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    さいか

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    さいか

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    猫と暮らす

    ##バンヤロ

    その猫は抱き上げられるのを嫌がった。人が嫌いなのか俺のことが嫌いなだけなのか、そもそも猫という生き物が全般的にそういうものなのか、何もわからないまま俺は、這い蹲って腕を伸ばしてどうにかその柔らかな胴体を捕まえる。両の手のひらに収まる温度はほんの少しの力で握りつぶせてしまいそうで怖くて、かといってそのままじゃまた逃げられてしまうから「ごめん」とか「大丈夫」とか「怖くないから」とか言い聞かせながら持ち上げる。短い手足が床から離れて空を掻く。噛みつかれる。ああきっとまた手の甲に傷が増える。でも床とか壁とか傷つけたら母さんが怒るだろうしなあとぼんやり考えてから、どうでもいいやと打ち消した。今ここに居ない人のご機嫌を伺う必要なんかないじゃんか。目の前のことで手一杯だよずっとさ。なあ、それってつまりお前のことなんだけど、わかってる? 問いかけた先、手の中の猫は抵抗を諦め始めている。呼吸に合わせて微かに膨らんだり凹んだりする腹の感触を、俺はやっぱり恐ろしく感じている。
    「こっちの部屋は、入っちゃダーメ」
     俺に触られるのが嫌なら俺の言うことを聞いてくれないか。話し合いで解決していこうじゃないか。俺だってあんまり抱っこしたくないって今気付いちゃったし。そっか、嫌われてるっていうか、そういう気分が伝わっちゃってるのかもしれないな。苦手の両思い。尻尾が揺れて腕にぶつかる。何を訴えようとしてるのかさっぱりわからない。全然痛くないし。寝室を出て扉を閉めて廊下に猫を放す。扉に背を預けて俺は座り込む。胡座をかく。足音もなく猫は歩き、立ち止まり、こちらを振り返る。真っ黒な毛に覆われた表情を読むことなんかできないのに不機嫌そうな顔をしている気がする。目つきが、目の色が、よく見知った人間の印象と重なって見える。名前を呼んでしまいそうになる。
    「疲れてんのかなあ、俺」
     ずっと、目の前に宗介がいるような気がしている。



    「晴れのち、ハレルヤ! ヤンバルクイナ!」
     家に帰る道の途中で目の前に立ち塞がった女の子のその姿もその声も俺はよく知っていて、けれど直面した状況に幾つもの違和感が積み重なって、咄嗟のリアクションが取れなかったし何なら一歩後ずさった。それは佐伯翼らしくない態度だったからちょっと反省した。
     ええっとそれじゃあ気を取り直して状況確認、その一。今俺の前に立つ女の子はどこからどう見てもエデンのあのミコちゃんである。その二。だがしかしテンションや表情や声の調子が明らかにいつものミコちゃんではない。その三。けれど俺はこの妙なハイテンションのミコちゃんにも見覚えがある。その四。このハイなミコちゃんがこの掛け声で現れるとき、そこにはもっと変なポージングやモーションを伴っていたはずだった。その五。決めポーズが取れないのは彼女がその両手に小さな黒猫を抱えているからであることは一目瞭然である。
    「ハイ!」
    「うぇっ?」
     ミコちゃんは元気良く、脈絡無く、黒猫を俺に差し出した。なんだかそのままぽんと投げ出しかねない勢いだったから俺は慌ててそれを受け取った。小さな手足が緊張して突っ張って制服に爪が引っかかってああ人形じゃないし生きてる動物だって実感する。
    「え、なにこれ」
    「それはキミの失った愛でござる」
    「ごめん久々過ぎてついていけないや。また音楽魂がどうとかラブグラビティが何とかって話なんじゃないの? ていうかミコちゃんってそんな口調だったっけ」
    「口調? キャラ? そんなもん忘れたわーい! アプリのサ終から何年経ったと思うてんねん!」
    「ええ…………」
     身体的拘束(猫)から解き放たれたミコちゃん(仮)は抗議の拳を空に掲げてぴょんぴょん跳び跳ねた。通行人の皆さんの視線が集まった。目の前のダンスだかジャンプだかステップだかわからないものは少し気まずそうに停止した。
    「音楽魂がどーたらこーたらって意味ではそれはキミじゃなくて彼の試練ってことになるからつまりキミにできることはなーんにもないってことになってしまうのであって、えっと、ごめんなさい、手を尽くすからもう少し、待っていてほしい」
     深々と、少女が頭を下げる。動物の耳を模したパーカーの布がぶらりと揺れた。小さな命は俺の腕を引っ掻いた。
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    さいか

    MOURNING翼と宗介/10年後
    やあ、ご機嫌如何かな、教祖様?この小さな世界でてっぺん取った気分はどう?あの頃みたいに「悪くねえ」って言うんだったら俺はもう何も言わないけどさ、そうじゃないだろ?どーせ組織の維持管理とか人間関係とかいろんなしがらみに取っ捕まって身動きとれなくなってつまんないだけだろ?どこに行ったって一緒だよね、そーゆーの、カミサマが解決してくれるわけじゃないんだから。なあ、お前の神様ってお前に何してくれたの?や、別に否定したいわけじゃないっつーか、なんか掬い上げられて神様みたいに思っちゃうのは経験的にわかる部分もあるっつーか、ほら、俺にとってはお前がそれだったからさ。うん?言ったことなかったっけ?じゃあもっかい言うけど、俺はお前に自分の人生の軌道を変えられたと思ってるんだよ。お前に出会ったから進学先変えて、当然親からは反対されて喧嘩して、思い通りにならない子供と思われて……あー、今考えるとあの辺で亀裂が表面化したんだな、爆発したのはもうちょっとあとだったけど。ああうん、こっちの話。ごめんごめん。でもまあ、自分の判断が間違ってたと思ったことはないんだよ。楽しかったからね。お前だってそうだろ?うん、だからいま結構怒ってるよ。お前は俺の、俺らの人生変えといて何やってんだーってさ。なあオイ、そこにいてもつまんないんだろ。だったらもういいだろ。全部捨てちゃえよ。できないんだったら俺がぶっ壊してやったっていいよ。本気だよ。わかるだろ?似合わないし、らしくないんだよ。いい加減、お前が立つべき場所に立てよ。バンドやろうぜ。俺たちは、ブレイストはまだ、天下取ってないだろ?
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