この手ひとつで燐音が機材の事故に巻き込まれて怪我をした。
HiMERUに事務所から送られてきたのは、たったそれだけの文章。別現場にいたHiMERUには状況が理解出来ておらず、搬送先の病院もわからなければ燐音とも連絡が取れないため、何も見えない不安の中、ただ恋人の無事を祈ることしかできなかった。
――
「あ、メルメル。お見舞い、来てくれたンだ?」
「天城…それ」
「あァ、これ。車椅子と、松葉杖?随分酷くやっちまってさァ。立つこともままならねェし、しばらくはこれよ」
「……」
「ンな顔すんなって、大したことじゃねェよ。ま、命に別状はねェし、ゆっくり治すっしょ」
「……そ、うですか」
無事…では無いが、生きていた、という安堵と目の前にいる恋人の… 痛々しくギブスと包帯を巻き、ステージ上で激しく踊っていた数日前とは変わり果ててしまった姿に、HiMERUはこれ以上の言葉が出なかった。
「メルメルのそんな顔初めて見た」
「…あなたが、心配させるから」
「悪かったよ。すぐ退院できっから。しばらく活動は休まねェとだけど、お世話しにきてくれる?ダーリン」
「なんですか、それ…。しかも弟ではなくHiMERUに頼むのですね」
「当たり前っしょ?メルメル以外に、誰に頼むっての?」
そう言って、燐音はHiMERUの頬に手を伸ばす。いつもならば自然と近づいていた唇も、病室のベッドに横たわる燐音からは少し遠く感じて、HiMERUから唇をぐっと近づけた。ちゅ、と軽く口付けて、顔を離した。
「きゃはは、今日もかわいーね。メルメル。俺っちはすぐ退院すっけど、活動にはすぐ復帰できねェ。しばらくはあんたがCrazy:Bのリーダーだ。よろしく頼んだぜ」
軽口を叩きながらも、HiMERUを信じて大切な役割を託してくれることが嬉しくもあり、燐音の居ないCrazy:Bという現実を叩きつけられた気がして、少し寂しかった。
――
「お邪魔します」
「いらっしゃい、メルメル〜♪」
扉を開けた先にいた燐音は、大きな松葉杖を抱えていた。HiMERUは燐音に肩を貸して身体を支え、リビングまで2人で歩いて行く。
「あなた、本当に…介助者もいないのに本当に退院したのですか…」
「メルメルがいるもん、お世話しに来てくれるンだろ?」
「HiMERUが来れないときはどうするのですか、まったく……」
「じゃァここに泊まってよ。ここから仕事行って、ここに帰ってきて」
「無茶言わないでください」
「ほんとに無茶?」
そう言って、燐音はHiMERUの顔を覗き込む。
「…明日、荷物を持ってきます」
「きゃはは、そうこなくっちゃ♪それでさ、毎日メルメルに行ってらっしゃいってして、帰ってきたら今日の仕事のこと教えてよ」
ぎゅ、とHiMERUを抱きしめながら甘えたように燐音が言う。恋人との同棲生活のようで夢みたいな話に聴こえるが、それを受け入れることはHiMERUにとって燐音の居ないCrazy:Bを受け入れることと同じで、HiMERUは「そうですね」と返し、それ以上言葉を返すことができなかった。
――
「今日は、少し外にでも行きますか?」
「お、いいね。連れてってくれる?」
燐音が療養のため活動を休止してから1週間。HiMERUは燐音の自宅に留まり、仕事から帰ると未だ不自由な彼の世話をしていた。
HiMERUは車椅子を押しながら、マンションの廊下を進む。外は気持ちよく晴れていて、雲一つない青空だった。
「気持ち良い天気ですね」
「そうだなァ、今日で1週間くらいか?なァんか、メルメルがいねェのにずっと家にいるのも退屈になっちまってさ」
他愛もない会話をしながら道を進んでいき、公園にたどり着いたところでHiMERUは「少し休憩しましょう」とベンチに腰掛けた。
「あ〜ァ、パチスロにでも行きてェなァ」
「まったく、あなたは自分の身体を治すことに専念してください」
気持ちのいい空気にすぅーーー、と深呼吸をして燐音が呟いた。
「…この脚じゃまだステージに立つこどころかあんたと、その…そういう事もなかなかできねェし、大事なお姫サマの期待に応えられなくなっちまうかもなァ」
「……天城」
「このままメルメルと一緒にさ、世話になりながら暮らして行くのも幸せかもしんねェけど。それじゃ、ダメだろ。いい加減夢から覚めねェとって」
「言ったでしょう、身体を治すことに専念してくださいと」
「だって。分かってンだけどさ、自分で言い出したことだけどさ、やっぱりメルメルがいねェと生きて行けねェんだなって」
「そんな、大袈裟な」
「本当だよ。俺っちの今の身体も心も、生かすも殺すもメルメル次第ってこと」
どく、と鼓動が早まった。
「弱気にならないでください。あなたに、ステージに戻りたいと… 身体を治して元の生活に戻ろうと言う気持ちがあるのなら、HiMERUはあなたを見捨てたりしませんよ。… Crazy:Bのリーダーは、俺の恋人は… あなただけだから」
「はは、……メルメルのそゆとこ、好き」
燐音はくしゃりと笑い、すぐに真剣な表情に戻る。まだ不安の色が見え隠れしている青い瞳でHiMERUと目を合わせた。
「絶対に戻るから、待ってて」
「当たり前です。……待っていますから」
そしたら改めて、一緒に暮らしましょう。そう言ってHiMERUは燐音の髪を撫でる。ゆっくり顔が近づいて、深く唇が重なった。
数ヶ月、燐音は見事にステージに復帰し、HiMERUとの療養のエピソードが語られたこともありファンを歓喜の渦に巻き込むことになる。