下世話 その店の名物はアップルパイのようだった。
青魔法を覚えるために周回を繰り返しようやく二人が目当ての技を覚えたのは夜中で、たまたま入った店だった。昼はカフェ、夜はバーのようになっており、店主の意向か夜中にもスイーツが食べられるらしい。メニューに誇らしく大々的に描かれたアップルパイを見て、目の前に座っていたヴィエラが目を輝かせる。
「……頼めばいいだろう」
適当な酒と食事を選んでいたルガディンがそう言うと彼女は一層表情を輝かせ軽やかに手を挙げ店員を呼んだ。
作り置きが出てくると思ったらわざわざ焼き上げて提供されるらしく、デザートとしてアップルパイが出てくると店員に言われた。
「お腹のスペース、空けとかなきゃね」
頼んだよ、と無邪気に笑った彼女につられて苦笑し、酒と共に出された軽食を二人で摘む。甘い芋を蒸して潰し、調味料やナッツ類と和えたサラダだった。美味いな、と彼が呟くと、彼女も嬉しそうに頷く。
「ここ入って良かったね」
大正解、と頬を緩めた彼女に、全くだと彼もジョッキを傾けた。
食事を終え、念願のアップルパイがテーブルに運ばれてきて彼女の目がまた輝く。やったー、と小さく呟き食べやすい大きさに切り分けている彼女の背後から下品な笑い声がした。二人の食事中から大分酔っているであろう冒険者達が座っている席だった。そういえば知ってるか、と周囲への配慮を忘れた声量でその中の一人が言う。
「アップルパイの中って、女のあそこと同じ感触らしいぜ?」
彼女の元に届いたアップルパイが切っ掛けかはわからないが、下卑た話題に大層盛り上がっているようだった。反射的に彼は乱暴にジョッキを置く。彼女に聞こえていませんように、と様子を伺うと、彼女は目下のアップルパイ以外興味はないと言わんばかりに満面の笑みでそれを頬張っていた。彼女の背後で件の席に着いている冒険者の一人と目が合った彼が威嚇しかける。が、流石に面倒なことになりそうだと思い、小さく溜息をついて目線をなるべく自然に逸らした。結果、アップルパイを堪能する彼女を眺めるしかできなかった。
「美味しかったねぇ!」
料理もアップルパイも!と店を後にしたヴィエラが弾んだ声で言った。酒も美味かった、と付け足したルガディンにまた行こうね、と彼女が微笑みかける。嫌な思いはしてないらしい。それどころか気付いていなかったか、と安心しながら彼が頷いて答えた。美味しかったメニューや今後覚えたい青魔法について話していた時、そういえば、と何気なく彼女が切り出してくる。
「さっきの後ろの席の人ら、凄かったねぇ」
気付いていたのか、とあからさまに顔をしかめた彼に彼女は思わず笑ってしまう。色々と強烈だったな、と言葉を選んだであろう彼にだね、と同意する。
「どうなの?」
何がだ、と怪訝そうな表情を一瞬浮かべ、すかさず知らん、と返した彼の勘の良さはどこで培ったものなのか。
「本当に同じ感触?」
あえて主語は省略して再確認してみると、やめろ、と顔をしかめられた。