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    どんぶらこどんぶらこと何かが流れてくるかもしれない

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    万年出待ちの古代兵装さん
    ある少女の視点-2

    オルタナティブの卵1-2 初めて青い目の彼と話をしてから三度の冬を越えるころには、私も少々心が強くなった。図太くなったとも言う。
     相変わらず村の人は私を手厚く庇護してくれるので、申し訳なさは募った。だがお礼は欠かさなかったし、十三にもなれば手伝いも色々できる。ついでに「いつかもっと恩返しをするからね」と冗談交じりに言えるぐらいの愛嬌も身に着けた。
     それでも私は青い目の彼のところへ通うことを止めなかった。

    「また来たのか」

     ほほ笑むでもなく、苦笑いするでもない。彼の表情はまるっきり変わらない。ただ声色を聞けば、嗜めながらも少し喜んでいると思った。私の勝手な思い込みかもしれないけれど、そういうことにしておく。

    「だって草取らなきゃ、また埋もれちゃうよ」

     あれから何度も泣きに通いながら、頼まれもしないのに彼に纏わりついた草木を取り払っていた。最初は頭から、次第に胴、手などの草を抜き、苗床になっている降り積もった土を剥ぎ取った。今ではすっかり足の先まで見えており、逆に人目から隠すように昼間は草をかぶせている。
     ただし地面にくっついた背面までは綺麗にできていない。それにこの辺りは樹勢は強いので、ひと月会わずにいたらまた頭から小さなキノコが生えていた。食べられないキノコをもいで、それを遺跡の向こうの方へ向けてポイと投げる。

    「動かないんだ。わざわざ草取りしなくてもいい」
    「動かないって、動くつもりがないの? それとも本当に動けないの?」

     人形だというからには、人と違って故障などと言うこともあるだろう。
     最初こそ本当に人形なのか危ぶんでいた時期もあったが、三年経っても出会ったときとまるで変わらないことを考えれば嘘ではないと思う。彼はハイリア人によく似ているが、人ではない。しゃべるのが不思議だが、彼は恐らく生きてはいない。

    「動かせることはできるが、動かないようにしている」
    「なんで? 自分で動けばキノコなんか頭に生えないよ?」

     言いながら、私は肩口をひょっこひょっこと登っていた尺取虫に退去を願った。これも一時しのぎだ。のっぽな帽子はトンボの休憩所と化し、手のひらに鳥の糞が落ちていたこともあった。
     フィローネは温暖だが雨が多い。ずっと雨ざらしなので、動物も植物も彼のことをその辺の遺跡の一部だと勘違いしている。当然のように濃い緑で覆ってしまおうとする。
     ところが彼は、青い目をすっと細めた。

    「私が動かないことが、本来は平和である証なんだ」
    「え、どういうこと?」

     どうして動かない方が平和なんだろう。もしかして彼は動けば害を振りまく殺戮人形とでも言うのだろうか。黒ずくめの風体は確かに奇妙だったが、それにしたって武装している様子はない。

    「動かない方が、平和ってどういう――」
    「動くな」

     蒸し暑い空気が一気に凍り付いた。
     同時に彼の揺らがぬ青い瞳が私を通り越し、遥か背後を射抜く。

    「な……」

     に、と問うより早く、彼の左腕が私の耳の横を掠めて突き出された。
     今まで草を抜こうとしても頑として動かなかった腕が、瞬きしている間に突き出され、引き抜かれ、背後にどさっと重たい音がする。あっという間の出来事に驚き振り返ると、喉を一突きされた黒リザルフォスが仰向けに倒れていた。

    「ひえぇ」

     私は両手に握っていた草を放り出し、すでに定位置に腕が戻った彼にすがりついた。
     青リザルフォスやシビレリザルフォスは見たことがあった。遠くから矢を射かけてくることも多いので、街道沿いには兵士さんが見回りに来てくれることもある。
     でも黒は見たことがなかった。禍々しい紫色の瞳に、血色をした腹がなんて恐ろしい。
     音もなくこんな怪物が背後に忍び寄っていたことにも驚いたが、それを手刀だけで倒してしまった彼にも驚きが隠せなかった。

    「危なかった」
    「あ、……ありが、とう……」

     今さら体の芯の方が震えて、舌がもつれて上手く話せる気がしない。
     でも彼が平然としている手前、私だけが怯えているのも癪だった。最近はようやく泣くことも少なくなってきたのだ、ここで怯えてどうする。
     えいやと勢いつけて立ち上がると、景気づけに両手で頬を打つ。それからできる限り笑顔を作って、再び遺跡の壁にもたれた状態に戻った彼に努めて明るい声をかけた。

    「つ、強いんだね……?」
    「そのために作られた」
    「そっか、……じゃあ当たり前、だね……」

     もともと彼はさほど話す方ではない。それ以上しゃべる言葉はなく、再びあたりは森のざわめく音だけになった。
     気まずい空気が漂う。
     動かない方が平和だと言った彼が、自ら動いた。そのことに妙な引っ掛かりを覚えていた。喉に小骨が刺さったみたいだ。痛くもない喉でコホンと咳払いして、ねぇと首を傾げる。

    「あなたが動いた方が、平和になるんじゃない?」

     だってこんなに強い。実際に私は助けられた。
     もし彼が村守ってくれたら、それこそ百人力だ。もし動けるのならこんなわびしい遺跡で草に埋もれていないで、私の村に来てくれればいいのに。そしたらずっとお話できるのに。
     言いたいことは山ほどあったが、彼が是と言わないのが予想できたので、強くは言わなかった。いつもは動かさない首から上をゆっくりと一往復させ、彼は珍しく明白な否を表わした。

    「確かに私は強く作られたが、私の強さはさらに強く恐ろしいものに立ち向かうための備えだ」
    「リザルフォスよりも強いもの? えっと、モリブリンとか?」
    「もっと強いものだ。だから私の目覚めは恐ろしいものの目覚めも意味する。あまり良いことではない」
    「……悪いことが起こるの?」
    「知らずにいられるのならば、それに越したことはない」

     分かったような、分からないような。彼の言葉は時々とても難しく、首を傾げることしかできなかった。怖いものが起きるのは別に彼のせいではないと思うのだが、彼自身はそうは思っていないみたいだ。
     ただ少なくとも、私の泣き声がうるさかったから彼が起きたわけではないと分かって、三年前に覚えた罪悪感をこの日ようやく解消した。

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