼子に言い聞かせるように笑うと、大人しくツカサの手を受け入れながらルイはぱちりぱちりと瞬きをする。少し眠そうだ。このまま寝てくれるならそれでもいい。ゆっくり流し込むように、吹きかけるように言葉を続けた。

    「今までは、休んではならない決まりだったんだな」
    「……はい」
    「そうかそうか、頑張って規律を重んじたか。偉いなぁルイ。だがな、ここではもう決まりが違うんだ。郷に入ってはと言うだろう。所が変われば遵守すべき定まりも変わる。わかるか?」
    「はい、もちろん……状況に応じて、適応すべきです」
    「ああ、さすがルイ、利口だな。……今ここでは、熱があれば休まなければならないんだ。そういう決まりになっている」

    ツカサが甘やかすようにそう告げれば、ルイは驚いたように目を丸くした。どうやら発熱時は療養に務めてよいという決まりに本気で驚いているらしい。規律というよりは常識なのだが。つられてこちらまで顔を顰めてしまいそうだなどと思いながら、ツカサは撫でる手を頬に降ろした。

    今にも倒れてしまいそうなほど赤く、熱い肌。食事を摂れるかは怪しいところだ。少しでもいいから食べてもらって、薬を飲ませなくてはならない。そのためには、提示された常識を疑っているルイをなんとしても説き伏せなければ。無理にベッドに押し込むような真似は、出来るならばしたくない。

    「だからルイ、お前は今熱があるだろう?今日は休んでいなくてはならん」
    「……ですが……この程度は問題ありません」
    「だが、そう定められている。ルイ、いま守らなくてはならない規範がどちらかは、わかるだろう?」

    問いかけに、ルイは困ったように俯いた。それほどにルイにとって、これは当たり前に為すべきことなのだ。ツカサは人知れず歯軋りをした。どれだけ追い詰められれば、こんなことを為すべきことと思い込まされてしまうのだろう。きっとまだ力のない幼い頃から、今の今まで。
    躾や教育なんて言葉じゃ生温い。これは洗脳で、支配で、暴力だ。

    「……それに、ルイ。お前が苦しんでいる姿を見るのは、オレが辛い」
    「……! なぜ、ですか。あなたは、発熱も頭痛も、なにもないでしょう」

    それなのにどうして、と黄金の目が潤む。口を滑らせたことにさえ気付かないくらいには、頭は熱に侵されているらしい。痛むらしい頭を再度撫でてやりながら、ツカサは笑った。

    「オレにとっては、それが普通だからだ、ルイ。好きな人が苦しむところは、見たくないものだろう?」

    少し卑怯かも知れないけれどと、ルイの知らない常識を引き合いにしてみせる。彼にとっては発熱は休養に値するものではないようだが、愛故にと名目がつけば初めて知る物語になる。
    この子が一番欲しかった、けれど一番わからなかったもの。他の誰でもない、ツカサが与えてくれたものだ。それを疑えるわけもない。だってルイも、ツカサが苦しんでいたら辛いと感じてしまうから。

    ルイは、震える吐息と共に小さく頷いた。

    「休んでくれるか?」
    「……あなたが、辛いのは……私も、嫌です」
    「そうか。守れて偉いな、ルイ」

    あくまで自身を案じたわけではないようだが、今はそれでも良かった。一先ずは休もうと思わせることが先決だ。ツカサのためにと承諾してくれた彼の手を引いて、ベッドへと座らせる。律儀に着込まれた服を楽なものに替えさせて横たえると、途端にはふ、と熱い吐息が漏れてルイの目が虚ろになる。寝転がった瞬間に体が休む態勢に移行したのだろう。
    ツカサは洗面所で手拭いを濡らして程良く絞り、ベッドへ戻ると横たわるルイの額へとそれを乗せた。冷たさが心地好いのか、黄金の目がうっとりと瞼に隠される。やはり食事は摂れなさそうだ。だが、眠れそうならそのまま休んでもらおう。

