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    どんぶらこどんぶらこと何かが流れてくるかもしれない

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    万年出待ちの古代兵装さん
    ある乳母の視点2/3

    オルタナティブの卵4-2 それから姫様が穏やかな日常を取り戻されるまで、いくらもかからなかった。気づけば笑顔が戻り、兵士たちや下女たちにも元気いっぱいに手を振る姫様が戻ってきていた。
     さらには数年の年月が経てば、未成年ながらも王妃様の代わりを必死で努めようと、陛下のご政務をお手伝いされるようにもなった。もちろん女神さまへのお祈りを欠かすこともなく、あるいは騎士をはじめとする兵士たちを慰問することもあった。
     ただし以前と大きく変わったのは、その傍らにの少年の姿があったことだ。

    「リンク殿がいてくださってよかった」

     そんなことを自分がつぶやく日が来ようとは、わたくしは夢にも思っていなかった。
     姫様が彼をお傍に置くことを望まれたためだが、周囲も、かくいうわたくしもすぐに違和感を覚えなくなっていった。姫様が東の孤児院へ行かれるとすれば彼もついていったし、西に修行へ行かれるとしても彼はついていった。
     おとぎ話に謳われる姫巫女と勇者とは、かくも二人で一つなのだと、わたくしはむしろほほえましく思ったほどだ。フィローネの樹海にある小さな村の出であると聞いたが、姫様にはどんな貴族の子弟よりもずっと彼が似合うとさえ思うようになっていた。
     ところがその一方で、違和感を強くしていたのが実は姫様ご本人だとはついぞ気付かなかった。

    「ねぇ、リンクは背が伸びないのですか?」

     ある時ふと投げかけたこの疑問が核心を突いていたことには、この時わたくしは気づいていなかった。

    「……残念ながらもう伸びないようです」

     以前は無味乾燥な表情しかしなかった彼だが、今では薄くではあるが苦笑いの一つもする程度にはなっていた。あるいはわたくしが彼の些細な感情を読み取れるようになったのかもしれない。
     姫様は彼の返事に納得ができないのか、「でも」と言い募りながら眉を顰める。
     確かに姫様は御年十二歳、女の子は伸び盛りだ。振り返ってリンク殿は今年で十八、もう伸びる見込みはないだろう。それでなくとも僻地の村出身には幼い時に栄養が足らず、背が小さいままの者も多いと聞く。

    「さすがの姫様でもそれは失礼というものですよ」

     男性、特に騎士は体躯の見栄えも気にする。どれだけ親しい方であっても、それ以上は失礼ですよとたしなめるも、姫様はうーんと首を傾げた。

    「だってリンク、三年前から身長変わりませんよね?」

     答えづらいのか、彼は口を閉じたまま、あいまいにうなずいただけだった。いつもは明瞭な答えをする彼が往々にして無言を貫くのは、姫様が無理難題を振った時だ。
     少々気の毒とは思ったが、助け舟を出すよりも、わたくしは姫様の記憶力に舌を巻いていた。
     言わずもがな、彼のことを最も近くで見てきたのは姫様である。でもそんなところまで気づくほど見ているとは恐れ入った。お気に召しているにもほどがある。
     だがさらに続いたやり取りで、私は別の意味で言葉を失った。

    「あとリンクは髪の毛の長さもあんまり変わらないし……本当に見た目が変わりませんよね。そんなにこまめに髪を切っているの?」
    「いえ、髪を切ったことはありません」
    「……………………え?」

     部屋の温度が下がる、とでもいうのだろうか。
     わたくしは姫様の表情を窺える位置にはいなかったが、小さな背が緊張に凍り付いたのは見えた。

    「髪を、切ったことが、ない?」
    「はい、ございませんが……?」

     そこまで言ってようやく、彼も自分の発言がおかしいと気付いたのだろう。いつもは姫様に良いと言われるまで傍にいるのに、その日に限っては自ら退室を申し出た。
     いつもより早くに一人になった姫様は顔から色を失くして、わたくしの袖を引く。

    「ねぇ、髪が伸びない人って、いると思う……?」

     申し訳ないが、寡聞に聞いたことがなかった。
     ゾーラは鱗が剥がれたら新しく生えてくるし、リトは言わずもがな夏毛と冬毛で生え変わる。あのゴロンですら新陳代謝で岩のような肌が新しくなるのだ。
     ハイリア人やゲルド族の髪の毛はそれと同じ、生きている限りは伸び続ける。姫様のような高貴の人は髪を伸ばし続けるのでその限りではないが、多くの人は長くなれば髪は切るものだ。
     だとすると、彼は人ではないことになってしまう。
     では彼はいったい何者か?

    「姫様、一つご提案がございます」

     疑問と恐れの合間に立たされた姫様の手をぎゅっと握る。わたくしの手もかすかに震えていたかもしれない。
     しかし機を逃してはならぬ気がした。

    「明日、姫様自身がリンク殿に何者なのか、正面から堂々とお聞きなさいませ」
    「私自身が?」
    「ええそうです。姫様は気づいておられぬかもしれませんが、リンク殿は姫様には嘘を申しませんし、拒否も致しません」

     最も近くでリンク殿を見ていて容姿に変化がないことに気づいたのが姫様であれば、姫様のお言葉を彼が絶対に拒絶しないことに気づいたのはわたくしだった。

    「リンク殿はなぜかわかりませぬが、姫様の言うことだけは必ずお聞きになります。それ以外の者には、無理なことは無理とおっしゃいます」
    「ほんとう?」
    「ええ。その代わり、姫様が無理をおっしゃられた時には、お返事をしません」

