【エー監】どうやらデートではないらしい早咲きの花弁が冷たい風に乗って舞いあがる今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。
どうもこんにちは。某アパレルショップ―賢者の島店―の副店長です。
今日も今日とて、代わり映えしない穏やかな一日を謳歌してます。
ピークまではまだ余裕のある時間帯。先程届いたダンボールから新作アイテムをいくつか取り出し店舗に並べていると、カランコロン。お客様の来店を知らせる木製のウィンドチャイムの音が店内に響き渡りました。
ダンボールを急いでバックヤードに隠し、接客スイッチに切り替えます。
「いらっしゃいませ」
店の入口には、可愛らしい笑顔を浮かべて「こんにちは」と返事をくださる黒髪の美しい少女と、ペコッと軽い会釈をする赤いハートのスートが印象的な少年のカップル。
ナイトレイブンカレッジの制服を身に纏う二人に私はピンときました。
そう、彼女が噂の『ナイトレイブンカレッジ初の女生徒』なのだと。
良きことも悪いことも、この小さな街では噂がすぐに広まってしまいます。数々の噂の中で、彼女は今一番の話題の人とも言えるでしょう。しかし、まさか会えるとは思っていませんでした。
噂以上に可愛らしい彼女さんは、彼氏さんと仲良く手を繋ぎ店内を巡っていきます。特定のアイテムではなく様々な商品を見ているあたり、デート中にぶらりと立ち寄った感じでしょうか?高校生らしい初々しいやり取りが微笑ましいですね。
彼氏さんがふと店頭の商品を手に取り「これはどう?」彼女さんへ渡します。
それは先程並べたばかりの新作スカート。軽やかな素材の白地に優しい色合いの花々がプリントされていて、彼女さんの雰囲気にもピッタリです。
彼女さんも気に入ったようで、目をキラキラ輝かせながら鏡の前でスカートを合わせています。
「よろしければ、ご試着なさいますか?」
「えっ! あ、どうしよう」
私の提案に彼女さんはパッと笑顔を浮かべ、しかしすぐに困った表情へ変わると彼氏さんをチラッと見上げました。きっと彼氏さんを待たせてしまうことに申し訳なさがあるのでしょう。彼氏さんも彼女さんの気持ちを読み取ったのか、優しく笑って。
「気に入ったんでしょ? ならせっかくだし試着してこいよ」
彼氏さんの一言に彼女さんの表情は先程よりも嬉しそうに花開き、こくりと頷くと私にスカートを差し出しました。
「試着おねがいします!」
「かしこまりました。 こちらへどうぞ」
彼女さんを試着室へ案内しカーテンを閉めれば、あとは彼女さんが着替え終わるのを待つのみ。その間に明日マジカメにあげるコーディネートを考えましょうか。
彼氏さんは試着室のすぐそばにあるアクセサリーコーナーを見ているみたいです。殆どが女性向けのデザインですが、男性でも使えるシンプルなアクセサリーも揃えているので、気に入っていただけるものがあれば嬉しいですね。
しばらくして、カーテンの開く音。急いで試着室へ向かうと、そこには既に彼氏さんが迎えておりました。
「どうかな?」
「へー、いいじゃん! この前ユウにあげたパーカーあるじゃん? あれとも合いそうだし」
「確かに! ……うん、色々着回しできそう!」
「それにする?」
「うん!」
どうやら決められたようですね。
再びカーテンが閉められたのを確認した後、スムーズに会計を済ませられるように、新しいものをバックヤードから用意しようとした、その時。
「すみません、会計お願いしていいっすか?」
まさか彼氏さんに声をかけられると思わなくて一瞬目を丸くしてしまいました。
彼氏さんの手には兎とハートがモチーフの髪飾り。明らかに男性向けのデザインではありません。。どうやら、先程アクセサリーコーナーを見ていたのは彼女さんへのプレゼントを選ぶためだったみたいです。
そして、このタイミングで会計をお願いされた理由は……。
彼女さんが着替え終わる前に、小声でやり取りしながらいそいそとお会計を済ませます。
「プレゼント用のラッピング袋も一緒に入れておきますね」
「ありがとうございます」
本当は綺麗に包装したかったのですが、いかしかたなし。アクセサリーの入ったショッパーを彼氏さんが鞄に隠した瞬間、カーテンが開きました。ギリギリ間に合ったみたいです。
お互いほっと胸を撫で下ろしていることに気づかない彼女さんは、スカートを持ってとたとた仔犬が寄ってくるみたいに私たちがいるレジの方へやってきます。
「お会計お願いします!」
「かしこまりました。 新しいのをご用意するので少々お待ちください」
バックヤードに周り同じスカートを探そうとしてはたっと気づきました。新作は一枚ずつ店頭に並べただけで、在庫はまだダンボールの中。探すのに時間がかかりそうです。
スカートを見つけだすまでの数分間。レジからはお二人の会話が聞こえてきます。
「この後どうする? どっか寄ってく?」
「んー……甘い物食べたいっ!」
「んじゃこの前ケイト先輩に教えてもらったカフェ行こうぜ」
「えっ、でもあそこ次のデートで行こうって……」
「でも出かけるのランチ時じゃん。 なら昨日お前が『行ってみたい』って言ってたパスタの店の方が良くない?」
「いいの!?」
「んじゃ、決まりな」
ふふっ、本当に仲がよろしいんですね。
ダンボールの奥の方に畳まれていたスカートを引っ張り出してすぐさまレジへ戻ります。
……レジ作業をしながら、少しお話してもいいですよね?
「実はこのスカート今日きたばかりなんですよ」
「そうなんですか? えへへ、私すごく運良かったんですね」
「沢山着てあげてくださいね。 今日は放課後デートですか?」
「へっ? ち、違います!デートじゃないです!」
あら?
当然「そうです!」と笑顔で頷くだろうと予想していたのに、まさかの否定。隣の彼氏さんもその答えに驚いた様子はない。
もしかして、付き合ってない?けどお二人の雰囲気はカップルそのもの。それに先程『次のデート』のお話をされてましたし……。
疑問で頭がいっぱいの私に、彼女さんは焦りながらも「えっと、付き合ってるけど、違くて……」話を続けます。
「今度のデートのために新しいお洋服とか準備したくて……だから、今日は『ただの買い物』であって『デート』じゃないんです!」
彼女さんが「だよね!?」と勢いよく彼氏さんの方を振り向くと、彼氏さんも「そうね」彼女さんの言葉に肯定しながら頭へ手を伸ばし、ぽんぽんと優しく撫でます。
二人きりでお買い物しているあたり、デートではないのでしょうか?
そんな無粋な疑問を投げかけようとしたところ、パチッと彼氏さんと目が合いました。そして彼女さんに気づかれないように人差し指を口元にあて「しぃー」先程の大人びた表情から一転、イタズラを仕掛けた少年のような笑みを浮かべます。
その表情に、私はようやく合点がいきました。
これは間違いなくデートで、それに気づけていないのは彼女さんだけなのだと。
これ以上根掘り葉掘り聞くのも薮でしょう。「そうなんですね」と笑顔で流し、商品をお渡しして、出口へとお見送りします。
「また来てくださいね」
「はい!ありがとうございます」
入店された時と同様に、幸せそうに手を繋いで歩く二人の背中を見届けながら願います。
またご来店してくださった時、髪飾りをつけた彼女さんに会えればいいな、と。