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    padparadscha725

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    #流三
    stream3

    ファーストキス「センパイ、……キス、したいッス」
     いつも通り二人で居残りして練習を終え、帰り支度をしていた部室で、三井が着替え終わるのを待っていた流川が声をかけてきた。
     三井が流川と付き合いだして1週間。これまでと変わらず部活をして二人で帰るだけの、付き合う前と何ら変わらない日々を送っていた。恋人らしい事といえば、屋上や帰り道で人目を忍んで何度か手を繋いだくらいで、いまいち付き合っている実感がなかった。
     流川はバスケをしている俺が好きなだけで、俺自体を好きなわけじゃないのかもしれないと思えるほど、何の進展もなかった。
     流川の告白を受け入れはしたものの、もしかしたらやっぱり気の迷いだったと言われてしまうかもしれない。それに、出会いが最悪だっただけに彼の初めての恋人が本当に俺でいいのかという不安もあった。
     だから自分からそういった事を仕掛けることはせず、三井は今まで誰ともお付き合いした事のない流川のペースに任せることにしていた。
     遂に次にステップに進むのかと思いながら、ドキリとしたのを悟られないよう、平静を装って3つ隣のロッカーの前にいる流川を見遣った。
    「一応聞くけど、お前キスしたことある?」
     流川がふるふると首を振る。
    「だよな……」
     分かってはいたが、これが流川のファーストキスになるという事実を再確認してまた葛藤が生まれてくる。
     ――ファーストキスが俺なんかでいいのか?
     三井の返事を待つ流川の、期待の籠った視線を浴びながら自分のファーストキスを思い返す。
     三井の初めてのキスの相手は鉄男が付き合っていた年上の女だった。もう顔も名前もよく覚えていない。香水の匂いがきつかったのと、やたら長くてケバい爪だけ記憶に残っている。
     三井をヒサ君と呼び、鉄男がいないとちょっかいをかけてくるクソビッチなヤツで、半ば強引に唇を奪われたし、そのままなし崩し的に筆下ろしもその女で済ませた。
     いつの間にか鉄男とは別れたのか、姿を見ることは無くなったが、三井は特に気にしなかった。
     もしかしたら自分と寝たことが鉄男にばれて別れたのかとも思ったが、気付いていないのかそれとも敢えて気付かぬふりをしていたのか、鉄男が三井を責める事は無かったし、周りもあの女の事は口に出さなかった。だから三井はそのまま鉄男たちと付き合い続けたし、最初からいなかったみたいにあの女のことも忘れてしまった。
     そもそも好きでもなんでもない、たまたま近くにいて、大人になる通過儀礼の相手として手頃だっただけの女だった。
     別にファーストキスはレモン味的な夢見がちなことを思っていたわけじゃない。だけどいつか想いを通じ合わせた好きな女の子とするのだろうと思っていた。だけど実際のファーストキスは好きでもない女とだったし、今となっては何の感慨もないものだった。
     流川はどうだろう。大事なファーストキスを自分が貰ってしまっていいのか?そんな不安が頭を擡げる。
    「あー……その……、ファーストキスの相手が俺でいいのか?」
    「付き合うのもキスするのも、初めては全部センパイがいい。センパイじゃなきゃやだ」
     率直に不安を口にする三井に、流川は何の衒いもなく答えた。
     センパイじゃなきゃ嫌だなんて、そんな言葉を言われて嬉しくないわけがない。
     ――あー、クソッ…可愛いこと言いやがって
     焦れた流川が距離を詰めて、三井よりも背が高いのに、どういう技術なのか上目遣いでじっと見つめてくる。三井が流川のこの顔に弱いのを知っていてわざとやっているのかそれとも無自覚か。どちらにしてもこの可愛い男のお願いをきかない選択肢は無かった。
    「キスしていいスか」
     ん、と頷く。少しだけ高い位置にある流川の顔が近付いてくる。
     長い睫に縁どられた、吸い込まれそうな黒い瞳に見つめられて鼓動が跳ねて、じっと見つめる視線から逃げるように、三井はそっと瞼を閉じた。
     
