お題「旅」「春と夏なら雲夢、秋と冬なら雲深不知処がいいな」
突然なにを言い出すかと思った江澄は視線を読んでいた書簡から横にいた藍曦臣の顔に移す。
「雲夢は暑いけれどそれを楽しむ文化があるし、雲深不知処は寒いけれど雲夢にはない文化が育ってる」
前を向いて座る彼は彫刻のようで江澄は見惚れてしまう。
こんなにも美しい人が自分のことが好きだと言う。嘘であってほしいような本当であってほしいような矛盾を抱えていながら返答が先延ばしになっている。
「貴方と過ごすなら互いの文化を教え合って過ごしたいのです」
ずっと前を向いたままだった彼の顔と目線が急にあって胸が高鳴るのがわかる。
「貴方とたくさんの事を体験して、沢山の話をして、沢山の喧嘩もしたいです」
1尺程空いていた距離は曦臣の手がさ迷うように縮まり江澄の手の寸前で止まる。
「貴方の返事はどれだけでも待ちます。ですがもし貴方が私に気持ちを返さなければいけないからと迷っているなら私は改めて伝えなければいけないことがあります」
寸前にある指先から温かな体温が伝わってきて、あまりの熱さに身がすくみそうになる。
「なんだ」
声の震えを隠したぶっきらぼうな声に自分でも情けなくて心中で落ち込んでしまう。
この男の隣だとどうしても劣っているのは自分だと分かっているのに断る勇気もでない。
やっぱりなかったと断られるなら自分で断りたかったと叫ぶ心を止める。
「私の隣はすでに貴方のものです。なのでもしよければ私が貴方の隣に座ることを許して頂きたいのです」
藍家宗主ともあろう人が蟹のように顔を真っ赤にして自分に告白をしている。
しかも今回で2度目だ。
素直になってもいいんじゃないかとどこからか声がする。憧れの人から2度も告白されたのだ。気持ちを伝えてもいいかもしれない
「貴方から私と同じ気持ちが返ってくるならそれは嬉しいですが……貴方が隣にいるというだけで私は嬉しいので……す」
「私も貴方を好いている」
江澄から手を絡めた。
心臓がドンドンと全身を叩く音がする。相手にも伝わってほしくて絡めた手を胸にあてたが伝わっているだろうか?
「ながらく保留にして悪かったな。認めるのが恐ろしくて堪らなかったんだ」
絡めた手ごと抱きよせられて驚いた声をあげてしまう。広い胸からドンドンと叩く音が聞こえる。
「江澄! 私はこの先変わらず貴方だけを愛し抜きます」
「ああ。俺もだ」