片割 この海の街にもイベントの余波が来ているようで、浮ついた雰囲気が漂っていた。幸せそうな人を見るのは嫌いではないが、この空気の中独り歩くルガディンはどこか居た堪れなさを感じていた。
それでもイベントのおかげで普段ならあまり手を出さないようなチョコレートが並んでいる店頭を眺めるのは楽しいものだった。買ったところで勿体なくて食べられないのは目に見えているし、貧相な自身の舌はどれを食べても美味しく感じるのだろう。折角だからと思いつつ平凡な板チョコレートを手に取る。と、掌からチョコレートが消えた。目線を掌から上げるとルガディンから取り上げたチョコレートを興味深そうに眺めるヴィエラがいた。
「買うの?」
握ったチョコレートをひらひら翳しながらヴィエラが首を傾げた。まぁ、とルガディンが頷くとふぅんと数回頷いた彼女がそれを棚に戻す。買うと言ってるのに、と棚のチョコレートに伸ばされた彼の手をヴィエラの手が掴んだ。ルガディンが何なんだと困惑している間に人気の少ない通りまで引っ張り出される。されるがままだったルガディンの離された掌にちょこんと小箱が載せられた。どこか見覚えのあるデザインの小箱をしばらく眺めてから、目の前のヴィエラに視線を向ける。にんまりと意味深に笑った彼女が覚えてる?と首を傾げた。ルガディンが数回頷いて開けても良いか了承を得ると、勿論、と微笑まれた。
中に二つ並んだ細やかに作られたチョコレートも見覚えがあった。昨年に贈られた有名店のもので、半分ずつ食べた気がする。確か片方がビターでもう片方がミルクだったな、と記憶を呼び起こしながら彼女に箱を差し出す。先に食べていいのに、と楽しそうに笑う彼女に口角を上げて、昨年と違う味を選んだ。彼女が残りを摘んだのを確認してチョコレートを口に運ぶ。口内に広がるくどくない上品な甘さとナッツ類などの風味に目を細めた。滑らかな口溶けや食感は流石ブランドと言うべきか。毎年ながら彼女の選ぶものはルガディンが普段食べているものと異なっているため新鮮かつ感動する。隣で美味しそうに頬に手を添える彼女を眺めながら、少し甘いな、と指先に付いたチョコレートを舐めた。