You Drive Me Crazy『帰ったぞ!』
そんなノーテンキな言葉が、自宅リビングが収められた写真とともにケータイに届いた。
思わずデカいため息が出る。
「くそ」
桜木が、俺のいないアパートに来ていた。
ヤツの大学の都合でしばらく会えていなかったから、つい油断していた。あのどあほうはたまに、こんな風に突然ウチに来たりする。思いつきで。
帰ったぞ、だと?
一緒に住もうという提案に、ずっと首を縦に振らないクセに。
「忙しい合間を縫って、会えるってのがいいんだよ」
とかフザけたこと言って。なんだってんだ。
一緒に暮らせばその分、会える時間も増えるというのに。
嬉しさと苛立ちが同時に降りかかってきた。
そして、なんだって今日俺はこんなとこにいる。
「どーしたのよ、そんなでっかいため息ついちゃって」
姉の観光の付き添い。
二、三日前、急にアメリカにいると連絡があり、休みがちょうど重なっていたので、ウチに転がり込んできた。しばらくしたらまた他の地区に行くみたいだが。まあ、案の定アシにされている。
まだあと二件くらいまわりたいカフェだかブティックだかがあるのだと。
桜木といい姉といい、何故事前に一言言う、それができないのか。
俺がいなければ、どうするつもりだったんだ。
俺がいないなんてのは試合の日以外、ないけど。
たまに出かけたらこれで、まったくタイミングが悪い。
「桜木が来てる」
「えっ!花道クン?!」
「こんな時に……」
「悪かったわね! ていうか、一緒にいるものだと思ってたわ」
「アイツとはガッコーが違う」
「そーだったの。じゃあ、遠距離恋愛ってワケね」
そんな遠かないけど。
ただ、会える時間は限られている。誰かのせいで。
というわけで、この用事を済ませてさっさと家に帰らなければならない。
そう思っていたら口から出ていたらしく、ゴンとゲンコツで怒られた。
でも、さすが姉というか、理解してくれたようで、そのあとのスケジュールは効率よく回ることができた。なぜか現地で暮らす桜木へのお土産も買っていたりして、少しおもしろかった。
観光ガイドも終わりがけ、晩飯でも買って行くかと電話した。
出ない。何回かけても。
欲しいもんあるか、とメールしても返ってこない。
いつもならすぐさま返ってきて、余計なものまで要求してくるのに。
寝てんのか?
珍しい。寝ることはおろか、あまり部屋でじっとしていることはないからだ。一緒に寝ようとしても何か思いついて腕からいなくなることが多々ある。
ということは、そうとう疲れてるんだろう。
……そんなに疲れているのに、俺の家にやってきたのか。
体温が上がった。
テキトーにアイツの好物を買った。これ食いたいとか言ってた気がするやつも。
テイクアウトだけど、地元の人間が行きつけの店だというと姉は喜んでいたので良しとする。
飛ばしすぎないよう、アクセルを踏んで自宅に向かった。
やっとの思いで、いつもよりやけに遠い気がしたアパートにたどり着いた。
ありったけの食べ物が入っている袋を持って車を降りる。
「あれ」
しかし、桜木が待っているはずの自室の窓から灯りが漏れていなかった。
もしかして、帰ったのか。
返事はなかったが、一応、何時には家に着くというメールを送っていた。
「あら、花道くん帰っちゃったの?」
「わからん」
「返事もないんでしょ?心配ね」
「………」
あいつのメールからはじまった出来事を思い出す。
いくらアメリカだっつっても、あんな大男を狙う犯罪者はいないだろう。
同じくらいのガタイじゃねえと。それに赤髪だし。目つきは悪りぃし。ブランドものなんか何一つ身につけていない。そんな男を狙う要素なんか……
そんな訳はない。
そんな訳はないが、吐き気のような、気持ちの悪い不安を早く解消したくて、急いで部屋のドアを開けた。
「うわっ」
案の定部屋は真っ暗だった。
それでも、桜木の愛用しているスニーカーは転がっているのはわかった。まだここに居るということだ。
でも、 本当に寝てるのか?
自分で言うのも何だが、人間ここまで昼寝できるのか?