     さっきの無言がよい例だ。
     身長が伸びないことを問われた時、彼は肯定せず、あいまいにうなずくだけだった。あの時はただの苦笑いなのかと思っていたが、もし本当に寸分も伸びていないのならば無言の意味は違ってくる。
     髪と同じく、彼はもしかしたら体のどこももう大きくならないから答えられなかった、もしくは答えずにごまかそうとしたかだ。

    「リンク殿の口から正体を言わせるまで、絶対に明日は返してはなりません」

     もしも彼がハイリア人ではない何者かであったとしたら、どうして伝説の剣が抜けたのか問わねばならない。次いで本物の勇者をまた探さねばならないし、来る厄災に向けての防衛も大きく見直しせねばならないかもしれない。
     なんてことだ。
     あんな害の無さそうな顔をして、なんてことをしでかしてくれたのか!
     わたくしは怒りと悲しみと緊張とで、その夜は寝ることができなかった。姫様も同じだったようで、一晩でやつれた顔は王妃様が亡くなった時を思い出すようだった。
     三年前に姫様の悲しみを癒した張本人が、いままた姫様を追い詰めていることがたまらなく許せなかった。

    「リンクは、何者なのですか?」

     わたくし以外の人払いが終わった部屋で、姫様は直立不動を崩さない彼に問う。
     案の定、彼は口を噤んだままだった。ただわずかに彼からも感じる気まずさに、さらにいたたまれない気分にさせられた。
     前もって相談しておいた通り、姫様は答えないリンク殿に向って同じ質問をした。

    「リンク、答えてください。貴方は何者なの?」
    「……答えねばなりませんか」
    「貴方がわたしには嘘がつけないのは、もう分ってるの……」

     途端、冷え切った青い視線がわたくしの方へ向いた。
     彼がマモノ以外にこんな鋭い表情を向けるのを見たのは初めてだ。余計なことを言ったなという、明確な敵意がある。悲鳴を上げなかったのは、ひとえに姫様の乳母であるという矜持があったからだ。
     これしきの敵意ごときで、姫様の将来を潰すことなどできない。
     姫様は無事に厄災を討ち果たさねばならぬ御方だ。

    「貴方が本当は勇者様じゃなかったらわたし、厄災を封じられないかもしれない。そうしたらすごい多くの人が死んでしまうかもしれない……、こんなこと本当は聞きたくないけど、お願いです。教えて、貴方はいったい誰なの?」

     武術には長けた少年だった。少々融通の利かないところはあったが、姫様のことを何よりも一番に考えているのはわたくしも感じていた。
     しかしながら髪も背も伸びぬのでは到底、人とは考えられない。
     人でないものをお傍に置けるほど、わたくしの危機管理は甘くない。
     長い長い沈黙の後で、彼は三年前に戻ったような味も匂いも温度ない平坦な言葉を紡いだ。

    「私は来る厄災の復活に際し、本物の勇者が不在の状況であった場合にのみ目覚めるように設計された人形です。どういった形であれ、騙したことはお詫びいたします。しかし勇者の姿形と魂は古代シーカー族により忠実に再現されており、理論上はハイラル王家の血をひく姫巫女と共に厄災を封じることは可――」
    「待って!」

     待てと言われれば、ぴたりと彼は口を噤んだ。それこそくるみ割り人形もかくやと思うほどの動きだ。言っていることは全く理解できなかったが、その挙動を見れば彼が人形であることだけはストンと理解ができた。
     この彼はハイリア人ではない。
     ハイリア人の勇者に似せて作った、よくできた精巧な人形。
     姫様は震える両手をぎゅっと胸の前で握りしめ、青い瞳で彼の頭のてっぺんからつま先までを見た。何度も見た。それはまるで、彼の中に一かけらでも人らしい何かを探そうとしているように、わたくしには見えた。
     でも何も見つからない。
     よろよろと数歩前へ出ると、姫様はすがるように彼の頬を両手で包む。三年前に根っこ付きの花を持ってきた少年と、姫様の身長の差は如実に小さくなっていた。

    「では、わたしよりも先に死なないでと言ったとき、『はい』って言ってくれたのって……」
    「人形にとっての死とは破壊であると考えました。だから私は病気にはなりませんし、歳も取りません。つまり姫様よりも先に死ぬことはありません。……厄災に打ち勝てなかった場合にはその限りではありませんが、そうならないために作られましたので、姫様よりも先に死ぬことは設計思想上ございません」

     瞬間、わっと姫様が泣き出した。
     ぎゅっと彼の服を掴み、彼の胸に額をこすりつけるようにして肩を震わせる。

    「違うの、そういう意味で言ったんじゃないの!」

     姫様はきっと花をくれた少年と、一緒に生きてもよいのだと思ったはずだ。
     ところが少年の方は、そもそも生きるという考えすらなかった。
     この三年間、ずっと掛け違えていたボタンに今ようやく姫様は気づいたが、相手の彼はいまだ理解ができぬ様子で目を伏せた。

    「……申し訳ありません」

     彼は彼なりに、使命を全うしようとしてくれていたのだろう。これまでの振る舞いを見ていれば、それは十分理解ができる。こなた、命に似せて作られた人形に、命ある者の意図が正確に伝わらぬのは致し方のないことだというのも、納得できる話だ。
     それでもこれは、致命的だ。
     ひとしきり泣いた姫様はあるところで奥の間へ駈け込んでしまい、呆然とした彼だけが取り残される。その横顔が哀れに見えてしまうのだから、わたくしも随分と焼きが回ったものだ。

    「この件は陛下にはご報告いたしますが、事が事なので沙汰があるまでは普段通りに同じく振る舞ってください」
    「……はい」

     分かっているのか分かっていないのか、彼は一礼すると、肩を落として部屋を出て行った。その後ろ姿がまた実に人間臭く見えてしまい、彼を作った古代シーカー族の何某をわたくしは呪った。

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