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    maeno_reia

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    maeno_reia

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    椎名林檎さんの 本能 という曲をイメージしてかかせて頂いた燐ひめ、です (; ꜆・-・꜀;)
    ※燐ひめ
    ※ぬるいR18(直接的な描写はないけどそれを匂わす表現があるので)
    ※モブが絡む/暗め

    偽物の本懐「約束」なんか信用ならない。そんなことより今は、目の前で揺れる緋色に縋って、繋がっていたい。繋がっている時しか信用できない。快相手が“俺”のことだけを見ている時間。HiMERUでも、誰でもない俺。それでも誰かに必要とされないと、誰かのモノになって居ないと……壊れてしまいそうになる。“本物”は未だ目覚めない。俺もきっと、あの日からずっと眠ったままだ。
    朝が来れば、目の前で俺に覆い被さる緋色の男……天城燐音と俺は、ただの仕事仲間に戻る。それでも今だけはこの男に必要とされて、気持ちいいことだけを考えて……何でもない“俺”を支配してくれるのなら。いつまでも夜でいい、暗闇の中でいい。朝なんて来なければいいのに。

    恋人に約束を破られた。それは別によくあることだし、仕方がないと思っている。だからと言って許せるかと言われればそうではないのだが、それでも許すしかなかった。仕事が忙しいとか、体調が悪いとか、そういう理由だったらまだ良かったのだけれど。
    何者でもない“俺”が、唯一誰かのモノという“何か”になれる時間。弟が……本物のHiMERUがいつまでも目覚めず、焦りと不安は日々増していく。しかし弟が目覚めれば、自分は、“俺”はどうなる?自ら影になることを、演じることを買ってでたのに。最愛の弟が目覚めることを何よりも望んでいるはずなのに。あまりに我儘な自分の気持ちに馬鹿みたいだと笑ってしまう。
    待ち合わせの場所で、時間が過ぎてもずっと待っていた。
    いつ来るかもわからない相手をただひたすら待つ。スマホを見て、また見てを繰り返す。時計を見る度に溜息ばかり出る。このまま来なかったらどうしようなんて考える暇もないくらい、心の中はぐちゃぐちゃだった。
    結局その日、彼は現れなかった。怒りを通り越して、笑いが込み上げてくる。持っていたスマホを激情に任せて床に叩きつけた。今度は涙が込み上げてくる。忙しい感情だ。HiMERUを演じるために、感情なんて必要ないのに。言葉だってそうだ。言葉を交わさなければ約束をすることも、破られることもない。
    言葉を操る生き物は人間だけ。言葉が生まれたのは人間が寂しがりだから、なんて話を聴いたことがある。嘘をつけ!言葉があるから、こんなに寂しくて惨めな思いをするんじゃないか。
    床に叩きつけたスマホには見事にヒビが入ってしまっている。これじゃ電源がつくかも怪しい。ぐちゃぐちゃになった感情のまま落ちたスマホを拾おうとしゃがみこむと、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。

    「あれェ、メルメルじゃん。こんな所でしゃがみこんでどーしたの?うわ、スマホ、バキバキに壊れてんじゃん!きゃはは!」

    顔を上げると見知った男がこちらを見下ろしていた。

    「天城……」

    なんでここにいるんだろう。偶然会えるような場所じゃないはずだ。それに、どうして今なんだ。この男はいつもそうだ。タイミングが悪いと言うか、間が悪いというか……。本当に最悪だ。

    「……」
    「なァんだよ、無視?」
    「……なんでもありません」
    「ふぅん、スマホバキバキにしといてさァ。まァいいけど。あ、そう言えばさっきそこでニキに会ったぜェ?なんかまーたお腹空いて死にそう〜とか言ってさァ、」

