調理器具「お、」
何気なくリムサ・ロミンサのマーケットを歩いていた時だった。ちょっと待ってろと声をかけてナイトが通り過ぎた店の前に戻る。待ってろと言われたものの自分も気になるのでレドリアがその後を追うと、調理器具の店のようだった。店員の説明を聞きながら、細かい部品のついた蓋付きの鍋のようなものを真剣な表情の彼が眺めていた。
「圧力をかけて煮込む事で、短時間で味が染み込み素材も柔らかく仕上がるんですよ」
オールドシャーレアンで研究、開発された最新の調理器具らしい。そんな研究までされていたのかと感心しながら彼と調理器具を交互に見つめる。仕組みはよくわからないが彼が悩むという事は良い品なのだろう。真剣に考え込む彼と一緒に店の前で佇む自分の背中を押すように、その鍋で作ったという塊肉の煮込みを一口分差し出された。味見を、という事なのだろう。オールドシャーレアンの研究者というよりウルダハ商人に近い手法に苦笑しながら、煮込まれた肉を口に運んだ。
「英雄殿は本当に人が良いことで」
片手に件の鍋を手に下げたナイトが意地悪くニヤニヤと歌うように言ってきて、ぐ、と言葉に詰まる。味見をした肉の柔らかさと味の染み込みはあまり料理をしないと自称していた店員の腕前を差し引いても凄かった。黙々と味見をしている彼の横でまんまと鍋を購入し、当然のように彼が受け取って店を後にした。目線の高さまで鍋の入った袋を持ち上げた彼が微かに口角を上げる。
「ナイトがこれを使ったら、もっと美味しいんだろうなと思って……」
言い訳のように目を泳がせ小さく呟くと、当然だろと鼻で笑われた。余計な事を口走った気がして気恥ずかしくなり、彼から鍋に目線を向ける。
「前に作ってくれたクリムゾンスープとかも、また違った仕上がりになるんだろうか」
「短時間で作れるようになるな」
スープに限らねぇけど、と素っ気なく答えながらもきっと彼の脳内には数々のレシピが過ぎっているのだろう。材料も買っていくかと提案すると、一瞬思案した彼はスペアリブだけ買っていくか、とマーケットの食材屋に向かっていった。
帰宅後買ったばかりの鍋を軽く洗った後、洗手早くスペアリブの仕込みを終えたナイトが切った食材と共に乾かした鍋に放り込んでいく。最早計ることもなく目分量で調味料が注がれ、説明書を見ながら設定をした彼がこちらに振り返ってきた。
「あとは放っておくだけで完成」
「本当か?」
切って具材や調味料を放り込んで鍋を弄っただけで完成するのかと不信感が露わになっていたのだろう。洗い物をしながらできるできる、と適当にいなされた。
「火加減見たりつきっきりにならなくていいし、その間に別のも作れるからいいな」
この間に前のポポトサラダでも仕込んでおくかな、と独りごちた彼が保冷庫を開ける。茹でたポポトにカリカリに炒めたベーコンとアラミゴマスタードが効いたそれを思い出し、楽しみにしている、とつい答えてしまった。
件の「お手軽圧力調理鍋」を愛用してしばらく経った。ナイトは調理鍋を使いこなし、レドリアは目新しい料理を口にする機会が増えた。
「いや本当便利だな」
しみじみと噛み締めるように呟いたナイトの前では、野菜が丸ごと煮込まれたポトフが並んでいた。ごろっとした野菜は最低限の調味で滋味深く、一緒に煮込まれたソーセージや塩漬け肉も柔らかくジューシーに仕上がっていた。言うまでもなく件の鍋を使ったものだったが、レドリアも頬を緩めながら堪能する。
「野菜売りが言ってた裏技が気になって作ってみたけど大正解だわ。また作る」
ご機嫌でエールを用意するナイトに首を傾げると、剥いた皮を一緒に煮込む事で旨味がますらしいとのことだった。怪訝な表情で反対側に首を傾げたレドリアに皮が栄養とか豊富なんだってよ、とナイトが口角を上げた。
