支部に上げたシンくんの話「ルナ、ごめん…やっぱり俺……」
そう言ったシンの表情は困ったような笑顔だった。その中に辛さが滲んでいて、あんな人たちの言うこと気にしない!とか、そんなわけないじゃない!なんて言葉は言えなくなった。
これまでも幾度とこうやって気持ちを零すことはあったけれどここまでの事は無くて、だから、ああ、本気なんだなと実感した。
それから何度か言葉を交わしたが、それも虚しくシンは背を向けて歩き出した。
ルナマリアはその姿をただ見送ることしか出来なかった。
*
コンパスの地道な活動のお陰もあり、段々と戦闘は少なくなっていった。そうして暫く経ったあと、彼らを中心とした他組織の協力もあって戦うことはほとんど無くなり、そうして平和が訪れた。
それはつかの間の平和なのかもしれないが、再び戦いに明け暮れることの無いようにラクスを筆頭にそれぞれがこれまで同様目を光らせながら生活を続けていた。以前よりは慌ただしく動くことは無くなったが、それでも気を張ってはいたが以前程のことでは無い。
状況がだいぶ落ち着いて来て、変わってきた生活にも慣れた頃、状況報告も含めてラクスが一度みんなを自宅に招待して食事でも…そう言ったのでキラはあまり連絡を取れなかった面々にその旨を知らせた。
その時のラクスとの会話を思い返す。
「一度みんなと顔を合わせて食事会?いいんじゃないかな?」
ある日の午後、ひと段落ついて休息をとっていたキラの元へラクスが一つの提案を持ちかけたのが始まりだった。
キラの返事を聞いてラクスはにこりと笑顔を浮かべる。作るならみんなの好みのものを、と語る彼女にアスランは何を好むかとか、彼が来るならカガリも来るよね?彼女はどんな物が好みだろう、そうだルナマリアやシンにも声をかけないと、そんな会話をしたと思う。
「シンはたくさん食べると思うから、ボリュームもある物が良さそうだね」
そう言ったキラにラクスは
「そうですわね!以前一度こちらに来て食事を振舞った時それは美味しそうにたくさん食べていましたから、彼の好きそうな物もたくさん用意しませんと」
取り皿にいっぱい盛った料理を美味しいです!と頬張るシンの様子を思い出したのか、ラクスは穏やかに笑いながら
「そうと決まれば腕によりをかけてたくさん作りますわ!ですからキラもたくさん食べてくださいな!」
そうキラに言うのだった。
「うん、ありがとうラクス」
キラは彼女の最後のセリフに、そんな量食べられるだろうか…と思いながらもそう返す。さてこれから少し慌ただしくなりそうだ。
それぞれの生活が始まった頃からお互い連絡を取り合うことも少なくなり、こうして全員が揃うのもいつぶりのことだろうか。決して短くは無い期間だ。各々の周りの環境も変わっていることだろう。キラはそれぞれの顔を思い浮かべながらフッと口元を緩めた。
*
数日後、連絡を入れたほとんどの人がこうしてキラとラクスの家へ招かれた。
アスランにカガリ、マリューやムウ、アグネスにも声をかけ、ルナマリアも参加する旨の返信をもらった。ハインラインやアーサー、ノイマンなどは予定があり来れないようだが、また別の機会に誘ってほしいと返事があった。
けれど1人だけ、食事会当日になっても何の連絡もない人がいた。
「シンからはまだ何も返信は無いのですか?」
「うん、まだ何も。」
メッセージを送った端末を何度も確認するが、返信はおろか開いた形跡すらないようだ。
それを聞いたラクスも心配そうにしている。
「まあ、ルナマリアが連れてくるんじゃないか?そう心配することも無いだろう」
こちらの様子に気付いたのかアスランがそう言った。
ちょうどその時だ。通知音が鳴り、少しの期待を胸にサッとメッセージ欄を開けばそれはルナマリアからで
「仕事が押していて少し遅れるって」
だから先に始めていてくださいと書かれた言葉をラクスやアスランに伝える。
もしかしたら本当に2人で来るかもしれない
そう思い、食事会はこうして幕を開けた。
会が始まって1時間が経過した頃、来訪を告げる音が鳴り、遅れてきたルナマリアが顔を出した。
料理を追加で作っていたラクスが手を止めて出ようとしたが、キラがそれを制し、自分が行くと告げて部屋を出た。
「いらっしゃい、どうぞこちらへ」
玄関から顔を覗かせた彼女を招き入れたあと、他に誰もいない事を確認すると
「あれ?シンは一緒じゃないの?」
疑問に思っていたことを聞いた。
「シンは多分……いえ、来ないです」
一瞬戸惑ったような顔をしたが、それも直ぐにいつも通りの表情でハッキリと言われ、キラは「そう」と返すしかなかった。
部屋に戻るとルナマリアの姿だけな事に首を傾げるラクスに、シンは来ないことを告げる。
「体調でも悪いのでしょうか?彼が居ないと少し寂しいですわね」
「それにしても連絡くらい寄越すのが普通だろう」