    最後まで聴きたくなかった。今の自分の惨めな姿の前で楽しそうに他の人の話をされることに耐えられなくて、言葉を遮った。

    「そうですか。そうですよね、あんたにはいるからな、そういう存在がたくさん」

    自分でも驚くほど冷たい声が出た。

    「あー、わかっちゃった。いつも気にしてる、カレシ? 喧嘩しちゃったの?まァた放ったらかしにされたとか?」

    図星をつかれて言葉が出てこなかった。天城はそんな俺の様子を見るとニヤリと笑って言った。
    「そっか、それでこんな所にいたのかよ。可哀想になァ」
    ムカつく。人の不幸を楽しんでるような、小馬鹿にした態度。普段ならスルーできるはずのことが、今日は我慢できなかった。(そもそも普段から俺がそう思い込んでいるだけで、天城に悪気は一切ないのかもしれない)
    「黙れ、うるさい……っ!」
    「へ〜、怒ってる」
    「お前に……関係ないだろう……っ!!」
    俺の言葉を聞いて一瞬驚いた表情を見せたあと、また口元を歪ませて笑みを浮かべた。そして、こう言い放つ。
    「関係あるって言ったらどうすンの?あんただって大事なメンバーだ。 口出しするのも野暮かもしれねェけど、恋愛にのめり込んで活動や心身に支障が出るのは心配っしょ?今日だけでいーよ。俺っちが慰めてあげようか? 優しく、大事にしてやるからさァ。なぁ、メルメル。もう正直限界なんだろ?すげェ顔してる」
    何を言っているんだこいつは。ふざけている。そう思う反面、心のどこかで甘えたいと思っている自分がいた。
    天城の言う通り、俺はもう限界だったのだ。差し出された手が、救いの手にすら見える。そして俺はそのまま天城の手をとって……冒頭に至るわけである。

    ――

    どんなに願っても、朝は平等にやってくる。救済の夜は終わり、また孤独とどうしようもない不安が照りつけるような朝日がカーテンの隙間から差し込んで、隠れるように布団で身体を覆った。

    「うわ眩し、もう朝じゃん。メルメル、動ける?」
    「ええ。眩しいのは苦手なので……カーテン、ちゃんと閉めてください」
    「はーいはい、お姫サマ。身体は?大丈夫?」
    「……大丈夫ですから」

    恋人でもないのに、身体を心配するような台詞を吐かないでくれ。傷ついた心に、これ以上優しい言葉をかけないで。重い体を起こしてベッドから抜け出すと、テーブルの上に置いてあったスマホを手に取る。昨日壊れてしまったそれはもう電源さえつかなくなっており、あの後相手から謝罪や弁明のメッセージが来たかどうかすらわからない。朝が来ればもうどうでもいいのだ。

    「あ、そうだ。これあげる」
    燐音が投げてきたものを慌ててキャッチすると、「鍵だよ」と言った。

    「は?ど、どういうこと」
    「それ、俺んちの鍵。合鍵。無くさないように持ってて。もしまた寂しくて辛くなったらおいで。いつでも来ていーからさァ」

    意味がわからず混乱していると、燐音は更に続けた。

    「まァ、別に寂しくなくても遊びに来てくれたらいーんだけど。ほら、俺っちたち仲良しなユニットメンバー、だしィ?」
    「な……なにを言ってるんですか……?」
    「別にィ?じゃあそういうことで。早く準備して出よーぜ。俺っちはもう行くからさ、じゃーね♪」
    「ちょっと、天城……!」

    鍵を押しつけ勝手に話を進めて燐音はさっさと部屋を後にしてしまった。ここで身体だけの割り切った関係になろう、とはっきり言って来ないところが、ずるいと思った。あくまで俺に選ばせるということなのだろう。
    スマホを修理にださないとな……と思い出しながら、HiMERUも自宅へ向かって歩き出した。

    ――

    「なぁ、どこいってたわけ?恋人からの連絡に返信ひとつも返さないで朝帰りなんてさあ」

    ベッドの上で、乱暴に髪を掴まれる。HiMERUは自宅へ戻る際、家の前で張っていた恋人に見つかり昨日の行動に関して問いただされていた。
    (何を身勝手な……自分でした約束を忘れて、俺を放ったらかしにしたくせに)

