オルタナティブの卵3‐2 リンクは、討伐隊が組まれるたびに武勲を上げていった。
ヒノックスを筆頭に、白銀個体のモリブリンやリザルフォス、ウィズローブに果てはライネルなんぞを仕留めたこともあった。どのマモノも今までは騎士数人、兵卒数十名からの討伐隊が組まれていた強個体だ。
それらをリンクは悠々と一人で、かすり傷一つなく倒してしまう。
言うまでもなく、俺の堂々とした先輩面は半年で終わった。多少目端が利くのと在籍年数だけで上っていた階級はあっと言う間に追いつかれ、気付けばあいつは俺と同じ兵卒の中では地位の高い部類に属していた。
「……と言うことは、もう敬語は必要ない?」
「理論上はな」
「心理的側面を加味するならば」
「一応俺は先輩だ、そこは変わらねぇ」
「……難しいな」
どうして難しいことがあるんだよ、分かれよ。
そんなこんなであっという間に入隊から三年がたった頃、あいつはついに黄金のライネルを倒した。これ以上ない戦果だった。
この時は王様すらおいでになって、直々にお言葉を賜った。一兵卒に直接声を掛けられるなんてとんでもない事だ。俺や同じ隊兵士たちは、リンクが直答を許されている背後でただただ震えていた。
「其方に特別に褒美を許そう。何か、欲しいものはあるかね」
王様にそう問われたリンクは、首を垂れたまま間髪入れずにこう答えた。
「私をゼルダ姫様のお傍に仕えさせてください」
一同絶句。そりゃそうだろう。
小汚いの一般兵卒の小僧が、お姫様の傍付きにしてくださいなんて、身の程知らずに限度ってもんがある。お叱りを受けるか、下手したら処罰されるんじゃないかと俺も周りの騎士様たちも真っ青になった。
ところが王様は「ほっほっほ!」という機嫌よく笑っただけだった。
「其方、我が娘のゼルダの傍付きになりたいと申すか!」
「はい」
「ふむ……其方の願いは聞き届けてやりたいところだが、慣例により騎士でない者を傍付きにすることはできぬ。しかし心意気は気に入った。……ゼルダ、こちらへおいで」
王様は随分と機嫌がよかったのか、あるいはリンクの風体が然程悪くないのが幸いしたのか、お怒りにはならなかった。よかった。
それどころか背後で王妃様と一緒にニコニコしていたゼルダ姫様を手招きされる。
「ゼルダや、この者を特別に祝福しておやり。其方がいずれ厄災に立ち向かうとき、心強い味方となるであろう」
「御父様、わたくしと一緒に戦ってくださるのは勇者様では?」
「勇者様はもちろんだが、兵士たちも其方と共に戦ってくれる心強い味方じゃよ。心得ておきなさい」
「はい、わかりました!」
白いひげを揺らした王様が、俺には神様みたいに見えた。小さな金の髪のお姫様はさながら女神様か。
小さなゼルダ姫様は跪くリンクの頭に右手を乗せ、「幸多からんことを」を唱えた。途端、ぽうっと黄金色の光が零れ落ちる。目が潰れるかと思った。ゼルダ姫様が持つ聖なる力が光を放つことは知っていたが、儀式や祭典の時は遠くから警備の横目に見るだけだったのでこんなに明るいものだとは知らなかった。
いやぁ、高貴な方を直接見ると目が潰れるって、アレは迷信じゃなかったんだなぁなどと思う。
「さて、代わりと言っては何だが、此度は其方に一か月、其方の隊の者には半月の休暇をやろう。故郷に戻るなどゆっくりするがよい」
王様は気前よくそう言い渡すと、ゼルダ姫様と手を繋いで去っていった。
去り際に振り向いて手を振ってくれたゼルダ姫様の青い目には、きっとリンクが映っていたに違いない。良かったなぁリンク、と俺は親戚のオジサンみたいに泣きそうになった。
「で、せっかくもらった特別休暇を、お前はそうやって瞑想して過ごすのか!」
「特にすることは無い」
リンクは半月もある休暇を、すべて鍛錬と瞑想で過ごそうとしていた。若者の休暇の過ごし方じゃないよそれ? お前本当に俺の五つ年下か?
