GIFTショウケースのガラス窓に映った友人の顔のなんと面白いことか。
犬の垂れ尾のような緑髪がピョコンと左右に跳ね、眉間にしわをよせ深刻に考え込む。眉尻が下がったかと思えば弾んだようにパッと顔を上げ、またしぼんでを繰り返す。
「こういうことを頼むのはお前が一番適任な気がする」
と少し偉そうな口調で言われ、けれど海は意気揚々と街までついてきた。
友人が、人に贈り物をしたいのでその品を一緒に探してくれというのだ。
恋人は相も変わらず魔導の教示に忙しそうで、今日のところは夜まで構ってもらえそうにもない。
暇つぶし云々を除いたとしても、こんなに面白そうな話はない。
是非とも協力したい気持ち半分。野次馬根性やゴシップめいた気持ち半分で、海はフェリオの隣を歩く。
「ねえ、イーグルのお誕生日ってまだ先じゃなかった?」
街を歩きながら海が言うと、フェリオはびくりと肩を揺らした。べつにその名を呼んだからと言って何か天変地異が起きたり災いが舞い込むというわけでもなしに。
「少し語弊があった」
と、フェリオは言った。
「たしかに何か品を送りたいとは言ったが、これはその、全くそういうアレではなくてだな」
「アレって?」
「〝プレゼント〟だったか。お前たちの国で言う、そういう類のものを探しに行くわけじゃないんだ。まあなんていうんだ、日ごろの感謝というかなんというか」
「イーグルのプレゼント攻撃すごいものね」
「攻撃……いや、なんにせよされてばかりじゃ悪いだろ。貸しを作りっぱなしなのもしゃくに障るし、ちょっと気が向いただけなんだ」
全然深い意味なんてない。
フェリオは言葉を足し、ショーケースの前でガラス窓に額が擦りつきそうなほど顔を寄せて、中の品々を見た。
(〝気が向いた〟だけねえ)
真剣に品を探す友人の横顔を、海はあきれたような、けれど微笑ましいようなため息をついて眺めた。
「なあ、イーグルはどんなのが好きだと思う? お前仲が良いだろ」
「仲の良さならそっちのほうが」
海が言うと、フェリオは「わかってないなあ」という顔をした。
「女の目から見てってことだよ」
「〝女の目から〟見た視点でプレゼントを選びたいの?」
海が尋ねると、フェリオは思い切りむせこんだ。
「そういうわけじゃない」と絶え絶えに言い、気まずさからかフェリオは海を置いて足早に歩みを進めた。
「いっそイーグルに聞いてみちゃえば? 何か欲しいものはない? って」
「聞いても『どんなものでも嬉しいですよ』しか言わない」
「言ってそーう」
語尾を緩め、海は可笑しそうに返した。
「〝僕はどんなものでも嬉しいですよ。そう、フェリオがくれるものなら……〟」
海が声を低くし、少しの気障(キザ)な空気を混ぜてそんなことを言うので、ついにフェリオは海の後頭部をペシと叩いた。
さほど痛まない頭を押さえ、海は「イーグルの好きなものと言ったら」とつぶやいた。
「やっぱり、私があげるとなるとケーキになっちゃうわね」
「〝なっちゃう〟ってことはないだろ。それだって立派な贈り物だ」
「ありがと。そうねえ、でもたしかにイーグルほどの人となると身に着けるものだって国やお父様たちが用意したそれなりのものだろうし、服や装飾品をあげるのも難しいわよね」
「それなんだよ」
フェリオはさもありなんとばかりに言った。
「〝あんな感じ〟だけど、あいつ一応一国のお偉いさんだろ」
海は、言いたい言葉を飲み込んで目の前の王子の言葉に相槌を打った。
「そもそも俺なんかじゃつり合いが取れないっていうか、何か贈り物をする時点でおこがま――」
海が相槌をうちながら、ウサギの形をした愛らしいぬいぐるみを「これはさすがに違うわね」と呟き籠の中に戻したところだった。
「それは違うんじゃないかしら」
ぬいぐるみではなく、フェリオに向けて海は言う。
「つり合いとか、そんなこと考えていたら一歩も進めなくなっちゃうわ」
海の青い瞳に、一瞬ばかり淡い紫色の光が混ざりこんだ気がして、フェリオは目を瞬いた。
七百も年上の人物を相手に、片思いと失恋がほぼ確定していたあの状況から、見事恋人の座を手にした女の言葉には説得力がある。
出会った頃とは随分違う、大人の女性の表情をした海にフェリオは動揺を止められず、何の言葉も発せないでいた。
「イーグルはどんな気持ちで〝プレゼント攻撃〟をしてると思う?」
海は、別のぬいぐるみを手に取り言った。
「あなたに気に入られたいから? 恩を売っておきたいから?」
反語的な意味合いで出した言葉のつもりだったが、海は言ってから「なくはなさそうね……」と苦笑いをし、けれど首を横に振った。
「違うでしょ?」と。
フェリオはフェリオで「そうでないことを願う」と神妙に頷く。
「喜んでほしい?」
フェリオはもう一度頷いた。
「それってもはや恋じゃない」
その笑みは、彼女が時折見せる慈愛に満ちたもので、なるほどこの笑顔を真正面から、そして自分のためだけに向けられるのだとすれば、あれほど海の気持ちをかたくななまでに拒んでいた導師が、ついぞ傾いだ気持ちもわからなくはなかった。
フェリオは、ほとんど泣きそうになっていた。
姉がいれば、もしかしたらこんなやり取りをしていたかもしれない。
持て余したこの感情を相談する相手が、一人でもいることのありがたさが身に染みる。フェリオは海が手にしたぬいぐるみをそのまま購入し、海に手渡した。「今日の礼だ」と。
―――
フェリオが手にした、美しい若草色のリボンのかかった大きな箱を見て、イーグルは目を丸くした。
「深い意味なんてないからな。日ごろの感謝とお返しだ」
先日海に言ったのとほとんど同じ言葉を吐き、
「いいから受け取れ」
と言って箱をぐいぐいと押し付ける。
細い指が、そっとリボンをほどいていく。
箱を開けた途端、イーグルの顔がほっと綻ぶ。頬には少しの赤みすら差していた。
そんな顔が、まともに見られない。
けれど見逃すのも惜しく、フェリオは両手で目元を覆い隠し、その隙間から彼を覗いた。
end
(それって恋じゃなーーい)
(もはや恋じゃなーーい)←コーラス