「ところでリドルさん、フロイドとアズールは、どうしたんですか?」
「……ッ!!」と小さく息を呑む声を上げたリドルさんが、先程までの笑顔を崩し、その顔色を青くする。
「それにアスターくんとサミュエルくんも……皆さん姿が見えませんが……今どちらにいらっしゃるのですか?」
僕がこう切り込めば、イヤホンからイデアさんのひどく慌てた声が聞こえる。周囲の方々も身構え警戒し、何かあれば一番に僕たちをここから逃がすため、背後に身を潜めていたS.T.Y.X.のカローンもマジカルフォースも、リドルさんの暴走を想定していつでも対処できるように隠れて攻撃態勢を取る。
そして当のリドルさんは、顔を両手で押さえブルブルと震え、何かを思い出しているのでしょうか? びっしょりと額に汗を掻き、過呼吸のような息遣いに苦しそうに喘ぎとうとう、膝をついて両手で顔面を覆い、その両目を呪石の赤色に光らせそして、「みんな……死んでしまったよ」と苦しそうに言葉を吐き出だした。
やっぱりと声に出さなくとも、皆の落胆するような声がイヤホンを通してあちこちから聞こえ。僕の中でストンと、あぁ、これで本当にこの世界はいよいよつまらなくなってしまいましたねと感情が落ちる。けれど、せめて最後に二人がどう死んだのかだけでも、僕はリドルさんに聞かなければならない。
お話を聞こうとすれば、リドルさんは、震える声で「でも……」と言葉を続ける。
「でも、だ……大丈夫……呪石に願ったんだ……だから、アズールとフロイドが生き返れば、また……アスターとサミュエルを産んであげられる……もう一度、家族みんな、あの家で、幸せに暮らせるんだ……!!!」
そうやって、未来を夢描くリドルさんの表情には、愛するものを失った悲壮感ばかりが滲み出ている。
(あぁ、リドルさんに好きになって欲しいと、これまでずっと必死に足掻いた二人の想いは届き、リドルさんにこれほどまでに愛されるようになったんですね……それなのに)
「僕の兄弟も幼馴染も、それを知らぬまま死ぬなんて、本当に運のない」
無視していたせいで、インカムを通し先程からイヤホンには雑音ばかり聞こえてきて、そろそろ鬱陶しいですねと、ポイと投げ捨ててる。
「六番倉庫解錠」
こちらに派遣される前に父さんから預かっていた、ファミリーの武器庫に繋がった武器召喚用カードキーに魔力を流せば。地面にリーチファミリーのマークとともに魔法陣が描かれ、軍から掠めた兵器が保管してある武器庫へとつながる。父さん自身も『オーバーブロットした魔法士相手にどこまで通用するのかは分かんねぇが』と言っていましたが、リドルさんを守ろうとする肉壁の処理程度には役に立つでしょう。
手始めに手榴弾のピンを引き抜いて投げれば、距離まで届くかなど関係なく、驚いたリドルさんを守るように首無しトランプ兵が自分の意志で持ってその身でリドルさんを守る様に覆い隠す。
着弾すれば大きな爆発音と共に爆風が起こり、辺りから悲鳴が上がる。ですが皆さん、さすがはナイトレイブンカレッジを卒業なされただけある。爆発の中心点より半径三〇メートル。普通ならば破片により重症の怪我を負ってもおかしくない所、見事な防衛術で皆さん傷一つ負わなかったようです。
『何やってんだ!?』『死んだらどうするんだ!!?』上がる怒号に「皆さん、さすがですね」と微笑む。
辺りにむせ返える青々とした薔薇の香りと、手榴弾の硝煙に混じり「どうして」と震えるリドルさんは、信じられないものを見るような目で僕を見つめる。そんな異常者でも見るような表情……僕、とっても傷ついてしまいました。
僕から実を守るために、リドルさんが自身の首無しトランプ兵をざわりと動かせば、僕たちを助け逃がすために躍り出たカローンやマジカルフォース隊員の首が一瞬で刎ねられ、地面にゴロリと転がって、辺りから悲鳴や叫び声が上がる。