ため息を禁じ得ないとは、まさにこのことだ。
「研究部のオッサンから呼び出しは?」
「ない」
「じゃああの可愛い洗濯下女さんからのお誘いは?」
「それもない」
こいつの知り合いと言えば、入隊時に俺にリンクを押し付けてきた研究部のオッサンと、フィローネから一緒にハイラル城へ奉公に上がったという洗濯下女さんの二人しかいない。あと俺ぐらいか。
洗濯下女さんは折を見てはリンクを城下町へ連れ出すので、俺も何度かくっついて遊びに行っている。以前「いいよな、あんな可愛い幼馴染がいて」と言ったら、奴は妙な顔で「幼馴染とは?」と首を傾げていた。
「一か月もあるんだぜ? どっか行こうよ」
「どっかとは」
「ちょっとばかし足を延ばしてオルディンまで温泉に行くぐらいの時間はあるだろ?」
「しかし鍛錬が」
「お前はもう鍛錬なんかしなくても十分強い。ほら、行くぞ」
「……でも」
往生際が悪い。「先輩命令だ行くぞ」と、俺は強引に奴を引きずってオルディン火山目指して出発した。
入隊から何年経っても『先輩命令』と言えばしゃきしゃきと動くリンクが、この時ばかりは足取りが重たかった。
その理由は一晩目の夜、道端で野宿をしたときにポツリと零した一言で理解した。
「黄金のライネルを倒しても、姫様の傍付きにはなれなかった」
そりゃそうだ、なるわけがねぇ。
んなの本気してたのか、馬鹿。
……なーんて、言えるような雰囲気ではなかった。
「まぁ、なぁ」
「これ以上どうやったら、ゼルダ姫様のお傍へ行くことができるのだろう。他の方法を考えねば……」
ハイラルで最も恐ろしいと言われる黄金のライネルの首級を上げた。それ以上のマモノなど、もはやおとぎ話に出てくる三つ首の竜だとか、そういうレベルの話だ。リンクがどんなに強くても、敵そのものが見つからない。
パチッと火にくべた焚き木が爆ぜる。立ち昇る煙は緩くたなびいて、森の方へと流れていた。
「なぁ、それ、そんなにこだわることなのか?」
リンクは十分に強い。もしかしたらちゃんとした装備を貰ったら、そこらの騎士様と互角かそれ以上に強いんじゃないかとすら思うことがある。
それだけの強さがあれば高望みなんてしない方がいい。このままそこそこまで頑張って退役して、可愛い嫁さん貰って、退役金で商売を始めるのが誰が考えても上等な人生だ。
でも誰にとって何が大切かなんてのは、本人が決めることだ。それはリンクの顔を観なくても分かっていた。悪いことを聞いてしまった、と俺は顔を伏せる。
普段から感情をあらわにしないリンクは、この時も少し迷いながらも言葉は平坦だった。
「私はそのために作られたから」
「作られた……?」
「『ゼルダ』と名付けられるハイラル王家の姫君に仕えるために作られた」
「それはどういう……」
意味だ、と問おうとした刹那、またパチンと、先ほどよりも勢いよく焚き木が爆ぜた。水分の多い木をくべてしまったらしい。
大きく飛んだ火花がリンクの粗末なズボンの裾に触れると、そこから火がぶわっと広がる。まずい。
「お、おい! 水、水!」
「大丈夫だ」
なんでもない顔をして手の甲で叩いて火を消すリンクだったが、ズボンの裾が大きく焦げ落ちてしまった。あらわになったのは足のすねだ。
まるで無傷だった。
一瞬前に火にあぶられたとは思えないほど、白い。
「おまえ……?」
「この程度の火は問題ない」
「じゃ、なくっ、て」
「作られた、と言った。一応黙っているように言われていたが、もはや隠しておく必要がないと判断した。一兵卒ではどうやっても姫様に近づけぬと分かった以上、このまま軍に在籍するのは時間の浪費だ」
俺を見るリンクの目が、青く光っていた。