    こんなになっても、ツカサのためという動機がないと休もうとしてくれないなんて。ツカサは歯痒さに眉根を寄せる。ルイの辿ってきた人生の路傍に悪意を見出す度、根深いそれが心底に疎ましく思う。ルイが解放されて尚、その足に絡みつき進むことを遮るのだ。心の幼いこの子は、それの振り解き方も千切り方も知らない。だからそこに留まることを仕方ないと判断する。動いてはいけないのだと錯覚する。
    だけどツカサは、手を伸ばすのだ。引き千切るときっと優しいこの子は怯えてしまうから、一つ一つ、丁寧に紐解いて楽にしてやるのだ。

    「……おやすみ、ルイ」

    せめて今は穏やかにと、頭を撫でた。


    * * *


    ルイは寝苦しさに目を覚ました。響く頭痛と全身を覆う不快感に顔を顰めながら、しかし発熱している状態で寝こけているなど違和感があって仕方ないと辺りを見回す。カリカリと筆の走る音を頼りに視線を向ければ、一人机に向かう上官兼恋人の背中が見えた。

    (……かっこいいな)

    少しの草臥れも見せずすらりと立つ背中に、熱に浮かされながらルイはそう思った。理路整然という言葉がよく似合うような美しい背中は、しかし衣服に隠れても逞しさを失わせない。他者のいる場面では彼の後ろに控えることが多いから、ルイはツカサの背を目にする機会が多かった。その度に、ああ、かっこいいなぁと、ルイは子どもじみた感嘆を覚えてしまうのだ。

    ただ今は、そう思うと同時に何故自分は傲慢にも休息を得ているのかと不安にも見舞われてしまう。朦朧とする思考の中、働かなければと根付いた習慣に揺り起こされてルイは力の入らない腕で身を起こした。ギシリとベッドの軋む音がして、それを聞いたらしいツカサが振り返り目を丸くした。

    「ルイ、起きたのか。待て待て、急に起き上がるんじゃない」
    「……おはようございます、つかささま」

    慌てて駆け寄ってきたツカサに、ルイは平時の通りに頭を下げる。休んでしまい申し訳ありません、などと口にするルイを睨んでしまいそうになったのを堪えて、ツカサはその額に手を当てた。今朝よりも熱が上がっている。なるべく冷えた状態のものをと思い何度も交換した手拭いは、ベッドに落ちたまま今もすっかり温くなっていた。

    「熱が上がっているな。ルイ、粥を持ってくるから、ここで待っていてくれ」
    「……? お腹は、空いていません……」
    「少しでいいから、食べてくれ。薬も用意してもらっているから」

    理解が出来ないのかぼんやりとツカサを見ながら、しかし反論してはならないと考えたのか、ルイは虚ろに瞳を泳がせながら頷いた。いい子だと称賛を与えられながら頭を撫でられると、ほんの少しだけ頭痛が和らいだ気がした。横になっていろと促され、首を横に振ってもふらつく上体をそのままに寝転されてルイはぱちくりと瞬きをするばかりだった。

    「いい子で待ってるんだぞ、すぐに戻るからな」

    そう告げて、ツカサは足早に部屋を出ていった。ベッドにぽつんと残されて、ルイは手持ち無沙汰に布団を頭まで引き上げる。熱くて気持ち悪くて仕方ない。それを寝て治そうとしている時間さえ違和に塗れていて、罪悪感が塵のように積もる。

    これまではどうしていたんだっけ。持ち上げていられない瞼を閉じれば、その裏に記憶が蘇る。

    ああ、そうだ。普通に働いていたっけ。

    今と同じように熱くて気持ち悪くて寒くて痛くて死んでしまいそうだったけれど、その程度で私の手を煩わせるつもりかと、怒鳴られ折檻をされたっけ。時には地下で鎖に吊るされて、時には庭に繋がれ薄着で放り出されて、時には仕置きの杖や鞭で痛めつけられて。それが嫌で、吐きそうになるのを飲み込んで主のために働いていたんだった。