    「……痛い……」
    「で?誰と会ってたんだよ」
    「関係ないだろ……っ! そもそも、あんたが……!約束を放ったらかして……!」
    「なに?ごめんって送ったじゃん。お前だって無視した。浮気でもしたわけ?俺にはHiMERU、お前しかいないのに」

    恋人の声は、不安そうに震えていた。どれだけ勝手で屑だとわかっていても、お前しかいないという言葉に抗えない自分に呆れる。“俺”に存在理由を与えられると、思考力が奪われ従ってしまう。人間はいつの時代も寂しさからこうやってお互い傷ついた心を舐め合って……その傷元こそが言葉の、命の根源ということなのだろう。馬鹿みたいだ。

    「なあ、俺のこと好きだよな?愛してんなら言えるだろ?言ってくれよ、HiMERU」

    きっと一生敵わない。俺の心を支配する言葉の奴隷になるしか、道はないのかもしれない。

    「あいしてる」

    俺の口からこぼれ落ちた言葉を聞くと、恋人は満足そうに微笑んでキスをした。ああ、最低だ。本当に最低な気分なのに、心も身体も満たされていく。こんな気持ちにさせた責任を取ってほしい。(いや、そもそもこの感情自体が俺の生み出した幻かもしれない)

    「俺も、愛してるよ……HiMERU」

    今更、気まぐれに言葉だけが欲しいんじゃない。ただ、俺の存在意義を示して欲しいだけ。

    「なら、このまま抱いてください。俺を、あなたのものにして」

    HiMERUのその言葉を聞くや否や、そのまま乱暴に組み敷かれて、行為が始まる。それでも終始目が合わないこの行為にまた寂しくなり、いつも通り乱暴に身体を揺さぶられながら、HiMERUは先程まで時を共にしていた燐音のことをずっと思い浮かべていた。

    ――

    背中を向けて眠る恋人。その姿を見つめて溜息をつく。結局こいつは行為が終わる最後まで“俺”を見てくれることなんてなかった。愛してる、なんて言いながら目を見てくれない。俺の身体だけしか見てないことなんて、わかっている。長いこと時間を共にしているから、不器用な男だということも分かっている。それでも愛してるの言葉を信じて、相手とって“俺”がかけがえのない存在になれることを、存在意義を示してくれると信じて、身体を捧げ続ける。当たりの入っていないくじを永遠に引き続けているようだ。いつかは当たりを引いて、救われると信じて。自分の本能に忠実に、救いを求めたっていいだろう。どうせ最後に死ぬときはみんな、独りなのだから。

    ――

    結構心は満たされないまま、週明けを迎えた。休みを無駄にしたと気分が晴れず後悔の気持ちのまま仕事先に向かう。
    今日は有名雑誌の撮影で、スタジオに来ていた。HiMERUに名指しでオファーが来た、大事な撮影だ。HiMERUのためにも、Crazy:B の今後のためにも、完璧にこなさなければ。曇ったままの気持ちを心の底に押し殺して、作り上げた“HiMERU”の完璧な笑顔を貼り付ける。仕事に戻れば“俺”の意志は必要ない。“HiMERU”は完璧なアイドルでなければいけないのだから。

    ――

    「HiMERUくん、お疲れ様!いやぁ、今日は長丁場になってしまったけど、いい写真が撮れたよ。また是非、お願いしたいな」
    「ありがとうございます。こちらこそお声かけ頂けて嬉しかったです。とても勉強になりました」
    カメラマンから声をかけられ、握手を交わす。
    今回の撮影は中々に難しく、何度も撮り直しをしてようやく納得がいくものが出来上がる頃には日が傾き、辺りは暗くなり始めていた。
    先程のカメラマンはいい写真が取れた、また頼みたいと言ってくれていたが、長丁場になってしまったのは実際HiMERUが最大限に力を引き出せていなかったのが原因だということくらい、言われなくても痛いほど分かっていた。焦りが募る。こんな馬鹿げた自我は早く殺さなければ……“HiMERU”に、戻れなくなる。不安と焦りで身体に嫌な汗が伝い、吐き気がする。“HiMERU”のこんな姿を誰にも見せる訳にはいかず、苦しさを吐き出したくてトイレの個室に隠れて鍵を閉めた。全部あいつのせいだ。俺を放ったらかして、傷つけて……望むものをくれない、あいつのせいだ。
    (恋愛にのめり込んで活動や心身に支障が出るのは心配っしょ?)
    先日の燐音の言葉が何度も頭をよぎる。ポーチの中に入れっぱなしだった、燐音の家の合鍵。
    (いつでも来ていーからさァ)
    そうだ。俺を傷つける約束は、天城との間には要らないのだ。本能で助けを求めるように、衝動に任せて、HiMERUは燐音の自宅へ向かっていた。

