「つかさぁ……アスターとサミュエル、金魚ちゃんに似過ぎじゃね?」
「僕もさすがに自分と同じ顔でルールなんて口にしてるのは違和感が凄い」
「アスターのアレは面白過ぎたわ」
面白過ぎたと言うフロイドに、からかわれる度にムキになって反応するアスターを思い出す。容姿は僕に似ているのに、中身はリドルそっくりに育ったアスターは、僕の子供の頃と比較しようのない程、純粋で真面目な性格だ。さらに少々頑固なところもあって、そんな何でも真正面から受け止める性格のアスターは、フロイドからしたらさぞいじりがいがあるだろう。
「あまりアスターをからかうな、あの子はリドルさんに似て真面目なんです」
「ん〜まぁ、それは約束できねぇかなぁ……それよりさぁ、サミュエルはアズールから見てどんな子?」
ニタリと笑ったままの視線が僕を見る。その含みのある視線を横目でちらりと見た僕は、視線を前方に戻し「サミュエルはお前に似ていない、良い子だよ」と言ってやった。
「あはっ! なにそれぇ、わざわざそこもケンセーしてくんの? トーサンはヨユーないねぇ……てかさぁ、オレだってサミュエルがアズールと手ぇ繋いで〝とうさん〟なんて言ってるの違和感ヤベェんだけど」
「そう言うお前だって、牽制を掛けてるだろ」
先程から笑っているくせに肌がヒリつく視線で僕を見てるくせに何を言ってるんだと言ってやれば、「仕方ねぇじゃん、腹立つもんは立つしぃ」と頬杖をついて頬を膨らませた。一九〇オーバーのデカイ男が頬を膨らませたって気色悪いだけだ。
ふぅ……と、怒りとともに息を吐き出し「サミュエルは……」と言えば、フロイドの視線が僕をちらりと見る。
「あの子は、絵を書くのが好きで、アスターがリドルさんと料理を作っている時は、大体一人で絵を描いてるよ」
「へぇ……それで?」続きを促されて、僕はアスターとサミュエルの日常を話す。
朝起きたら必ずヨダレまみれの顔に、髪の毛が寝癖で乱れ、それを見て二人で笑って顔を洗い、その後リドルが丁寧にブラシで跳ねを戻している。朝から食事も豪快で、何度も「おかわり!」とリドルに空の皿を渡す。朝食が終わったら、出勤する僕の車を見送って、その後は家の中を一階の端から二階の端まで二人で走り回る。あぁ、もちろん、階段を飛び降りる遊びは、危ないからもうしないようにとキツく言い聞かせ約束させた。
昼食を食べたら少し昼寝をして、起きてリドルの作ったおやつを食べたら、庭に出て二人で走りまわる。もちろん、外に出る時は必ず帽子をかぶり髪の色が周囲に見られないように気をつけなければならない。そうやって家の敷地内でも注意をはらう。リドルと僕との約束を二人はきっちり守っていた。
そうこうしてる間に、僕の帰宅時間が近づけば、リドルが夕食を作り始める。その時間になったら、二人はリビングで子供向けのアニメを見て、ソファーをトランポリン代わりにして跳ねては飛び降り、リドルに「危ないよ」と注意される。
リドルの夕食作りが終わる頃、大体僕も帰宅して二人を風呂に入れる。片方の髪や身体を洗っている途中、もう片方が風呂場で騒いで遊ぼうとするから、最近では、二人同時に頭を洗うようになった。そうすれば大人しく洗われてくれるだけでなく、面白いからと二人が進んで同時に洗って欲しいと言うようになったからだ。それをリドルに話せば「キミって器用だね」と驚かれてしまった。