    じわりじわりと、足元から闇が這い上がってくる。嫌だな。あのお仕置きはもう受けたくない。寝ていてはいけない。働かなくては。見つかったら、怒られる。聞き分けのない役立たずと詰られて、痛くて苦しいのがいつまでも続く。ああ、嫌だ、嫌だ嫌だ。

    ルイは布団を放り出すと、力のない体を無理矢理に起こして先刻までツカサの掛けていた椅子に腰を下ろした。広げられたままの書類は、ルイに任されたはずのものも混ざっている。今のルイにそんな判別はつかなかったが、それでも目の前にあるならば為さなければと手を伸ばした。視界が歪む。記されている文の数行すら上手く読み込めない。でもやらないと。仕方のない躾だったけれど、お仕置きは痛くて怖くて辛くて苦しくて嫌いだから。役に立たないと、課せられたものを終わらせないと、それからは逃れられない。

    覚束ない手で筆を手に取り、這いずるような文字を書いた。大丈夫、ちゃんと出来ていると安堵するのと同時に、部屋の扉が開いた。

    「っ、ルイ……!?」

    手に持った盆を机に降ろして、なにをしてるんだと焦った表情のツカサが言う。なにを、と言われても。仕事をしていただけだ、当たり前のことじゃないかと浮かぶ頭が、ゆっくりと現実へ戻ってくる。

    「…………ぁ………?」

    あれ、ああ、そうか、違うんだ。ここにあの恐ろしさはいなくて、課せられた決まりは撤廃されていて、いまは彼の、ツカサの言う通りに差し出された規則に沿わなくてはならなくて。

    それを、破ってしまった。ルイは血の気が引いていくのを自覚した。規律を犯した。罰が、仕置きが待ち受けている。その恐怖にどっと心臓が暴れ出して、視界が涙に滲む。

    「も、申し訳、ありませ……」
    「……オレの仕事を手伝おうとしたのか?」

    糾弾されると身構えたルイに降りかかったのは、至極優しい声だった。濡れた視界で恐る恐るそちらを見やれば、ルイを見上げるように床に跪いて、その震える手を取るツカサの姿があった。

    「ルイは気遣いが出来て偉いな。だが、今は休まねば。今だけは本当に、頑張らなくていいんだからな」
    「……ご、ごめんなさ……」

    触れられていない方の手を胸に当て、どうかどうかと神に祈るようにルイは目を閉じた。その拍子に弾き出された雫がツカサの手に落ちて、その表情を僅かに悲しみに染める。

    「どうか、どうか、仕置きだけは……っ」
    「……ルイ?」
    「がんばります、から、どうか……っ、お仕置きは、痛いのは、ぃ、いやです……っ!」

    ツカサになら、何をされても怖くないと思ってた。
    それなのに今は、ツカサにだけは許されたいと思う。愛されて、甘やかされて、痛みからは程遠い場所で触れ合っていたいと思う。強欲だ、とルイは思った。簡単な規律すら守れない自分が愚かだというのに、それを棚に上げて彼からの許しを請うなんて。

    「………しないよ」

    けれどツカサは、ただ優しく笑ってくれた。

    「仕置きなどするものか。痛いことも怖いことも、お前が嫌がることはしない。案ずるな」
    「………で、も…ぼく、守れなかった、です、」
    「さっきも言った通りだ、ルイ」

    神に祈るその手まで、ツカサは自分のそれで包み込む。神なんて、いるかもわからないような相手に──いたとして、ルイに試練ばかりを降り注いだ愚か者になんて祈らなくていい。縋るならどうか、今この手を取る自分を求めてほしい。