    ――

    辺りはもう暗くなり、月が登っている。暗闇で美しく光る月を見上げると、今の自分の愚かさが際立って見えて辛かった。全て自業自得なのに。月から目を背け、仕事前に新しく調達したスマホを取り出すと、メッセージアプリを開き天城燐音の連絡先を押した。「仕事、終わっていますか?今から家へ行きたい」簡単に文章を作成し送信する。燐音からの返信は早かった。直ぐに既読の文字が付き、「おいで」と返ってきた。大通りに出ると、また美しい月が顔を出す。時間の割に人気も少なく、月が隠れるような大きな木もないので、HiMERUは月の光に晒されながら自虐心や劣等感を押し殺し、ひたすら歩き続けた。

    ――

    ガチャ、と鍵穴に合鍵を差し込む。鍵を持っているのだからアポ無しでも構わないかと思ったが、「おいで」という安堵できる言葉が今は欲しくて、わざわざ連絡してしまった。ドアノブを引いて扉を開けると、玄関には見慣れた緋色の髪の男が座っていた。

    「お、来た。いらっしゃい、メルメル」
    「天城…… ここで待っていたのですか?」
    「そうだよ。メルメルがわざわざ来るって言うからさァ。まァた寂しい思いをしたんだろ?俺っちがすぐに慰めてやらねェと思ってさ」

    そう言って燐音はほら、と腕を広げた。自分たちは恋人同士じゃない。ましてや俺には、他に恋人が…… いや、ここにいる時点でもうそんなこと関係ないか。埋まらない心の冷たい溝を埋めて欲しくて。“俺”を見て、支配して欲しくて。“俺”の存在意義や理由というより、結局は愛されたいのかもしれない。いずれ覚めるものだとしても、ひと時の夢を見るために、ここに来たのだから。

    「なァに突っ立ってンの、ほら」

    燐音が1歩踏み出し、もう一度両腕を広げる。ひと時の夢を見たいHiMERUは、罪悪感という気持ちを全て放り出して燐音の腕の中に身体を預けた。そのまま強く抱き締められ、HiMERUも燐音の背中に手を回す。
    このままでは、殺して無理やり土に埋めていたはずの気持ちが息を吹き返してしまう。いや、そんなことはなから分かっていただろう。分かっていて、来たのだろう。これは夢だ。一晩で覚める、甘い夢。――

    「天城、おねがい」

    その言葉を合図にどちらともなく唇を重ねた。舌を絡ませ、お互いの唾液を交換するような、激しい口付け。酸素が足りなくなって、思考が鈍くなる。全部どうでもいい。もっと、“俺”を見て。必要として。キスをする直前も、長いキスを終えても、燐音はHiMERUの瞳から視線を離さなかった。優しいのに鋭い視線に貫かれ、身体の奥底で燻っていた期待と欲望が燃え上がり、理性を焼き切る。その目線が好きなんだ。この男に抱かれたい。支配されたい。ただそれだけしか考えられなくなっている。

    「ベッド行こっか」

    燐音に促されるまま、寝室に向かう。電気は消したままで、月明かりだけが2人を照らしている。
    燐音はHiMERUをベッドに優しく沈め、何も言わずに隣で同じように寝転ぶと、頬に手を当てて親指で優しく撫でてきた。HiMERUはその手を取って、指先に軽く口付ける。そして、甘えるように燐音の胸に顔を擦り寄せた。

