麵麭 意気揚々とトングとトレーに手を伸ばしたヴィエラが嬉しそうに店内を見渡す。グリダニアの一角、こぢんまりとしたベーカリーへ彼女に続いてルガディンは身を屈め入った。店内中を占める香ばしい匂いを、彼女は深呼吸をして胸一杯に吸い込んだ。
「あー……いい香り……」
うっとりと微笑んだ彼女の視線が所狭しと並べられたパンに移る。忙しない彼女から店内に彼が視線を向けると、硝子越しに厨房が見えた。小柄なララフェルがちょこまかと動き回り、パンの生地を捏ねたり焼き上がりを確認している。その身体でこれだけの量を、と感心していると彼女に服の裾を引っ張られた。ねぇねぇ、と並んだパンを凝視しながら彼女が小声で尋ねてくる。
「チョコとマーマレード、どっちが好き?」
限局された質問だなと苦笑しながら彼女の視線を辿る。ふかふかとしたチョコパンとマーマレードを包んだパンが並んでいた。
「このマーマレード、リムロミのオレンジを使ってるんだって。気にならない?」
「それは気になるが、買うならチョコだな」
柑橘類のアルベド特有の渋みや苦味を思い出しながらそう答えると、そっか、と呟きながらひょいひょいと両方トレーに運んでいく。質問の意味を問いたくなりながら、柔らかなパンが載ったトレーに手を伸ばした。
「持とう」
お節介だと言われるかもしれないが、つい手が出てしまう。言い訳のように大量に買うだろうから、と付け足すと彼女は特に気にしてないようで、バレたか、と悪戯っぽく笑われた。
あ、これ好き、と彼女が呟きながらコーンが大量に載せられたパンの前で足を止める。確かにいつも食べてるな、とその隣に並び真剣な表情で彼は並んだパンを見つめる。
「……これとか、」
具が沢山載ってるんじゃないか、と吟味したパンを指差した彼に微かに口角を上げ、じゃあそれにしよっかな、と彼女は腕を伸ばした。
「絶対溢すだろうけど」
ぼそりと囁いた彼にうるさい、と唇を尖らせた彼女に否定はしないんだな、と笑う。
「じゃあこれディンのにして、同じの買うからどっちのが溢すか勝負する?」
「いや俺はこっちのベーコンエピがいい」
彼の間髪入れない返答に彼女は唇を尖らせた。
「折角なら、違う種類の方が分けられていいだろう?」
彼の一言にうぐ、と言葉に詰まり、大人しくベーコンエピの選別に移った彼女に彼が苦笑する。違うのでもいいが、と声をかけた彼に、好きなんでしょ?これにしよーよ、と彼女が笑いかけた。
「食パンは何枚切りが好き?」
丁寧にラッピングされた一斤の食パンを睨みながら、彼女が尋ねてきた。薄切り、と返すと彼女は嘘、と目を見開く。
「厚切りにバター染み染みが美味しいのに……!?」
「口の中の水分が持っていかれるだろう」
「それはいい食パン食べてないからだよ!」
決めた!明日はこれでトーストする!と意気込んで厚切りの食パンに手を伸ばした彼女にトレーを差し出しながら、彼が口を開く。
「でも、連れて行ってもらった喫茶店のトーストとかを食べると、厚切りのトーストの良さもわかる気がする」
でしょう!と嬉しそうに耳を揺らした彼女に店や品質だけの問題ではないと思ったが、口にはしなかった。卵とベーコン焼いて、サラダも作って、デザートにはフルーツヨーグルトでおうちモーニングだ!と明日の朝食のメニューを楽しそうに考えながら店内を歩く彼女の後に続く。
会計前に並べられた焼き菓子コーナーで彼女が歩みを止めるのは自然な流れだし、それを止めたり諌めたりする事もなく彼は見守っていた。森で採れた果実のジャムや木の実、蜂蜜を用いられた素朴な焼き菓子がこれまた可愛らしくラッピングされて並んでいた。自分だと一口で食べてしまいそうだ、と思いながら彼女に視線を移す。カロリーだのを考慮しているのか、真剣な表情の彼女がトングをカチカチと鳴らし考え込んでいた。
「これとこれと……これか?」
何点か指差して確認してみると数回目を瞬かせた彼女が不思議そうにこちらを見上げてくる。なんで?と呟いた彼女に図星かと口角を上げ、ピックアップした商品を眺める。なるほどバターやナッツ類で確かにサイズに比べ摂取カロリーは多そうだ。しかしその3点まで絞ったものの、全部美味しそうで悩むといったところか。
「全部買えばいいだろう」
2人で分ければそんなに腹具合も気にしなくていい。そう言いながらトレーの上に焼き菓子を摘み上げていった。それはそうだけど、と耳を垂らした彼女に厨房を示して続ける。
「それに、今まさに焼き立てが出てくるぞ」
先程厨房で焼き上げられていたマドレーヌが
香ばしい匂いと熱気と共に並べられる。うぁあ、と悶えた彼女が焼きたてのマドレーヌをトレーに載せるのを待ち、レジへと向かった。
レジ横で店主こだわりのコーヒーのテイクアウトあります!と書かれたポップが貼られていた。会計時、それに気付いた彼女が2人分追加で注文するのを彼は袋に詰められたパンを受け取りながら微笑ましく眺めていた。
「知ってたの?」
「何がだ」
両手で大事そうにコーヒーが入った容器を持った彼女がこれ、と容器を少し掲げる。あぁ、と納得したように彼が頷くと、いつの間に、と彼女は目を瞬かせた。
「店内に幾つかお手製のポップがあっただろう?」
「気付かなかった……」
だろうな、と彼女の返答に彼は楽しそうに口角を上げる。
「パンに夢中のご様子だったからな」
彼の軽口に頬を膨らませた彼女から視線を上げると、どんぐり遊園が目に入った。その片隅に設置されたベンチを指差し、彼が休憩を促す。
「丁度焼き立てのマドレーヌも堪能できるだろうし」
大量のパンを抱えた彼がベンチに近付き、その座面を軽く手で擦った。軽くはたいた手でベンチを示した彼にありがと、と声をかけて彼女は腰を下ろす。隣に彼が腰を下ろしたのを確認して、コーヒーを一口含んだ。口内に広がる香りと風味に頬を緩めた彼女が飲みやすいよ、と彼に伝える。外観に似合わず既にミルクと砂糖を加えてもらっているコーヒーを飲んでいた彼が笑って頷いた。冷めない内に、とマドレーヌを差し出してきた彼にねぇ、と声をかける。
「酸味とか苦味控えめで美味しいよ、ここの」
差し出してきた彼女の分を受け取り、恐る恐るとでも表現したくなるように一口味見をした彼は確かに、と口角を上げた。もう一口飲んでもいいよ、とマドレーヌの包装を解きつつ、彼女が呟く。お言葉に甘えて、ともう一口を堪能する彼の横で、彼女がんん!と声を上げた。
「美味いか?」
「うん!」
その表情から味を確認した彼に彼女は更に頬を緩め、何度もこくこくと頷く。半分に割ったマドレーヌを差し出してきた彼女に頬を緩めながら、入れ替わりになるよう彼女のコーヒーを差し出した。
「……うん、美味いな」
これなら砂糖も何もいらなかったな、と呟いた彼に彼女は笑いかける。
「また食べに行こうよ」
一緒に。