     唇に吐息がかかるのを感じて、あと少しで唇が触れる…と思ったら、お互いの鼻がぶつかった。
     ぱち、と目を開けると、互いの鼻にキスを阻まれてしまった流川の怪訝な顔が目の前にあった。思わずふはっと笑いが込み上げる。
    「お前な、鼻高ぇんだからちょっと顔傾けろよ」
    「む。……どっちに?」
     そんなのどっちでもいいだろうに、右か左かと迷う流川が可愛くて、するすると緊張が解けていく。
    「こうやんだよ」
     顔を傾けて、流川の唇に自分のそれを重ねた。
     経験豊富な先輩がリードしてやろうという態度を装ってはいたが、あの女とした時なんかよりもドキドキして、今このキスが自分にとってもファーストキスのような気がしてしまう。
     心臓バクバクなのがばれないように平気な振りをして触れた流川の少しカサついた唇は、薄いのに予想外に柔らかくてヒヤリと冷たかった。
     ちゅっと軽く啄んで唇を離すと流川と目が合った。至近距離にある黒い瞳に自分が映り込んでいて、なんだか気恥ずかしい。
    「どうだ分かったか?」
    「分かった。やってみる」
     今度は流川の方から唇を寄せられて、反射的に目を瞑った。
     むにむにと唇を押し付けるだけの拙いキスが可愛らしいなと思っていると、頬に流川の長い睫が触れて瞬く感触がした。
     すっと瞼を開けるとしっかりと目を開けて自分を見ている流川と目が合って、三井は思わず顔を逸らして唇を離した。
    「お前なぁ、こういう時は目瞑れよ」
    「分かった。次はそうする」
     またやり方を確かめるように、流川の顔が寄せられる。トライアンドエラーを繰り返す可愛い後輩に、仕方ねぇなとまた薄い唇が降ってくるのを受け止めた。
     
     むにゅっと唇を押し付けて唇を合わせるだけの子供のようなキスが物足りなくて、流川の頬を両手で包み込んでペロリと舌先で唇をなぞり口を開けろと誘ってみる。恐る恐る開かれたその隙間に、にゅるりと舌を捩じ込んだ。
    「んぅっ、ん……」
     ビクリと怯えて舌が逃げる。流川の反応に、あぁやっぱり初めてなんだなと改めて感じて、ファーストキスを貰ってしまった事に少しの後めたさとそれ以上に言いようのない優越感が湧いてくる。
     そういえば今度はちゃんと目を瞑っているのかと、そっと目を開いてみると、目の前の睫毛が伏せられた切れ長の目元は目尻がほんのりと赤らんでいて、その様子にまた可愛いと思ってしまった。
     奥に逃げた舌先をちょんと突く。誘い出された薄い舌を絡め取って、味蕾ひとつひとつを味わうように舌を擦り合わせてじゅっと吸い付いた。
     粘膜を擦り合わせる刺激に慣れてきたのか、奥で縮こまっていた流川の舌がいつの間にか三井の舌を追いかけるように絡みついてくる。
     綺麗に並んだ歯列を辿って上顎を擽ると流川がふるりと震えて吐息を溢す。唇の隙間からぎこちなく息継ぎをしながら、しつこいくらいに何度も舌を絡めあった。
     
     そろそろ息が苦しくなって唇を離すと、二人の間に唾液が糸を引いてぷつりと途切れた。
     その様子をエロいなとぼんやり眺めていたら流川と目が合った。何とも言えない気恥ずかしさが湧いてきて、三井はごまかすように口を開いた。
    「どうだったよ、ファーストキスは」
    「……やわっこかった。あと、センパイがエロかった」
     いつもは青白くさえある流川の頬が紅潮して赤い目元が潤んでいる。流川のこんな顔を見たことがあるのは自分だけだろうと思うと、鳩尾の辺りがモゾモゾして堪らなくなる。
    「な、なんだよそれ。つーかお前、唇荒れてんぞ」
     開けっぱなしだったロッカーの内扉に付いた小さな鏡の中に、頬を染めた自分を見つけてしまって、恥ずかしくて慌てて話題を変えた。
     流川が確かめるように自分の唇をペロリとひと舐めして、「痛かった?」と気遣わしげに三井の顔を覗き込む。
    「いや痛くはねぇけど、ちょっと気になった。冬なんだしリップクリーム使えよ。乾燥するたろ」
     せっかくの男前が唇ガサガサじゃ勿体ないと言えばこくりと頷く。
    「センパイ、帰り薬局つきあって」
    「あ?どっか怪我したのか?」
     唐突な流川の言葉に心配になる。今日の部活も特に問題なく練習に参加していたはずだし、居残りの練習でもどこか痛めた様子はなかったはずだと記憶を辿る。
    「リップクリーム買いたい。センパイともっとキスしてーから」
    「え、あ……おぅ……」
    「何味がいいか分かんねーからセンパイが好きなの選んで。どうせならセンパイが好きな味のがいいでしょ」
     センパイとキスするためにセンパイの好きなリップクリームが欲しいなんて、そんな健気で可愛い事を言われてしまってはひとたまりもなかった。恋人が俺でいいのかなんて不安はどこかに吹き飛んでいってしまった。
    「お前、そんなに俺が好きかよ」
    「うん。好き」
     照れ隠しの揶揄いも素直に肯定されて、大事なファーストキスを捧げられてしまったからにはこの可愛い男を大事にしようと決意が芽生えた。
    「早く。薬局行こ」
     流川に手を引かれて、三井は開けっぱなしだったロッカーの扉を慌てて閉じた。
     バスケしか知らない純粋な年下の男があまりにも可愛くて堪らなくて、そもそもリップクリームは匂いがついてるだけで味なんかしないなんて事もどうでも良くなって、手を引いて歩き出す流川の後を追った。
     
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