「端末を触れない程なのかもしれないよ」
「それは心配だな…」
ラクスの呟きにアスランや近くにいたカガリもシンを気にかけているようで、そんな会話が続いた。
そういう中、食事会も進み各々固まって雑談を交えながら食事を楽しんでいた。
キラは先程のルナマリアの様子が気にかかり、その姿を探して近くに行くと声をかける。
「ちょっといいかな」
「あ、はい!どうかされました?」
ルナマリアは食べていた手を止めてキラに向き直った。
「あの、うん、シンのことなんだけど…」
彼の名を出したがルナマリアは今度は特に何も反応することなく
「ああ、すみません。シンから食事会の返事届いてないんでしたよね?さっきアスランから聞きました」
せっかく誘ってもらったのに、返信すらしないなんてほんと何やってるんだか…そうぶつぶつ言う彼女に
「あ、いや、それは大丈夫なんだけど…あのねルナマリア、シンとはまだ…」
連絡取れてる?そう聞こうと口を開いた時だった。
「ルナマリア!ちょっと!」
遠くでアグネスが彼女を呼ぶ声が聞こえる。
「聞いてるの?はやく!」
急かすように飛んでくる声にルナマリアは苦笑いを浮かべながら
「すみません隊長…あ、もう隊長じゃなかったですね。呼ばれたので行きます」
そう断りを入れて彼女はアグネスの元へ歩く。
「なに?どうしたっていうのよ…」
アグネスとの関係も色々あったが良好ではあるようで、離れたところで言い合う様子は以前とは少しだけ変わったようだった。
そのあとも結局シンについて聞くことも出来ずにその日は解散となり、その後も幾度と彼と連絡を取ろうとしたがやっぱり何の返答も無く…。
これほどまでにキラからの連絡を無視するのは少しおかしいのでは?との声に、コンパスで共に活動していた頃の彼からは想像がつかず、そういった事をするはずがないと思わせるような具合だったので、アスランとも話してみようとキラは彼に会いに行くことにした。
事前に話は通していたためすんなりとアスランに会うことができ、部屋に入るとテーブルを勧められて席に着く。
コトリと置かれたカップを手に取り、少し喉を潤してから口を開いた。
「この前の食事会のことがあって、あれからシンに連絡を入れてるんだけど音信不通なんだ」
「…そうか。こっちもカガリが気にしていたから色々と調べはしたが、シンに関することは何も掴めてないな」
そう言ったアスランの言葉にキラは少しの間を置いて切り出す。
「前にシンと話したことがあって…」
まだコンパスで活動していて、世界も少しづつ変わり戦況も落ち着き始めた頃だったと思う。
休憩してください!とあまりにも周りが言うものだから1杯だけ飲み物でも、と部屋を出た所にシンがいて
「あ、隊長、あの…」
こちらを見て遠慮がちに言葉を掛けてきた彼に少しの疑問を覚えつつ
「シン?どうしたの?」
と聞いてやれば、何をどう言おうか考えているのか悩んだ様子で何度か口を開いては閉じ、
「…あ、いや、やっぱり大丈夫です!」
「そう…?」
すみません、と足早にその場から離れようとする彼に
「ねえシン、何かあったらちゃんと話して。ね?」
そう言えば、いつもの彼の雰囲気で元気よく「はい!」と答えが返ってきた。
初めは気まずそうでもあり、何か思い詰めたような様子だったが、最後にはいつもの彼が戻っており、深くは突っ込まなかったけれど、やはり気にはなるのでその時に食事に誘ったのだ。
その後は、ラクスの手料理を美味しい美味しいと笑顔で頬張り、その場にルナマリアがいれば、食べ過ぎ!などと窘められていただろうことが想像に難くない。そんな様子にキラもラクスも笑顔を浮かべて。
少しでも話を聞けたらと思っての事だったが、結局踏み込めずに帰してしまった。
「それなら俺もだ」
アスランも一度だけそういった様子のシンを見たことがあるようで。
ちょうど用事がありミレニアムに立ち寄った際に、休息中なのだろうシンがぼんやりと宙を見つめている所に出くわした。
目の前に広がる宇宙を視界に捉えているようで、どこも見ていないような目をしている彼を不審に思い近付けば、気配に気付いたのかハッとしてこちらに向いて
「アスラン…来てたんですか」
そう声を掛けてきた。
いつもなら何かしら噛み付くような態度を取られるが、今回は妙にしおらしく、それが余計に不審を煽る。
「…アスランは、」
そう言っておきながら一向に続きを口にしない彼に、どうかしたか?と聞いてみるが
「…いや。やっぱいいです」
そう言って宇宙に視線を戻された。
「何だ、言いたいことがあるなら言え」
「いいです。なんかめんどくさそうなんで」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。それよりアンタ暇なんですか?こんな所で油売ってていいんです?」
