手料理の話 マーケットを歩いている時だった。そこの兎のお姉さん、と声をかけられたヴィエラがそちらに視線を向ける。気さくそうなララフェルの店主がヒラヒラと手を振っていた。歩み寄ってみると海産物が並べられていた。
「もう店じまいしようと思ってね。そんなタイミングで見慣れない種族のお姉さんが通りがかったから、つい声かけちゃった」
安くしておくよ、と柔和な笑みを浮かべた店主に釣られて頬が緩んでしまう。イシュガルドの民にしては気さくだな、と思いつつ魚介類を品定めしていく。どれも新鮮そうで捌いただけでも食べられそうだな、と少し考え込んでいると、店主がこれとかオススメだよ、と貝類を示した。
「良い出汁が出るから、こんな寒い日にスープにすると最高だよ」
商売上手だなぁ、と苦笑しながらヴィエラが何点か注文すると大幅におまけされる。
「こんなに?」
「荷物になるからね。いくらこの気温とは言え、ウルダハまでは傷まず持ち帰れないからさ」
店主の出所を知り、なるほどと勝手に納得しているが儲けにはならないだろう。そんな懸念が表情に出ていたのか、店主が無邪気に笑う。
「帰る前に折角なんで趣味の釣りでもして帰るか、と思ったらこれが大漁でね。餌代分は還ってきてるから、赤字にはならないよ」
そう言われたら、と甘える事にした。
「ウルダハに来た時にはまた寄ってよ!」
またサービスするからね、と見送ってくれた店主に手を振って、予想以上の荷物を抱えてヴィエラはフォルタン邸へと向かう。出迎えてくれたメイド達は大量の魚介類に歓声を上げた。釣ってきたのかと興奮気味に確認してきたメイドにマーケットで安かったから、と笑って返す。
「エプロンってある?」
嬉々としてキッチンまで運んでいくメイドに、髪を纏めながら声をかけると、ありますよ、と答えられる。借りてもよいかと確認すると、快く了承された。
「キッチンも使っていい?」
おずおずと切り出してみると、メイド達がざわつきだした。客人をキッチンに立たせるなんて、とどよめくメイド達に、エプロンを身に付けたヴィエラが微笑みかける。
「ちょっと、この貝とか使って作りたいものがあって……」
ダメかな、と上目遣いで尋ねてきた彼女にメイド達がダメじゃないです、と即答した。メイド達の了承も得たので、軽い足取りでキッチンまで向かう。その後ろから彼女が言う使いたい材料━━貝類を運び入れたメイドが手際良く砂抜きを行う。邪魔をしないよう退室したメイドに礼を述べ、砂抜きが終わるまでの間に他の食材の下ごしらえを進めていった。くつくつと煮込まれていく鍋の中身をお玉で掬い上げ、少し味見する。店主が言った通り良い出汁が出て、満足いく出来栄えとなった。
「……イイ匂いだな」
帰宅したオルシュファンの鼻をどこか嗅ぎ慣れた香りがくすぐった。シチューのような、それでいて少し違うような香りが何なのか考えながら外套に付いた雪を払う。
「おかえりなさい!」
エプロンを纏ったヴィエラが駆け寄ってきて、外套を受け取る。
「雪降ってたんだ。外、寒かったでしょ?」
鼻赤くなってる、と心配そうな彼女にその格好は、と彼は目を丸くした。この格好?と視線を落とした彼女が思い出したかのように手を叩く。
「クラムチャウダー!作ったんだ!」
食べて食べてと腕を引く彼女に導かれ、席に着く。暫くして温かな湯気を纏った器が、ヴィエラの手で運ばれてきた。いただきます、と丁寧に手を合わせ、スプーンでクラムチャウダーを掬う。少し息を吹きかけ口に運ぶと、ふわりと温かく優しい風味が広がった。
「美味しいな」
溜息と共に感想を述べたオルシュファンに、彼女が照れ臭そうに笑う。対面に腰を下ろし、頬杖をついた彼女が嬉しそうに頬を緩めた。
「まだいっぱいあるからね」
おかわり欲しかったら言ってね、と添えた彼女に彼が吹き出す。不思議そうに首を傾げた彼女にいや、と彼は頬を緩め口を開く。その格好といい、この掛け合いといい、
「まるで夫婦みたいだと、思ってな」
真っ直ぐこちらを見つめてきた彼が視界に捉えたのは、真っ赤に頬を染めた彼女だった。