風呂を出てからもいつも大変で、身体を拭いている最中に遊びだして酷いと喧嘩が始まる二人を人力で着替えさせるのは至難の業だった。人力では無理だと魔法を使って着替えさせれば、次は「魔法をもっと見せて!」と二人にねだられる事になり終がない。なので、最近では自分で服を着ることを覚えさせるように務めた。二人とも、ポタンの掛け違いや、前後ろ逆に着ては、互いのへんてこな姿を見て笑っている。
そんな二人に対し、リドルはどうにも甘い。本人はその意識がないようだが、母親に厳しくされて育てられた反動か? 必要以上に二人を甘やかしている。抱っこまでは仕方ない。が、自分の子だといっても、未だに「さわると安心する」と二人が言うからといって、胸を触らせるのはどうなんだ? しかも、少し前までは直接触って、未だ胸を吸っていたと聞いた時は、さすがに甘ったれ過ぎだと眉間に皺がよった。僕も子供の頃は大概甘ったれだったが、さすがに〝これ〟はこの年齢ではとっくに卒業していた。
そこも含めてリドルと話し合い、子供たちのためにならないと言えば、唇を尖らせて不機嫌になるから、「そんなに吸って欲しいなら、僕がベッドの中で吸ってあげましょうか?」と脅せば、顔を赤にも青にもしたリドルが慌てて「わかった、もう二人にはやめさせるよ」と訂正し、今、アスターとサミュエルは絶賛乳離れ中だ。
とまぁ、それは置いておいて、そうやってせわしない風呂を終えれば、二人の待ちに待った夕食を平らげ、その日一日あった事を二人が僕に報告するのをソファーで聞いて、七時過ぎた頃に二階の寝室に連れて行って寝かせれば、空で言えるほど読み返した絵本を二人が眠るまで読んでやる……これが二人の朝から晩までの日常だとフロイドに言えば、その光景を想像して、フロイドが目を細めた。自分が直接側でこの光景と積み重ねを見られなかった悔しさと、リドルと子供たちへの愛しさが込み上げるフロイドは、初めて見る、まるで〝父親〟のような横顔で「そっかぁ」と言葉にし難い表情を浮かべた。
「やっぱ金魚ちゃんおもしれーわ」
はははと笑う声はどこか力がない。
それもそうだ、僕だって今となってはずっとリドルの側にて、子供たちの成長を最初から側で見ていたいと思っている。僕でこれなのに、フロイドからしたら、昨日唐突に、リドルとの間に知らない間に自分そっくりの四歳になる子供がいた事を知り、なのにリドルは僕と結婚して妻という立場に収まっている。全てにおいて、この空白の大きさにショックを感じてあたりまえだ。
それでもその空白を埋めるために、フロイドは既に気持ちを切り替えていた。リドルを、そして子供たちを自由にするとそう言った。
「お前、家を継ぐのか?」
僕は、ずっと考えていたことをフロイドに聞いた。
anathemaを潰す事は不可能に近い。どれだけ真実をこの世にばら撒こうとしても、すぐさまanathemaを有用視する世の権力者たちにより潰されるだろう。しかし、例えば……リーチの財務を動かせる立場になったら、奴らへの投資額などによってanathemaがこちらに物理的に手を出せなくすることができる。
それには、王侯貴族、政界、財界に並ぶ額を提示しなければならない。ざっと見繕っても最低、億単位のマドルが必要のはずだが、表家業の海と陸の不動産業、大型商業施設経営、ジュエリーブランド等を初め、裏の方では用心棒に始まって簡単に口に出せないような仕事までやっている。そんなリーチの総資産額を考えれば、anathemaへの投資など全く問題なくクリアできる。
けれどもこのウツボの双子と出会ってずっと、家業を継ぎたくないという話しばかり聞いてきた。それを、リドルの為に曲げてまで、リドルと子供たちの自由の為に自ら枷をはめるというのか? あの誰よりも拘束される事を嫌う男が?