    「恋人みたいじゃんね、俺っちたち」
    「……そうですね。すみません、HiMERUは……少し疲れてしまったのです。今日だけは、許してください」
    「今日だけと言わずにさァ、いつでも来りゃァ良いっしょ?……ま、メルメルが本気で俺っちを選んでくれれば、寂しくて泣くことも無くなると思うんだけどなァ」
    「…………泣いていません」
    「冗談だって。ほら、拗ねんなよ」

    まただ。冗談だとはぐらかしながらも、俺に他に恋人がいることが分かっていて……寂しい思いをして、満たされない気持ちでいることを分かっていて、そういうことを言ってくる。あくまで俺に選択させようとする。ずるい男だ。
    燐音はHiMERUの髪をかき分けて額にキスを落とした。まるで本物の恋人のように、優しく大切に扱われることに胸が高鳴った。
    暗闇に完全に目が慣れて、互いの表情がよく見えるようになってきた。燐音は鋭い視線を逸らさないまま、HiMERUに覆いかぶさった。

    「目ェ、閉じて」
    言われるままに目を瞑ると、口に柔らかいものが触れた。HiMERUのそれを食むようにして、何度も角度を変えて啄まれる。
    やがて満足したのか、HiMERUの下唇を食みながらゆっくりと離れていった。

    「かわいそうなメルメル、俺っちが、可愛がったげる」

    燐音がそう言って笑うと、月明かりが反射してターコイズブルーの瞳が輝いた。暗闇の中でも分かるくらい、妖艶に輝く青い瞳。射抜かれたら、もう駄目だった。“俺”の心も身体も、全部捧げてしまおう。この人に支配されたい。全てを奪って欲しい。心の底からそう思った。例え夢でも、一時の幻でもいい。愛されてるフリをして、嘘の愛で包んで、全て奪って、壊して欲しかった。俺のこの醜い衝動を、一心不乱に突き動かして。

    「おねがい。俺を、めちゃくちゃにしてください。夢を見させて。俺のこと、愛して」
    「……夢ねェ。いいぜ。どうしようもないくらいめちゃくちゃに、愛してやるから。だからさァ、」

    お前も、俺を愛して。

    耳元で囁かれる言葉に、心臓が跳ねる。その声色は低く掠れていて、熱を帯びていた。今だけは、貴方だけの俺になりたい。

    「はい……あいしています、燐音」

    あぁ、最低だ。月明かりだけが差し込む窓辺に目をやり、これが何度目だったか、朝が来なければいいのに、とまた身勝手なことを考えて……今宵は天城燐音に身体も心も尊厳も、何もかも全てを明け渡した。

    ――

    朝は平等にやってくるし、夢はいずれ覚めるもの。分かっていたはずなのに、虚しくなってしまう心に舌打ちををした。この感情を、どこに捨てればいいのだろう。この気持ちをどこに埋めよう。自業自得。いっそ忘れてしまいたいと願っても、決して消えることは無いのに。昨晩は散々求め合って、お互いの身体を貪るようにして愛し合った。全てが終わって目が覚めたとき、燐音はこちらを向いて、HiMERUを抱き締めたまま眠っていた。恋人と迎える朝とは違う、温かくて優しい体温を感じられて思わず感情が溢れだしそうになったが、必死に堪えてベッドからそっと抜け出す。スマホを見ると、恋人からのメッセージが大量に届いていた。また髪を掴まれたり、問い詰められたりするんだろうな。そしてまた、自身の不安をぶつけるように俺を抱いて……面倒になって、今はこの後のことを考えることは辞めた。自分のことしか考えていないのは、俺も同じだ。恋人と離れて、燐音を選べばきっと今よりずっと満たされる。それでもこれ以上深い関係になって、自分の我儘でこの男を縛り付けたくはないと思った。俺は、この男を利用しているだけなのだ。
    眠っている燐音の頬を撫でて、小さく「ごめんなさい」と呟いて寝室を出た。起きてくる前にここを去ろう。寝室を1人後にするHiMERUを、起きていた燐音が見つめていたことには最後まで気づかなかった。

