rnseイベントねっぷり記念ss 食料品の入った袋を手に下げ、潮の匂いに包まれる家路をゆったりと歩く。朝晩はまだ肌寒いが日中は日差しがやや眩しく、代謝の良い体はしっとりと汗をかく。
渡り鳥のニャア、ニャアという鳴き声に立ち止まり、いつもの海辺へと足を向ける。堤防に腰掛け、サングラスを取り、被った帽子を一瞬外し、髪をかきあげ再び被る。
冴は、ロビンズエッグブルーと評される瞳の色を細めて沖で群をなす渡り鳥と大海を眺めた。
実家の鎌倉の海よりも眩しいブルーはその鮮やかさにスペインに来た当初は浮かれていたけれど、とっくに見慣れた今では幼少期から慣れ親しんだ、少しだけ濁った穏やかな紺色を懐かしく思う。
潮騒に微睡んでいれば、ポケットにしまったスマホが震える。画面をタップすれば【どこ?】の二文字。その前にも何十件と着信とメッセージがの通知が入っていたようだ。
【もうすぐ帰る】と打てば数秒もせず既読がつき【迎えにいく】と返信がされる。冴は家に帰ればすぐに会えるのだから、別にいいのにと思う。しかし、メッセージを送った本人の性格のことだ、すでに向かっていることだろうと、好きにさせておくことにした。
冴は暫く堤防に寝転ぶいつもの仲間の地域猫と遊んでいれば、息を切らして走る長身の影が見えた。新記録だなぁと呑気に眺めていれば、ざっと目の前に大きな足音を立て影を作る。影を作った本人はぜぇぜぇと呼吸を整えていた。
「早かったな」
冴は猫と遊ぶ手を止めず、駆けつけた彼の人、凛に労いの声をかける。
っはぁ、と大きく息を吸い込み深呼吸した凛は、冴を睨め付ける。
「っ、あんたが、少し散歩に行くって、いつまでも、帰ってこねえから」
「たった三時間だろ」
「三時間も!」
凛の剣幕を冴はそうか、とのらりくらりとかわす。凛は更に言い募ろうとしたが、冴のどことなく緩んだ口元にむぅと、窄める。やはりこの兄に揶揄われたようだ。
「おかげでホラー映画、一本見終わった」
「良かったな」
凛はハアーーと冴の隣に腰掛け項垂れる。
「せっかく休みを一緒に過ごせると思ったのに」
俺の考えていたプランがとぶつぶつと体育座りで呟く弟に、冴は相変わらず面白いやつだなと凛のまっすぐな髪を撫でる。
「今、一緒にいるじゃねーか」
撫でる冴の手にもっと頭を押し付ける凛に、冴は口元を更に緩ませ、両手を使ってあやす。凛は体勢を変えると、冴の体に手を回し、誰にも攫われないようにと彼を抱え込む。
「兄ちゃん、髪の毛ゴワゴワしてる」
「そりゃ、潮風にしばらく当たってたからな」
凛は冴の頭に顔を埋めぐりぐりと押し付ける。
「凛、汗臭え」
冴は凛の汗でしっとりと濡れた肌をTシャツ越しに触る。
走ってきたし、と凛はブスくれる。しかし、冴を更にぎゅぅと抱き込む。
「じゃあ、早く家帰ってシャワー浴びようよ」
凛は冴の米神に唇を押し付けたあと、耳たぶをがじりと甘噛みする。
「ここで盛んな」
冴はむぎゅと凛の鼻を摘み、凛が怯んだ隙に立ち上がる。
いてぇ、と唸る凛を置いてさっさと帰路につこうとする冴に凛は慌てる。
凛は本当に勝手だよなと兄のマイペースぶりに憤慨していると、冴が振り向く。
「シャワー、浴びるんだろ」
凛は面食らった顔で立ち尽くしていると、再び背を向け歩き出す冴に、はっと意識を取り戻すと追いかけた。
「なあ、兄貴、それって」
「…」
「え、ほんとに?いでっ」
「…凛、うるせーぞ」
冴は凛のふくらはぎに蹴りを一つ入れ、帽子を深く被った。ポケットに片手を突っ込みながら歩く兄に、凛は幼少期よりも随分と大きくなった図体を寄り添わせながら家路へと急ぐのであった。