それに、なにか、いつもと空気が違う気がする。
違うと言うか、重い。
「ちょっと……」
姉の声よりも、ドクン、ドクン、という心臓の鼓動の方がデカく耳に響く。
昼とは違う体温の上がり方。
手汗が一気に噴き出てきた。
「桜木っ」
リビングに続くドアを、勢いよく開けた。
結果的に、桜木はいた。
多分、自分の家にあるすべての衣服が投げ出されていて、その真ん中にいた。体育座りで。
空き巣にでも入られたのか、まったく状況が掴めないが、そんなことはとりあえず置いておく。
コイツがいてホッとしたのと、ぶっ飛ばしたい気持ちが一気に襲いかかってきた。
「テメェ、連絡ぐらいよこせ!何してんだ!」
「………」
思わず膝をつく。いや、膝から崩れ落ちた。呼吸も浅い。
本当にムカついた。
それなのに、こいつは何にも喋らない。俺がこんなにデカい声を出しているのに。
それに無表情で、感情もわからない。一点を見つめてじっとしている。
まさかずっとそうしていたのか?
一体コイツに何が起こったんだ。
もしかして、怪我の再発か。でも。そういや、なんか目元が赤い。
わからない。あまりの情報の多さと、いつもと状況が違いすぎて、軽いパニックに陥っていた。
「何、キレてんだよ……」
「ったりめぇだろ!」
「……そこにいるヒトと、ずいぶんお楽しみだったんだろ」
「……あ?」
「ふざけんな……ふざけんなよ」
あんまりだ。
そういって、桜木は泣き出した。
そこにいる、ヒト?
振り返っても、この状況に焦っている姉しかいない。何が見えてる。
……もしかして。
「ひっ、久しぶりに、来たら、なんか、家中やたらキレーで、いーにおいするし」
「あ……」
やばい。
「極め付けは、お、女の人用の、シャンプーやら、靴やら!」
「ど」
「お前には愛されてるって、思ってた。俺だけだったんだな」
「………」
「なんとか言えよクソ野郎!!」
そう叫んだ桜木と、やっと目が合った。
そしてその目線は、すぐさま隣に向けられる。もう一人いるからだ。
俺は何も言えなかった。
みるみるうちに引き攣っていく桜木の顔。
それこそ、幽霊にでも出会したような顔だった。
言いたいことは山のようにある。訂正したいことも。
でも今は、とにかく桜木を傷つけたくなかった。
「………ひっ」
しばらく経って、すべてのことを理解した男は、玄関に向かって走ろうとしたので、すぐさま捕まえて押し付けた。当たり前だがものすごく抵抗される。その辺に転がってる服やらを投げつけられたりそれで引っ叩かれるが、それでも離してなんかやるもんか。やっと会えたのに。
「くっ、ぐう」
「うああ!!離せ!!このクソマヌケやろぉ!!」
「離すかっ」
「やめろっ、もおこんなの耐えられねえ!!」
「さ、桜木くん、久しぶり」
「お久しぶりですお姉様!!うわああ」
なんつうタイミングで挨拶してるんだ。さすがに俺だってしないぞ、そんなこと。こいつも律儀に返事してるし。
「………あんた、桜木くんに私がいること、言った?」
「………」
「まさか……」
あん時の俺は、早く帰れるということに舞い上がって、肝心の桜木に返事するのをすっかり忘れていた。
心はもう帰っているつもりだったんだ。
ダラダラと、さっきとは違う汗が額から流れ落ちているのがわかる。
桜木は、なんとかして床に埋まろうとしている。
それからすぐさま、またゲンコツをくらった。
「何で言わなかったのよ!!そりゃあ不安になるでしょうこのバカ!!」
全くその通りだった。
「ごめんね花道くん、わたしもつい昨日一昨日くらいに、来たばっかりでね……」
「んあ、いえ、俺だって、急に来て、でも………うう、もう消えてしまいたい」
「そんなことはさせん」
「黙れ!!くそ、ほんとに、ムカついて、だって!俺!おまえ!!コロシ以外全部やってやるって!!」
「していい」
「だまれー!!」
連絡をちゃんとしないのが3人も揃うとこうなってしまうという教訓を得た。もう絶対こんなことはしない。姉も桜木もそう思っているはずだ。
でも今は、本当に俺だけが悪いから、桜木を慰めて、すぐにでもおっぱじめたいのに、ずっとこの文句を聞いていたい。目も顔も真っ赤にさせてごめん。
そんなお前が、かわいいと思ってごめん。
「俺が悪かったから、一緒に住むぞ」
「嫌だ!!お前とは別れるんだから」
「無理無理」
「無理じゃねぇ!!」
「じゃあ私、近所のカフェにでもいるから、終わったら迎えに来てくれる?」
「わかった」
「別れてやるうーー!!」