君には何も教えない「信じられない! こんな怪我してきて!」
心配を通り越すと彼女は怒るらしい。
「ごめん」と口では謝りながらも、にやける顔を抑えられない。
「ちょっと! 笑ってる場合じゃないわよ! 頭でも打ってたら大変なところだったんだから!」
ひと際大きな声で海が怒った。陣の中で友達が震えている気がする。
怒った時の海は、崖から落っこちるよりもずっと怖い。
「足元が見えなくなるくらい夢中で探し物をしてたなんて。一体何を探してたのよ」
アスコットが、問いに答えることなく顔を伏せたので、海も深く追求することはなかった。
「まったくもう。気を付けてね。あまり心配かけないで」
薬を塗りながら、眉尻を下げた海の顔が目の前に迫る。アスコットは反射的に目をぎゅっとつむった。海の息遣いが顔に触れる。冷静ではいられない。染みる薬の痛みに集中することにする。というか、集中などしなくてもまぶたに塗られた薬は思ったよりも痛んだ。
「痛いでしょ。一番効くのを借りてきたの」
海は言った。
「痛いのがいやだったら、もう怪我なんてしないでね。探し物が有るなら次から手伝うから」
「それじゃ意味がないんだ」
「え?」
「なんでもないよ。ありがとうウミ」
ウミに礼を言い城の回廊に出たところで、会いたくない人に鉢合わせた。
クレフのさぐるような視線にアスコットはたじろいだ。怪我を見て眉根を潜めている。海が薬を〝借りてきた〟のは、きっとこの人の元からだろう。
そこにあって自分の今の風体。
クレフの中で符号は一致したに違いない。
「治癒魔法をかけてやろうか」と尋ねてこないのが、その証だった。
心配そうなクレフの表情の中、わずかに混ざった人間らしい感情の名前をよく知っている。気まずい静寂を打ち破るように、アスコットは口を開いた。
「ウミに手当てしてもらいましたから」
頭を下げ、クレフの元を足早に離れた。
背中が燃えるように熱い。恥ずかしさで消えたくなった。
問われてもいない問いへの答え。まるで無意味なけん制をしてしまった。
走って逃げ出したいほどだったが、くじいた足がそうはさせてくれない。
クレフはなぜ海の部屋の前に?
この後、二人はどんな会話をするんだろう。
アスコットはきつくまぶたを閉じた。
薬がまだ染みる。