今の僕には、リドルをあの状況から開放する手段なんて想像がつかない。せいぜい、偽名で大学に通わせる事しかしてやれないだろう。身元のはっきりした裁判官にはしてやれないし、魔法医術士になったところで、田舎の小さな診療所に務めさせることしか出来ない。リドルの能力から考えても、その程度の役職に収めるなんてあまりにも能力の無駄だ。
夕焼けの草原であれだけコネを作っても、今の僕ではリドルや子供たちを自由の身にしてやることが出来ない事実が悔しかった。
僕が「家を継ぐのか?」と聞けば、フロイドは「う〜ん」と考え込む。
「うーん、それなんだけどさぁ……アズール今日は会社ぁだっけ? 休んでさぁ、オレの家に来ない?」
ギザギザとした歯を見せて笑う姿は、ミドルスクールの頃から何度も見た。この顔をして笑うフロイドの考えはいつもろくなもんじゃない。
「僕は今から仕事だ」
「そんなの休めばいいじゃん! オレさぁ、とりあえずオヤジに色々話すついでに、ジェイドにもしーっかり、お礼しなきゃなって……アズールもその辺、腹立ってんじゃねーの? だから来なよ、ウチ」
あはっと笑う声は、今にも暴れだしそうな声音だ。このウツボの双子とは、ミドルスクールからの付き合いで、最初こそ上部だけの付き合いだったが、その最初を終えた頃には殴り合いの喧嘩なんて日常茶飯事だった。それこそ、ナイトレイブンカレッジ一年の時は、同室だったせいで、なにかあればすぐに殴り合いになった。
やれフロイドの荷物が境界線を越えただの、夜中ジェイドの腹の音がウルサイだの、僕が徹夜していればデスクライトの光が眩しいと、それだけのことでも喧嘩が始まり、人魚の異常な回復力がなければ、僕たち三人の顔には常に青痣があっただろう。
ひとり子の僕は、この物騒な兄弟のお陰で人生始めて殴り合いの喧嘩をして、その時、この関係が終わったとさえ思った。なのに翌日、二人が何もなかったかのように僕に話しかけ。そこで初めて、この二人相手なら喧嘩程度で関係が壊れたりしない事を知った。
僕のこの二人に対しての〝思うところ〟は、きっとこういう所から生まれている。いまだ僕の中で名前がつけられず〝腐れ縁〟と称する関係は、リドルや子供のことを差し引いても、どうにも切れない。
頭の中でどれだけ考えても、僕のプライドや執着そういった気持ちが渦巻いて最後、僕の手札では現状を変えることが出来ないリアルに奥歯を噛み、僕は路肩に車を止めた。
「お前は本当に、『anathema』からリドルさんを自由にできると思うか?」
「それはまだわかんねーよ。でも、あんな家の中でずっと隠れて、見つかりそうになったらまた逃げてを繰り返すなんて、めんどくさくねぇ? だったらさぁ、今ある一番の近道を使えばいいんじゃね?」
確かに、このままずっと逃げ隠れするなんて、アスターとサミュエルが大きくなればなるほど難しくなるだろう。ならその前に、打てる手があるなら、最大限の手を打って、少しでも足掻くべきだ。なぜなら僕は、リドルの夫で、二人の父親だ。どうするべきか、最初から既に答えは一つしかない。
「Athēna」と車に搭載されたバーチャルアシスタントに一声かければ、車内に取り付けられたタッチパネルにオリーブの木が表示される。
「ダニエルに電話を繋いでくれ」僕の指示に、女の声をした機械音声が「かしこまりました」と電話をつなぐ。
「ダニエルって誰?」
「会社の上司だ、大人しくしてろ」
コールすると二コール目に電話に出る上司は、実に仕事のできる男だ。
「Hola! アーシェングロット、朝からどうかしたか?」
明るい口調の男に、僕は演技掛かった声色で挨拶もそこそこに「しくしく」と演技をすれば、男は途端に神妙な声になる。
「実は……私の故郷の海の友人が大怪我を負って、このままだと命が危ないと連絡が入りまして……どうしても今すぐ一目、大切な友人に会いに行きたいんです……!!」
悲壮感漂う声で演技すれば、男はすぐに「そいつは大変だ! 数日休暇をやるからすぐに会いに行ってやれ」と僕に提案してくれた。
「ありがとうございます……本当に心から感謝します」とそう言って電話を切ったその直後、僕の広角が上がる。
「あはっ! アズール、大怪我負った故郷の友人って誰?」
「それはもちろん、未来のあいつしかいないだろう?」
アイツのせいでサミュエルが大変な目にあったんだ、元からジェイドにはきっちりお礼をするつもりでいた。リドルと子供たちの自由のために動くついでに、ジェイドにあの時の礼も出来るんだ。これほど意味のある休暇もないだろう?
僕がそう言えば、フロイドと二人、顔を見合わせ僕たちはニタリと口角を上げて笑い合う。
バックミラーに、ちらりと視界に入った今の自分の顔。あぁ、この顔だけは、リドルや子供達には一生見せないように注意しようと心に誓った。