朝焼けに照らされ赤く染まるリドルさんは、首無しトランプ兵の頂の上、まだ寝ぼけているのか、幼い子供のような仕草でキョロキョロと周囲を見回す。この姿だけ見れば、彼がこの屍の山を築いた張本人だなんて、誰が思うのでしょうか?
しかも、これほどグロテスクな死体の山を目の前にしているはずなのに、なぜか醜悪な作り物を目の前にしているような印象を受けるのは、先程から香る薔薇の芳香のせいだ。彼の首無しトランプ兵……その流れ出る血は薔薇の雫に変わり、その体は薔薇の茎や蔓に変わってしまったようです。この光景に、リドルさんを神や悪魔の様に例える人たちの気持ちがわかってしまいますね。
目の前の光景に圧倒されたのか、インカムを通しイヤホンから誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。昔の彼を知る皆さんの目には、一体どう映っているんでしょうかね?
僕たちに周囲をぐるりと囲まれたリドルさんは、懐かしい面々との再会に上機嫌になったようで。長く濃い睫毛に縁取られた大きな瞳を瞬かせ「おはよう、久しぶりだねみんな」と嬉しそうに立ち上がり、その場でクルクルとドレスの裾を舞い広げ回る。その姿が奇妙なほど子供じみて、ここ最近見たあの子供たちの母親として振る舞うリドルさんと結びつかない。
『みんなも、もう一度作戦を伝えるけど——』
最終確認だと、イデアさんがこの場の皆さんに告げる。
『あと一時間ほどで、マレウス氏がこっちに到着する。それまでの間、なんでもいいから会話を広げて時間を稼いで。もしも、リドル氏が攻撃するような素振りを見せたら、自分の身の安全を第一に逃げてくれていい。その時は、君達の直ぐ側に控えてるカローンやマジカルフォースが盾になるから……』
『脱出の際は、ボクが衛生カメラから確認して、みんなを確実に安全な場所まで誘導するから……だからみんな、絶対に死んじゃだめだよ!!』
ぷつりと音声が途切れると同時、リドルさんが、自分を取り囲む懐かしい面々の中に、特に結びつきの強い彼らを見つけ、大輪の花が咲いたかのような笑顔を向ける。
「トレイにケイト、エースやデュースも! 五年ぶりだね、元気にしてたかい?」
急に話しかけられ、あまりにも自然にこぼれるその笑顔に、危険だと感じた四人はグッと息を詰めた。今すぐ逃げ出したい気持ちと、リドルさんを止めたい気持ちとがぶつかり合って葛藤するその横顔に、それでもイデアさんの指示にあった事を思い出し、トレイさんが「久しぶりだな」と挨拶を返す。
「お前が学園からいなくなって、あの後は色々あったよ」
「本当にごめんね、手紙ひとつでいなくなるなんて、ずっとボクを補佐してくれたキミやケイトへの不義理だと分かっていたんだけど」
「事情が事情なんだ、仕方ないよ……それに、手紙での指示や計画表も……あれがあったおかげでずいぶん助かったよ」
「そうそう、オレやトレイくんだけじゃない。寮生みんなでガンバったんだよ、リドルくんがいつ帰ってきてもいいようにって」
「そう……帰れなくてごめん」
「いいんだよ、リドルくんが幸せで元気にしてたんだって分かってから、だからあの時のことはもう気にしないでね」
申し訳なかったと肩を落とすリドルさんに、トレイさんもケイトさんも安心させるように言い聞かせる。
「そうだ! 実はあれから料理もたくさん覚えたんだ!! 子供たちも、おいしいって言ってくれるし、ボク一人で三段の大きなケーキや難しい焼き菓子だって焼けるようになったんだよ。良かったら今度、ボクたちの家に来ておくれ、ケーキだけじゃなくて、二人の為にごちそうもたくさん用意するから」
『ボクたちの家』と聞いたお二人は、途端に顔を陰らせる。それもそのはず、S.T.Y.X.のモニター画面に、作戦詳細で映し出されたアズールがリドルさんと子供たちのために用意した家は、荒らされ血に塗れ、もう人が住めるような場所ではなくなっている。そして同時に、リドルさんはもう二度とあの家に帰ることはできないのだから……
それをリドルさんに悟られないように、「あぁ、その時は俺もとっておきの苺タルトを焼いて持っていくよ」とトレイさんは返事をし、ケイトさんは会うことが叶わない、リドルさんの子供たちを想像し鼻の頭を赤くした。
「うん……うん、リドルくん……オレ、すっごく楽しみにしてるね!」
「り、リドル寮長……それってオレたちは仲間はずれなんですか?」
薄情だなぁ〜とエースくんが大げさに言えば、リドルさんがあたふたと慌てふためく。
「あぁ、エースにデュースも、そんなつもりじゃなかったんだけど……忘れてしまっていてごめん! もちろん二人にもアスターとサミュエル……ボクの子供たちお手製の招待状を送るよ。それに、子供たちがキミの手品を見たら凄く喜ぶと思うんだ!」
リドルさんが、自分の特技を覚えていたことに、エースくんがグッと胸を押さえる。
「は、はは……寮長に見せた時より、オレもっと上手くなったんでタダでは見せらんないな。お代にチェリーパイ、焼いてくれるなら見せないこともないっすよ」
「ふふ、キミは本当にチェリーパイが好きだね。いいよ、それまでいっぱい練習して、キミが驚くようなチェリーパイを焼いてあげるよ」
「約束ですよ、寮長」とそこまで言って、エースくんはズルズルと鼻をすすりながらとうとう、顔を上げられなくなったのか俯いてしまった。
「ローズハート寮長、お久しぶりです」
「デュース、キミ。その制服、本当に魔法執行官になったんだね!!」
「はい。これもローズハート寮長が付きっきりで勉強を教えてくれたおかげです。本当にありがとうございます!」
デュースくんが、腰を深く折ってリドルさんにお礼を言う。
「キミは、勉強に関して土台が出来ていなかったからね。それをもう一度初めからきちんと積み重ねれば、持ち前の根気で出来るようになることは分かっていたよ」
「ありがとうございます!」
「ボクの子が、魔法執行官が主人公のアニメが大好きでね、あの子達が知ったらとっても喜ぶと思うんだ! だから、仕事が忙しいかもしれないけれど、もし良かったらキミにも招待状を送ってもいいかな? もちろん、キミの大好きな卵料理もたくさん用意しておくよ」
「あ、ありがとうございます……僕、すっごく楽しみにしてますね!!」
にこりと笑うデュースくんの目尻が、遠目から見てもわかるほど赤くなっていた。