そういつもの調子で煽られはじめ、数回言葉を交わしたあと別れたことを思い出しながら話した。
そういうことがあったんだ、とキラは感想を述べてから
「ちゃんとあの時聞いていれば何か分かったのかな」
と呟く。
「さあな。けどアイツに話す気が無かったなら聞いても同じだっただろ」
「それはそうなんだけど…」
それでも、もしかしたら話そうとしていた内容が今回の音信不通に繋がっているのかもしれないという可能性はゼロではなくて。
「それなら会ってみるか?」
「え?」
「食事会の時、少し様子がおかしかった奴がいるだろ」
その言葉にハッとして
「ルナマリアなら何か知っているかもしれない」
キラは食事会に来た時の彼女の様子を思い返しながら言った。
それならばやることは1つだ。
2人はルナマリアに連絡を取り付けて彼女の元へ向かった。
*
キラから会って話がしたいと申し入れがあり、ルナマリアは軽く息を吐いた。
それに了承したのが数刻前。今は目の前に当のキラと着いてきたであろうアスランの姿があった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ルナマリアはシンと連絡取ってる?」
やっぱりシンのこと聞いてきたか。そう思いながら
「連絡は来てないですし、シンが今どこで何してるかも知りません」
そう答えればアスランに、シンに最後に会ったのはいつかを聞かれ、1年前ですね、そう答えた。
「その時何か話した?」
「それは…」
キラに問われた一言で、ルナマリアは当時のことを思い返す。
『ルナ、ごめん…やっぱり俺……』
困ったような、泣きそうな顔を浮かべながら言ったシン。
「やっぱり俺、ここに居ちゃいけないと思う。だから落ち着いたらミレニアム降りて、どこか遠くに、みんなの目に入らない所に行こうと思って…」
そんな言葉を聞いたルナマリアは、また始まった…そう思った。
シンがこんな風に弱る時は多々あった。
それも平和に向かって進む度に頻度が増している。
その度に話を聞いて止めているのだが、要約すると
コンパスで色々活躍したり平和のために動いたりしていて周りも一定層は支持してくれているしシンが頑張っていることも知っている。応援もしている。けれど一方でまだデュランダルの事が頭にあり、懸念を示す者や中には嫌がって強く当たる者も民間問わず居るのも事実で、そういった声を聞く度に
『平和の象徴であるコンパスに俺なんかが居てもいいのかな…』
そう自信なさげに眉を下げて言うようになったのだ。
自分がいたら平和への話し合いとかに不利になるんじゃないか、キラやラクスやみんなに迷惑かけることもあるんじゃないか、嫌な思いさせることも…。
そう思い詰める彼にルナマリアは何度も
「そんな事思うわけない。少なくとも私は思ってない!それにシンは頑張ってるじゃない」
そう言って励まし落ち込む彼を引き上げてきたのだ。だから今まで持ちこたえてこれたのだろう。
それでも今回はダメなようで
「だから、俺…」
「ねえシン、私も一緒に…」
そう口にすると彼はゆるりと首を横に振りながら
「ルナはダメだ」
そう告げる。
「なんでよ」
「ルナは…居なくなったらみんな心配するだろ?」
だからダメなのだと微笑む彼にモヤモヤとした気持ちが湧き上がる。
「…なによそれ」
まるで自分なら心配されないし大丈夫みたいな言い方…。
けど、そんなことない、って言っても意味無いのよね。こういう時、心配しないなんてあるわけないでしょなんて言っても軽く流されるのがオチで。
「私はシンが居なくなったら心配だけど?」
だから腕を組んでそう言えば、やっぱり彼は困ったように笑いながらありがとうと礼を言う。
「けど、やっぱダメだ。それにルナはここでやらなきゃならない事あるんだろ、だから…」
何としても私を連れて行く気は無いらしい。
はあ、とわざと大きく息を吐きだした。
「分かった。ただ、ほんとに心配だから定期的に連絡は入れてね?」
「…入れられそうなら」
「入れて。絶対。じゃないと話すから」
「わかった、わかったから。だから皆には黙ってて」
こんな事したって何の解決にもならないし、余計に心配かけるだけだってこと今のシンには分からないんだろうな。そんな事を思いながら背を向け歩き出した姿を見送ったのだ。
連絡はすると約束はしたがそれも月に1回ほどで、その連絡も半年もすればピタリと止まった。
だから彼がどこでどうやって生きているのかも分からない。
「…ルナマリア?」
急に沈黙したことに不安を覚えたのかキラがそう聞いてくる。
「話した内容は言えません。けど、一つだけ…」
ルナマリアはゆっくりと瞬きをして強い瞳でキラとアスランを見る。
「あの子を…シンを探してやってください」
それであの子に分からせてやってください
私だけじゃどうにもならないから…。