抱きしめてあげて古蘇の山に雪解け水が流れる頃、蓮華塢から古蘇の魏無羨宛に使者がすっ飛んできた。
ストレスから江澄が3歳児に魏無羨じゃないとご機嫌じゃない模様
明くる日、魏無羨が阿澄を起こしに部屋を訪れるとすでに起きていた子供は彼を見とめるなりひっしと抱きついてきた。
「阿澄?どうしたんだ?おはようは?」
「あのね、あちょね、こわいゆめみたの」
「どんなふうに怖い夢?」
「父上と母上と姉上とあーいとあと、沢山の人においていかれるゆめ。あちょ一生懸命待ってって走ったけど後ろにみんながいてね、待ってってあちょを捕まえるの」
魏無羨はそれを聞いて全身に悪寒が走った。おじさんたちの死を知った絶望や師姉の最後が脳裏に甦る。江澄はずっとそんな夢を見続けて来たのだろうか。魏無羨には彼を置いていったつもりなど髪の毛ほどもなかったが、江澄は置いていかれたと思ったらしい。
阿澄は夢をまた思い出したせいかぐっと堪えるような表情で俯いて寂しそうな顔でぽつりと溢す。
「でもね、あーいがね、違うの」
「俺が、違う?」
阿澄は首を縦に振って答える。どう違ったのと促す魏無羨の声は少し震えていた。
「んとね、おかおがね、違うの。でもね、あーいだってあちょわかるの」
へんだねとまた溢して阿澄はなにか我慢するような表情で魏無羨の抱きついた足に顔を埋めた。魏無羨はその顔をみて胸が苦しくなる。この義弟は肝心なことはいつも我慢ばかりだ。
「阿澄」
優しい声に阿澄はゆっくりと面をあげる。
「へんじゃないよ。夢での俺は阿澄を置いてっちゃったかもしれないけど今の俺はもうおまえを置いていったりしないよ、誓うよ」
阿澄によく見えるように指を3本立てて誓う。すると少し安心したのか阿澄はにこっと笑って抱っこをせがんだ。
意識が浮上する。
数日前までの割れるような頭の痛みはすっかり無くなっており、この数十年の中で一番気分よく目覚められた。
あまりに気分が良くてそのまま二度寝でも決め込んでしまおうかと思ったがなんとなく肩周りが重い気がする。
阿凌がまだ小さかった頃上に乗っけて寝てしまった時のような重みに近い。
どういうわけだと目を開ければ義兄が俺の肩を抱いて眠っていた。
そういえば目が覚める直前まで見ていた夢の終わりに江澄が共寝をねだったのだ。夢の中での江澄は3つで周りに様々なわがままを言って困らせていた。3歳児なのだ。唯我独尊と振る舞って何が悪いと泣きわめいていたらこいつがきた。むずがったりしても嫌な顔ひとつせず相手をして抱きしめてくれていた。ずっとこの夢が続けばいいのに、とも思ったがこのままでは一緒に酒が飲めないなと思ったら目が覚めていた。
生前の義兄に憎むことも叶わないほどの眩しさに憧れていた。ずっとそばにいて支えていてほしかった。もっと頼って欲しかった。蓮華塢にただ戻って欲しかっただけだ。
だが乱葬崗で彼は死に、また戻ってきた。どうして戻ってきたのが彼だったのかもはや江澄は真実を知りたくなかった。人を怨めしく思うのも疲れるのだ。
だが初めてこの姿の魏無羨を捕らえた時やっと双傑を名乗れるのだと思って年甲斐もなくはしゃいでしまった。
目の前の穏やかな寝顔はまだ両親が健在だった頃のようだ。懐かしさに浸っていれば扉の外に人の気配がする。大方義兄の過保護な道侶様だろう。
やれやれこの義兄を起こすのは何十年ぶりだろうか。お優しい道侶様には絶対に真似できないだろうなと心中ほくそ笑み江澄は声を上げた。
「起きろ! 魏無羨! 貴様、誰の許可を得て俺の部屋に入った!」