    「ルイが苦しんでいるところを見ると、オレは辛い。ルイにとってお仕置きは、とても辛いことだろう?」
    「……つかさ、さま、」
    「……腹が減ったろう。粥が無理なら、桃もあるぞ。食べよう、ルイ」

    そんな話なんてなかったと、どうでもいいことだったと笑うように。傍らの盆に乗る湯気を立たせる粥と綺麗に切り揃えられた桃を一瞥し、ツカサは言う。
    足元に絡みついていた何かが解けていくような、暗い道端を優しく照らす道標を見つけたような。仕置きの苦悶とは程遠い優しさを携えた笑みに、ルイはただ泣いた。泣いているという自覚もないまま、涙を流していた。

    「……つかさ、さま」
    「ああ」
    「つかささま」
    「どうした、ルイ」

    包まれた手で、必死に握り返した。この幸福を、安堵を、どんな言葉に変えれば正しく届けられるだろう。

    「すき、です」

    わからないから、ルイはただ胸に溢れてしまった想いを言葉にすることにした。

    「ああ、知っているよ、ルイ」

    目の前の愛しい人は、稚拙なそれさえ大事そうにしっかりと受け止めてくれた。

    「すき、すきです……、だい、すき……っ」
    「ああ、分かっている。ちゃんと信じてるぞ、ルイ。ありがとう」

    おいでと促されれば、もうそれに抗う術も理由もなかった。誘われるままにツカサに縋りついて、そのままベッドに運ばれる。隣に腰掛けたツカサに、寄りかかっても許されるだろうかとルイは思案して、もし機嫌を損ねてしまっても仕置きはされないのならと身を寄せた。肩に乗る頭を、大好きな手が撫でた。

    「ほら、食べられるか?」
    「…………ん、」

    差し出された匙を、少し迷ってルイは口に含んだ。少し冷めてしまった粥はしかし、安寧に似た味わいを感じさせる。ツカサは、ルイが食事をしてくれた喜びに微笑みながら二口目を掬った。ツカサに寄りかかったまま熱でぼんやりと虚空を眺めるばかりのルイの口元へそれを運べば、少しの間の後にハッとした様子で咥えてくれた。

    暫くそうして雛に餌をやる親鳥の如く粥を食べさせていたが、次第にルイの咀嚼が遅くなっていく。どうやら満腹を感じ始めているようだが、ツカサが匙を差し出せば迷いなく食らいついてしまう。もう要らないと素直に言ってくれたらよいものを。野菜は普段から綺麗に残すくせに。そんなことを考えながら、ツカサは半分ほど残った皿を隠すように盆へ降ろした。

    「よし、食べれたな。偉いぞルイ」
    「………もも…」
    「桃?ああ、夜にしてもいいぞ?……食べたいなら一個だけにしようか、お腹いっぱいだろう?」
    「ん……」

    一つくらいならいいかと肉叉に桃を一つ刺して、ルイの口元へと運ぶ。小さく口を開いて齧られる。表情が少しだけとろんと和らいだ。粥よりは果物の方が食べやすいらしい。今後の参考にしようとツカサは決めて、焦った様子で一切れを齧るルイにゆっくりでいいぞと声をかけた。

    かくしてなんとか粥半分と桃を一切れ平らげたルイに、ツカサは次いで薬を飲ませるために口を開かせる。すっかりツカサに全体重を預けてうとうととしているルイに錠剤と水を飲ませて、よく頑張ったなと目一杯に褒めてやった。熱や頭痛で苦しい中こんなにも健気に頑張ってくれている子に、どうして仕置きなど出来ようか。寧ろこんなにも褒め称えて甘やかして世話を焼きたくなるくらい愛おしいのに。これを傷つけようだなんて理解が出来なかった。