しかしやはり、イデアさんの言った通りリドルさんは友人である僕たちの首は刎ねられないようですね。昔は教育指導と称して、ご友人も関係なく首を刎ねられていたのに……ずいぶんと丸くなられたようだ。
僕は質問しただけなのに、リドルさんを傷つけたと認識する首無しトランプ兵の方々が、僕を押しつぶさんと波のように押し寄せた。
「おやおや、これはいけませんね」
すぐさま武器庫からレミントンM870ショットガンを呼び寄せ、向かってくる波に向かい撃てば、薬莢に詰められた火魔法が着弾し首無しトランプ兵の一部を焼いた。魔法での戦いに耐性があっても、こうやって武器を向けられる耐性のないリドルさんは、殺傷のみに特化した圧倒的な火力が自分に向けられた恐怖からか? 怒りよりも恐れに飲まれ、彼を守るために焼かれ崩れ落ちていく自身のかわいい首無しトランプ兵を見つめていた。
「どうして!? なんでこんな酷い事を!? キミだってアズールとフロイドが死んでしまうなんて嫌だろう!??」
「えぇ、彼らは僕にとってこの世界に楽しみを提供してくれる、本当に大切な兄弟と幼馴染でした。僕も、彼らを失って本当に辛いんです……」
しくしくと涙を拭うような素振りを見せれば、リドルさんが「だったら!」とパッと顔を明るくする。が……
「ですがリドルさん、死んだ人間は生き返りません」
一瞬でリドルさんを地獄に突き落とす僕の一言が、ギリギリで維持した彼の心を砕いていく。
「そ、そんな事ないよ……だって呪石に願ったんだ、皆んなが生き返ります様にって……」
「ですが実際、その呪石の力を持ってしても、未だ誰も生き返ってなどいません。神の御身が一欠片などと大層な名前で呼ばれてはいても、呪石は神ではありません……人を生き返らせるようなことは出来ないのではありませんか?」
「そ、それはまだ、何か条件が足りてないんだ……昔見た古代の呪術で、生贄を捧げれば生き返ったと本にかいてあってね……だからきっとそれを満たせばきっと……!!!」
「ハァ……」と大きくため息を吐けば、リドルさんが目に見えてわかるほど体を震わせ怖がった。
「リドルさん……では、もし彼らが生き返ったとして。アズールやフロイドはともかく、アスターくんとサミュエルくんは、リドルさんが自分たちを生き返らすために、大勢の命を奪ったと知ったらどう思うのでしょうかね?」
それにもし生き返ったとしても、この呪石のことだ、ただの悪趣味な木偶にしかならないのではないだろうか?
(あぁ、それは少し、面白そうかもしれない)
その言葉に、パンッと弾かれた様に顔を上げたリドルさんは、自分を守る首無しトランプ兵、そして過去に置き去りにした友人知人の表情を見回しそして、返り血を吸って赤く染まった自身の手のひらを見つめた。そこでやっと、ご自分が取り返しのつかない所まで来てしまったことに気づいてしまった。
「だって、だってボクは、どうしても、みんなとあの家に、帰らなきゃって……フロイドに、彼が食べたいと言ってくれたボクのミネストローネを作ってあげて……アズールだって一ヶ月に一回のチートデーだから、たくさん唐揚げを使って……あの日、みんなで、いつものように……なのに、ボクは……ねぇ、なんで、こんな事になったの?」
「さぁ? たまたま最悪が重なった結果ではないでしょうか? それよりリドルさん、フロイドとアズールはそこにいるんでしょう?」
僕が指さしたのは、リドルさんと同じく、分厚い肉壁に守られた部分だ。先程の僕の攻撃で、首無しトランプ兵達はリドルさんとこの場所を必要に守っていた。だから狙いをつけてリドルさんにそうお聞きすれば、短く悲鳴を上げたリドルさんの意志を汲んだ首無しトランプ兵が、凄まじい勢いでこの場から逃げようとする。
「逃しませんよ」
そう言って僕は、怯え逃げるリドルさんを追いかけた。