    ――

    あれから何度も、こんなことを繰り返した。寂しがりな自分の心を人間の本能や衝動のせいにして。恋人との関係は相変わらず続いていた。自分と同じ、寂しがりで我儘で不器用だけれど、俺を期待させるのが上手いのだ。期待させられてはまた寂しい思いをさせられて、その度に天城に抱かれて、罪悪感や劣等感に苛まれながらも身体と心は満たされて……そんな自分が嫌で、それでもまた繰り返す。

    定期的に弟の様子を伺いに、病院を訪れていた。純粋な心をもつ弟、本物のHiMERUの元を荒んだ心の自分が訪ねるのは気が引けたが、どうしても顔を見たかった。病室の扉を開けて、眠る弟の前に座る。手元のスマホで何度も通知が光ったが、見ないふりをして鞄にしまった。放っておいてくれ。日も落ちて、もうすぐ面会の時間も終わってしまうのだから。眠る弟に、活動の近況や出来事について語りかける。これが正しいことなのかは分からないけれど、そうすることで自分自身を保っていた。業界や“俺”の汚れた部分は一切隠して、綺麗なことだけを話した。返事が返ってくることは無くても、弟に少しでも希望を与えたくて。今日も淡々と、世間話と近況の報告をする。メッセージ通知が光っていただけのスマホが、着信に変わったようでさっきから何度も震えている。ちらりと画面を見てみると、表示されているのは予想通り恋人の名前だった。

    「何なんだよ…!さっきから…!」

    弟の前で声を荒らげ舌打ちまでしてしまい、はっとする。

    「あ……!ごめん、要。なんでもないんだ、大きい声を出してごめんな」

    咄嗟に立ち上がり、謝罪を口にした。相変わらず弟…要から返事が返ってくることはなかったが、こんな姿を見せてしまったことに対する自己嫌悪と、苛立ちが高まっていく。
    (どうして邪魔するんだよ!いつも、いつも…!)
    何が恋人だ。俺を傷つけて、HiMERUの邪魔ばかりして…!責任転嫁も甚だしいことは分かっているのに、心の奥底から湧き上がるこの気持ちを抑えられそうになかった。それでもなお着信に震え続けるスマホをみて、自分の中で何かがぷつりと切れる音がした。

    「…うるさい、うるさいんだよ!」

    声を荒らげて着信に震えるスマホを叩きつけようと、振りかぶった。その視界に、眠る弟の姿が目に入って… 項垂れたように腕を下ろした。息が上がって、呼吸が苦しくなってくる。
    あれ、“俺”って何?何がしたいんだっけ。何を求めていたんだっけ…。

    「要…… 」

    今日はもう、帰ろう。要にこれ以上こんな姿を見せたくない。

    「要、今日はちょっと調子が悪いみたいだ…心配かけて、ごめん。そろそろ時間だし今日はもう帰るよ。また来る」

    眠っている弟にそう告げて、足早に病室を出た。

    ――
    面会の時間は終わり病院内に人影は少なくなっているとは言え、誰にも姿を見られたくなくて裏口へ向かっていた。恋人…いや、そんな関係もう終わりだ。着信拒否のボタンを押して外へでた。
    ごみ捨て場が隣接しているこの出口はほとんど人が通ることはない。壁にもたれ掛かり、HiMERUは無意識に燐音の連絡先を押していた。

    「…もしもし」
    「メルメル、どーした?」
    「会いたい」
    「突然だなァ、早く言ってくれって言いてェとこだけど…会うために約束すんの苦手だもんな、メルメル」
    「守れない約束が嫌いなだけ…なのです」
    「俺っちが約束破ったことあったっけ?わかったわかった。今どこよ?」
    「位置情報…送ります。来て」
    「はいはい、お姫サマ。いい子に待ってろよ」