買い出しのためウルダハのマーケットを2人で散策していた時だった。東方の格好をしたアウラの屋台で見かけた見慣れない食材に、レドリアは釘付けになる。独特な香りに薬草かと眉間に皺を寄せていると、
「それは生でもイケる。加熱しすぎると美味くない」
新鮮ないい山菜だと横からナイトが端的に解説してきた。モノによってはアク抜きの手間もあるけどな、と付け足した彼はその山菜を一束買いあげた。
「さっとフライにすると酒に合う」
ニッと笑った彼が作ったフライを思い出し、レドリアの目が輝く。それは美味そうだと頬を緩めた英雄殿の目がまた違う屋台に釘付けになる。ヒューランの前腕程度の太さと長さの機械がそこに陳列されていた。
「なんだ?新しいオモチャか?」
ナイトが小声で呟くと、レドリアの頬が紅潮する。違うと声を荒げた彼が指差した先には自動攪拌機、と書かれていた。ふぅん?と興味深そうにニヤついた笑みを浮かべた彼が遠巻きに屋台を眺める。店主がパフォーマンスを始めるようだ。クリスタルを用いて面倒かつ疲れる攪拌を代わりに行ってくれる画期的な発明!と立板に水の説明の後、硬く凍ったフルーツとヨーグルトや蜂蜜を自動攪拌機で混ぜて作ったフローズンが振る舞われる。
パフォーマンスを終えた屋台に私も私も、とこぞって買い出すウルダハのマダムや使用人達に混ざって、レドリアがそわ、と店頭に引き寄せられていく。
「待て待て待て」
すかさず彼の腕をナイトが掴むと、不思議そうな瞳で見つめ返された。あれはなくていいだろ、と続けたナイトにレドリアは首を傾げる。
「ポタージュとかも作れそうだけど、別に今の作り方で不便はないし……」
ナイトの返答にますますレドリアの首の傾きが増した。はぁ、と短く息を吐き、ナイトは後頭部を搔く。
「品定めしないと使い勝手わからねぇだろ」
ましてやここはウルダハだ。真新しさや耳障りの良い言葉に釣られて買った末路が良いものとは限らない。性善説に染まり切っている英雄殿の合点が入ったような表情を確認して、ナイトはようやく手を離した。
「良い品ならその内一般的に流通するだろうし、当分はあの鍋で手一杯だ。それとも何だ?英雄殿には物足りないとでも?」
世界各地を回ってらっしゃると珍しいものじゃないと満足できないってか、と揶揄う口調のナイトに上手く言い返せず、レドリアはあうあうと目を泳がせた。
後日、やや興奮気味のレドリアが帰宅して早々に鞄から冊子を取り出してきた。ナイトの言う通り改良された自動攪拌機のカタログをモモディから渡されたようで、依頼を終えた時にそういえば、と差し出されたらしい。馬力なども増しており、以前ナイトが言ってたポタージュやフルーツなどをそのまま砕いてフレッシュなジュースまで作れるようになったらしい。2人並んでペラペラとページを巡りながら、
「今からの時期だと冷製スープとかもいいな」
ぽつりとナイトが呟いた。攪拌時の摩擦熱も軽減されており、栄養素などの劣化も少ないと書かれた説明文を追っていたレドリアが物珍しさに目を瞬かせる。
「ポポトが有名だけど、ガーリックやトマトを使ったのも美味い」
発汗で失われたミネラルも補える、と添えたナイトにレドリアの表情が輝いた。
「じゃ、じゃあ!これ、ナイトはいるか?」
自分が食べたいのもあるだろうに、と苦笑しながらナイトが頷くと、明日にでも買ってくる!と無邪気な返答をされる。キッチンがごちゃつきそうだ、と苦笑しながら躾が身になってきているのを実感する。それと同時に自分も甘くなってきた気もして、節制するかと後頭部を掻いた。