no title今日は荘園で気まぐれに開催されるパーティの日。
やけに張り切って準備にあたっていたほとんどの女性陣は楽しそうに談笑し、一部の酒好きで宴好きな男性陣もワイワイと盛り上がっていた。
半ば強引に連れ出されたもう一部の男性陣は、酒をちまちま口に運んでいる者や、さっさと部屋に戻ってしまう者もいた。
パーティへの参加はほぼ強制ではあったが、いざ始まってしまえば各々自由に過ごすことができる。
いつものようにやれやれとした様子で食事の席に着いたノートンは、ひとしきり腹ごしらえを終えると、退屈凌ぎにパーティの様子をぼんやりと眺めていた。
正直、階級の差を越えて賑やかな社交の場に招かれるのは少し複雑だった。
この荘園には様々な事情を抱えた者たちが出身や身分を問わず集まっている。荘園主に課せられるゲームを充実させるには他の面々との協力が不可欠なわけで。そのためのコミュニケーションは適度に取る必要がある。元々このパーティも、気まぐれなんかではなく、交流を通した協力関係を築くことが目的だったらしい。
…そう、理解はしているのだが。
例えば、いまちょうど立ち上がった作曲家。
社交の場は慣れているだろうに、さっきまで人の群れから外れたテーブルでワインを傾けていた。まだ飲むつもりなのだろうか、キッチンのワインラックの前で立ち止まると、棚を一瞥しはじめた。
上品な仕立ての服を身にまとい、幼い頃から仕込まれてきたであろう品行方正で高尚な立ち振る舞い。裕福な生まれのそれらしく、高慢で、偏屈で、神経質な態度を隠しもしない。そのくせ、憂いを帯びた顔で眉間に皺を寄せ、なにか転機を求めるかのような焦燥感を纏っている。上流階級でありながら、現状の地位に満足できない傲慢さたるや。
ぼくがどれだけ足掻いても手に入れられないものに囲まれてきたくせに、まだなにかが欲しいだなんて。
…欲張りなやつ。
率直に言うと、上流階級のやつらとは極力関わりたくはない。ゲーム外でならば尚更だ。最低限の情報共有と連携ができていれば、ゲームに支障をきたすことはない。別に過度に干渉する必要も、互いを深く知る必要もないはずだ。実際、問題なく荘園でのゲームは行われている。
出自を問わないこの荘園で共同生活を送ることに不満はないが、いままでの暮らし柄かどうしても彼らへの抵抗感を拭うことができなかった。
…なんだか、今日はいつにも増して退屈だ。
恒例のように絡んでくる女性陣は別のことに興味が向いたのか早々に退いていったし、ガヤガヤと騒いでいた酒好きの男共も潰れ始めている。
いつもと違う豪華な食事が用意されるため、流されるままに出席していたが、毎度有意義とは言えない時間を労している気がする。食うだけ食ったら、さっさと部屋に戻って自室で過ごす方が余程懸命だ。ダラダラと食後酒に口を付けていたが、存外自分もパーティ気分に浮かされていたみたいで釈然としない。このまま会場を後にするのもなんだし、酒だけ見繕って自室で一杯やるのもいい。
「…あ、」
立ち上がって気付く。そうだった。
ワインラックには作曲家が立っていた。
彼は悩んだ様子でワインを眺めてから、手に取っては戻してを繰り返している。数十種類あるワインボトルは棚にビッシリ並んでいるため、しばらくはあぁしているのだろう。
早く選んでどっか行けよ…
思わぬ邪魔がいて迷ったが、せっかくの上等な酒が手に入る機会を逃すのは勿体無い。
_________________________________________
「まだ飲むわけ?」
突然声をかけられて驚いたのか、少し目を見開いた彼は手に持っていたワインから視線を外すと、厄介そうにぼくの方を見やった。
少しの沈黙があったが、会話を振られた以上無碍にもできないのだろう、渋々といった様子で口を開いた。