    電話を切ると身体の力が抜けて、その場に座り込んだ。すごい我儘を言ったのに結局来てくれるようで、安心感と申し訳なさで大きな溜息をついた。

    「〜♪ … 」

    誰も居ないのをいいことに、か細い声でCrazy:Bの持ち歌を口ずさむ。一体どこで何を間違えてしまったのか。
    スマホから軽快な効果音がなり、メッセージが届いたのだと気づく。
    (天城…?送った位置情報、分かりづらかったか?)
    メッセージを開いた先には、燐音の名前はなく、ただ「無視するな、早く帰ってきて」の文章。怒りが最高潮に達してしまい、頭に血が上るのを感じた。目の前が真っ赤になったような気がした。どこまで俺を追い詰めて、邪魔すれば気が済むんだよ!そんなに寂しいなら…どうして俺の気持ちを無視し続けたんだよ。

    「ふざけるなっ、ふざけるな!」

    せっかく新調したスマホをまた、ごみ捨て場の方へ激情に任せて叩き付けた。投げつけたスマホは処分されて置いてあった窓か扉か…大きな硝子に直撃してパリン!と音を立てた。
    はぁはぁと息を荒らげて近づくと、完全に壊れていなかったスマホの画面にはまたメッセージを受信したという通知が浮かんでいた。

    「…!!ふざけるな…お前のせいだ!お前の!俺の気持ちなんか考えなかった癖に!期待させて!要の前でまで!もう、HiMERUの邪魔するなよぉおお!うわぁぁぁ」

    理性なんてとうに焼き切れていて、HiMERUは子供のように泣きながら硝子を蹴り倒し、踏み付けた。泣き疲れたのか身体が限界だったのか、精神的に限界だったのか、いつしか目の前が暗くなって…そこからどうしたのか、覚えていない。

    ――
    夢を見ていた。たくさんの観客に囲まれて、望まれて、“HiMERU”が歌っている。“俺”は客席でそれを見ていて… 隣で誰かが優しく手を繋いでくれている。暖かくて大きな手で、手を繋いで頭を撫でてくれている。顔を見ようと、覗き込んだところで… はっと目が覚めた。真っ白な天井、繋がれた点滴。直ぐに病室だとわかった。こうなる前の、思い出したくもない記憶が蘇ってきて、溜息をついた。ふと右腕の方を見ると、あの時我儘で呼び出した男がHiMERUの手を握って、うたた寝をしていた。

    「天城…?」
    「んぁ…メルメル、起きた?おはよ」
    「あ…おはようございます…」
    「てか、大丈夫かよ?心配したんだぜ、指定場所が病院でさァ、着いたらメルメル運び込まれてンだもん。話は医者に何となく聴いたけどさァ、言ったっしょ?いい子で待ってろって」
    「……すみません」
    「……ま、無事でよかったよ。あんまり無茶すンなよ」
    「……」
    「メルメル?」
    「天城…その…ごめんなさい」
    「え?」

    繋がれた点滴なんて気にしないまま、燐音の腕を強く引いてベッドになだれ込ませた。

    「おいおい、メルメル… 熱烈なのは嬉しいけどさァ、安静にしてなきゃだめっしょ?」
    「HiMERUは…大丈夫です。寂しい心を、埋めてくれるのでしょう?」

    HiMERUはそのまま燐音に跨り、首筋や胸元を撫でていく。

    「大胆だねェ。病室だぜ、ここ。誰か来たらどーすんの?」
    「嫌ですか?」
    「嫌じゃねェよ。じゃあこれだけ。キスだけね。帰ったら嫌だっつってもめちゃくちゃにしてやるからさァ、覚悟しといて。本気で、俺のものにするから」
    「素敵」

    燐音の言葉を聴き終わるとHiMERUはそう一言呟き、直ぐに唇を重ね合わせた。繋がれない代わりに、身体を艶めかしく撫でて、お互いの舌を絡ませた。

    唇を離し、HiMERUは期待に染まった金色の瞳で、燐音をじっと見つめた。


    「その目。そうやって本能に忠実なとこ、大好きだよ。メルメル」
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