好きって言いたい言わせたいほんの戯れというか。欲が出たとでもいいますか。
そういえば言ってもらったことがないなあと思ったのがきっかけだった。
別に本気の言葉じゃなくても良かった。
ただ、その二文字を言ってもらえさえすれば。
私はその深い声をずっと心に覚えて、宝物みたいに何度も何度も慈しむことができるんじゃないかと、そんなふうに思ったから。
だから、クレフがあんまりにさらりと言ってのけるので面食らってしまった。
―好きに決まっているだろう
いや、あの、そういうんじゃなくて。まあ、それはそうなんだけど。
私の動揺を収まらせる気がないのか、あげくクレフは「お前は違うのか」とまで尋ねてきた。
そんなわけない。
好きよ。人として。尊敬してる。大好き。人として。
そんな言葉を口からペラペラとたれ流すことには慣れていたはずだったのに、私はなぜだか一言の文字も発することができなくなってしまった。
陶器の置物みたいに口をぽかんと開けて固まり、クレフの顔をただただ見つめることしかできない。
クレフは、私の言葉をじっと待っている。
寂しそうに眉尻を下げた表情はまるでおやつをねだる子犬みたいで、存外かわいいなどと思ってしまった。
かと思うと、いつまで経っても何も言わない私にしびれを切らしたのか、
「ウミ」と、クレフが私の名前を呼んだ。
その瞬間、視界が変わる。
端正な顔が真正面にわずか近づく。
クレフが私の顎を指でそっと持ち上げたのだと気づいた時には全身の血液が顔に集まったような気がした。
「ウミは、私のことが好きではないのか」
追い打ちの言葉。
子犬の顔はいつのまにか鋭い野犬の表情に変わっていて、
強い視線が心の声を無理やり引き出すみたいに私を差した。
「クレ…ふ…」
顎に触れられたままパクパクと口を開閉し、結局は何の言葉も継げない。
するとクレフはふと噴きだし、両の手のひらをこちらにひらひらと向けてきた。
〝降参〟のポーズのようにも見える。
「私が悪かった。そのような反応をされるとこちらが意地の悪い戯れをしているような気になる」
苦笑いをしながら、クレフが言った。
「あの、クレフ、私…」
「言わずとも良い」
私の言葉を封じるように、クレフの指が唇に触れた。
「そんな顔をみれば否が応でもわかる」
瞬間、クレフの顔が再び近づいてきた。
思わずぎゅうと目をつむる。
やわらかい髪が頬に触れ、そのあと、吐息と共に私の耳元へ深い声が降ってきた。
「その言葉はまた今度聞かせてくれ」
楽しみにしている。そう言い残し、クレフは去って行った。
私はふにゃふにゃと床に崩れ落ち、しばらくの間その場を動くことができなかった。