「いえ、そろそろメインテーブルのボトルが切れそうだったので、追加のワインを選んでいたのです」
そんなどうでもいいこと聞いてない。
…平然と言っているが、適当に誤魔化されているのがわかる。ひとりで黙々と酒を流し込んでいたくせに、追加のワインを誰かのためにだなんて、無理がある。
そんなあからさまな誤魔化しではぐらかそうとするだなんて、随分と舐められたものだ。ぼくを相手にする気なんてないのだろう、それを隠しもしない露骨な態度が癪に障る。
それに、暗に邪魔だから退けと言ってるのがわからないらしい。お前のどうでもいい意地だけ提供して、尚も居座り続ける察しの悪さに苛立ちを覚える。
嫌味と皮肉は金持ち共の十八番だろ。
察しろよ。
「あっそ」
「……」
ぶっきらぼうに答えると、微妙な間が生まれた。
やっぱり、こんなプライドと舌だけが肥えたクソ貴族のことなんか無視して割り込めばよかった。
少し前の自分の行動に、心の中で舌打ちする。
「…私になにか」
素っ気なく彼が口を開いた。相変わらず気難しい顔で眉を顰め、チラリとこちらを横目で見る。取り付く島もない、警戒心が剥き出しで無愛想な態度はいっそ威嚇しているかのようだ。
お前に用も何もない。
「あー…、そこ退いてくれない?」
「……」
「ワイン。ボトルで貰いたいんだけど」
イライラを隠さず直接的に言えば、ようやく理解したのか作曲家は黙って一歩後ろに下がった。
とくに確認しないで赤っぽいのが入ってそうなボトルを適当に選んで手に取る。
部屋で雑に飲んで酔えれば問題ないから、とくにこだわりはなかった。
そこの見栄っ張りは選りすぐりしていたようだが。
「高価なものも飲むのですね」
「…は?」
「失礼、そちらは度数が高いので。あなたの口に合えばと思いまして」
なにこいつ?
明らかに他意を含んだ物言いだ。ぼくだって、その真意がわからないほど鈍感じゃない。訂正しているつもりだろうが、教養の差を前提に話をされているようでむしろ腹立たしい。
「なに?ぼくみたいな安い舌には勿体無いって言いたいわけ?」
神経がささくれ立つ感覚がして、つい語気が荒くなってしまう。
睨むように彼を見ると、とくに悪びれた様子があるわけでもなく、いつもと変わらない煙たい表情で眉間に皺を寄せている。威圧的な態度に物怖じするでもなく、皮肉は言うくせに、まるで被害を受けたかのような湿っぽい顔をしているが気に障る。
「…そろそろパーティも解散のようなので、私も失礼します」
少しの間の後、彼の言葉で辺りに目を向けると、たしかに人が疎になっていた。片付けをしている者も見られ、会場はどこかしんみりとした雰囲気が漂いはじめている。
作曲家は形式的な軽い会釈だけすると、パーティ会場から出て行った。
「………」
…心底気分が悪い。
いままで全く面識がなかったが、思っていた通り辛気臭くて、いちいち神経を逆撫でするような言動の男だった。皮肉った物言いは贅を得て慢心に満ちた上流階級のそれそのものだ。
よっぽどのことがない限り、あんなやつに近づくなんて懸命じゃない。
すっかり興が冷めてしまった。あいつのせいで、ワインを飲む気も失せたし、さっさと水を飲んだら部屋に戻ろう。
冷静になったら、いちばん嫌厭してるタイプの人間に話しかけるだなんてどうかしていた。案の定、彼の態度への苛立ちが尾を引いて残っている。
なんだか、あれだけ飲んでいたくせにいつも通り陰湿なまま、淡々とした態度で接してきたのにも腹が立ってきた。こちらを見下して、馬鹿にされていたような感じがして気に食わない。
文句のひとつでも言いたくなって、押し込むように水を呑み下すと、イライラしながらパーティ会場を後にした。