    「薬も飲めて偉いなルイ。眠くなってきただろう、ほら、横になって」

    毒や薬に悲しくも耐性があるというルイの体質に合わせて、少し強めの解熱鎮痛剤をメイコに用意してもらっている。無理に動いた疲れもあって、すぐに眠気が彼を誘うことだろう。瞼の落ちかけたルイをそのまま横たえて、肩までしっかり布団をかけてやる。転がっていた手拭いは新しいものに交換しようと、ツカサは洗面所へ向かうと別の手拭いを濡らして絞り、ルイの元へ戻る。ルイはツカサを待ち構えるように横向きに寝転がっていたので、額に乗せるのは難しいかと頬の汗を拭いて火照った肌をなるべく冷やそうと試みる。ルイは心地好さそうに目を閉じていた。

    「……ルイ、他に欲しい物はあるか?」
    「…………ほしい、もの……?」
    「ああ、仕事は一段落しているからルイのために時間を使えるぞ。だから、強請るのも甘えるのも今が絶好の機会だ。存分に欲してくれ」

    片付いてはいない机上のそれからは目を逸らして、今最も優先すべき人を見つめてツカサは問う。こうでもしないと、ルイが素直に休養を受け入れてくれないと思ったのだ。

    「…………………を、」
    「うん?」
    「………手を、繋いでいたい……です………」

    よろしいでしょうかと問う声は、いじらしくなるほどに弱々しかった。こんな傲慢が許されるのかと迷う声に、ツカサは指を絡めしっかりと手を握ることで応えた。

    「お安い御用だ、ルイ」
    「……………ふふ、……へへ………」

    ゆるりと弧を描いた瞳が、瞼の奥に隠されていく。とうとう眠りに落ちるらしい。次目覚めたときには、あの忌々しい洗脳から解かれてツカサの差し出した規律に染まっていてくれればいい。

    「──どうか、いい夢を」

    寝息を立て始めたルイの額に口付けを落として、ツカサはささやかな祈りを彼へと捧げた。

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    💖🍑💖💖😭🙏💖💖💖🙏🙏🙏😭💗💗💗💗❤🍑🍑😭💖💖💖💴💴💴💖💖💖💖😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭🍑🍑🍑🍑🍑💖💖💖💖💖💴💖❤❤❤😭👏🍑
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    ichizero_tkri

    DONE12/12頒布の将参(🌟🎈)同人誌の書き下ろし分の、🔞シーンをカットしたものをこちらに再録します。
    行為を匂わせる描写はありますが、18歳以下の方もお読みになれる全年齢対応編集版になっています。
    ◆それから愛は未来を唄う


    「──うむ、良い報告書だ。ありがとう、下がっていいぞ」

    部下の一人から差し出された報告書に、ツカサは微笑を携えて頷く。ありがとうございます、と返した部下は深々と頭を下げ、その傍に控える元参謀にも和やかに会釈をして執務室を去っていく。未だ慣れないながらも、ルイも小さく頭を下げる。

    かつて──大臣に道具として飼われていた頃は、こうも心穏やかに職務に励むことなどあっただろうか。それを労わるように頭を下げられることなど。ツカサにこの心身を捧げ、仕えるようになってからもう随分と経つが未だ、慣れない。──というよりは、落ち着かない、気恥ずかしいという言葉の方が相応しいのかも知れない。

    一人静かに戸惑うルイを横目に、ツカサは先刻受け取った報告書に再度視線を落とす。黒い油の研究経過報告書。あの大臣が、ルイを遣わしてまで奪おうとした理由もわからないでもない。どうやらルイは、現存する大臣の部下の中でもとりわけ実力のある人物であったらしい。それだけ早々に心を殺して操り人形になることを選択した結果なのだろうと思うと、手離しに褒めてやれる気分にはなれない。いつか見た夢の、幼い姿の彼を思い返す。あんなに小さな頃から、家族という拠り所を失い一人苦悶の中生きてきたのだろう。ツカサはその顔に痛みを浮かべる。この幼子の道筋に思いを馳せる度、同等と呼ぶには傲慢な感情に胸が痛むのだ。
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