🍑に秘密の懺悔をしたい❄️さんの❄️🍑───僕は、お前に懺悔しなきゃいけない秘密がある。
畏まった様子で口を開いた男の顔は白い肌を染め上げるように酷く赤らんでいる。それなのに身に纏う雰囲気は自罰的で重苦しい。
思い返せばワインを口に運ぶペースが幾分か早かった気がする。そうやってほろ酔いを通り越して端整な顔のみならず耳や首元まで朱に染め上げていった千は気持ちよさそうな表情でテーブルに突っ伏したのが今から五分前のこと。顔を伏せる少し前から言動に妙を感じていたし、そのまま眠りに落ちてしまうのだろうという百の予想は外れた。勝手知ったるなんとやら、という風に慣れた様子で隣の部屋から毛布を頂戴した百は、そのまま千の身体へと包むように掛け、一旦その場から離れて水を取りにキッチンに向かおうとしたのだが───この空間において置き物以外の何物でもなかった千の手のひらが百の腕を掴んだのだった。
「ねえ、モモ」
機嫌良さそうにモモのことを話したかと思えば、次の瞬間には机に突っ伏して懺悔したいことがあるんだと緊張した声で言う。
「えっと、いきなりどうしたの?」
一体何が始まるんだと、脳裏にいくつもの最悪な妄想を浮かべながら百は身を固くさせた。
「……ん。モモには言っておかなきゃって思って」
「もしかしてオレ、ユキに何かした?」
「待って。なんでこの流れでモモが罪悪感を抱く方向に向かってるの」
「違うの?」
「違うよ……その言葉通り、僕がお前に謝らなきゃいけないって話」
「え、本当に何の話?」と百は困惑を浮かべるが、その腕は千に掴まれたままだ。
「モモはさ」
「……うん」
「僕のこと、好き?」
「……え?な、なに急にっ!」
思わず声が裏返った。
「いいから答えてよ」
「……そりゃ……好きだよ。大好き」
あの千が恥ずかしげもなくこんなことを言うなんて、やっぱり相当酔っているのかもしれない。だがそんな質問にだってもちろん答えはイエスだ。
百は千を尊敬しているし、千の音楽を愛してやまない。その全てを包み込むような優しさも、ストイックなまでのプロ意識の高さも、いつだって百の憧れだ。千と出逢ってからもう五年以上の月日が経とうとしているのに、その愛情は少しも薄らぐことがない。むしろ年々深さを増していっているくらいだと思う。
だからどんなに酷いことをされたって、酷い態度を取られたって、きっと嫌いになんてなれない。それは百にとって揺るぎない真実なのだが───こうも予防線を張るような態度をとられると、何かあったのだろうかと勘繰らずにはいられない。わざわざ懺悔したい話というのは一体なんだろう。
「じゃあ、さ」
「うん」
「……僕のことを嫌いになったりしない?」
「え?オレがユキを嫌いになるなんて絶対ないよ!」
「……そう」
千は百の腕を離すとそのまま突っ伏していた上体を起こして百に向き直る。そして、その真摯な眼差しで真っ直ぐに百を射抜いた。そのあまりに真剣な様子に、思わず息を飲む。
「……この前のオフも、今日みたいに僕の部屋で二人で晩酌してたじゃない?」
「うん」
それは百が覚えている限りでは、一週間前の出来事だ。
「あの時モモが飲みすぎちゃって、今の僕みたいに机に突っ伏して寝ちゃったんだよね」
「うん、そうそう。前から欲しがってたワインが届いたってユキが嬉しそうだったからさ」
「そうそう。モモのために買ってきたやつだよ」
「ええ、そうだったの?ユキ大好き!本当にありがとう!」
百は両手を合わせて拝むように大袈裟に感謝を示した。そんな様子に千も柔らかく目を細める。
「それでモモが寝ちゃった後ね。僕はあんまりお酒が入ってない状態で、手持ち無沙汰だったからずっとモモのこと眺めてたんだ」
「……へ?」
寝落ちしてしまった後のの話なんて初めて聞いたと、百は目をぱちくりと瞬かせる。
「で、その時に思ったんだよ。『あ、僕モモのこと好きだ』って」
「へっ?」
思わず声がひっくり返った。いきなり何なんだ、一体。そんな百の様子にはお構いなしで千が続ける。
「モモのことが好きだなって自覚してからは特に思うようになったんだけど、本当に僕はモモのことばっかりなんだなって思ったんだよね」
そう言って目の前の酔っ払いは嬉しそうに微笑んでいる。そう、笑っているのだ───なんだか優しげに微笑みながら百を見つめている。
「あの時のモモ、すごく可愛かった」
「あ、ありが、とう……?」
思わず照れたようにお礼を口にした。その百の反応に千はにこりと満足そうに頷いた。
「その時にモモのことを好きだなって改めて思ったし、そう思ったらキスの一つくらいしておかなきゃって思ったんだけど」
「……え? 今なんか爆弾発言があったような……」
ちょっと待って聞き間違い?と慌てる百を他所に、千は話を続ける。人の話を聞かないところはやはり酔っ払いだ。
「モモの言いたいことはわかるよ。僕が今更自分の気持ちに気付いたところで片想いだし、勝手に人の寝込みを襲うなんて最低だよなって思ったんだ」
「そこまでは思ってないけど」
「最初はモモのほっぺに軽くキスするくらいに留めようって決めてたんだ。だけど……」
百のツッコミを華麗にスルーして千が続ける。やはり人の話を聞かないところは相変わらずだ。いや、別の意味で話も聞かない男ではあるが。
「気が付いたらモモの口に触れてたんだ」
「えええぇっ!」
「それで、モモが『ん』って声を漏らしてね。その声で我に返ったんだ」
これが僕の懺悔だよ、と千が神妙に告げる。
だが百はそんな千の語りに、「あ、うん」と思わず素で返事をしてしまった。
だってまさか、あの千がそんなことをしていただなんて思いもしなかったのだ。
だがしかし───これは本当に懺悔なのだろうか?
「とりあえずユキの懺悔とやらはわかったよ」
「そう?それならよかった」
「……それにしてもさ、なんでユキはそのことをオレに伝えようと思ったの?」
百にとっては至極真っ当な疑問である。本当に懺悔であるのならその心のうちに秘めておくべきではないのだろうか。
「……。僕だって人並みの感情があるんだよ」
千は若干拗ねたようにそう言うと、唐突に百の手を握った。そしてそのまま自分の口元へと持っていく。まるで愛を伝えるかのように優しく指先に口付けを落とした。その思わぬ行動に百の肩がびくりと跳ねる。
「お、お酒飲みすぎた?」
百の口からは思わずそんな言葉が零れたが、その言葉に反応せず千はそのまま言葉を継いだ。
「……モモのことずっと大切に想ってきたんだ。お前のことをそういう意味では好きだって自覚する前から、ずっと」
「う、うん……ありがとう……?」
急に落とされた直球な言葉に動揺を隠せず、百は瞳をあちらこちらに彷徨わせる。
「だから自分の欲に負けてモモのことを汚すことなんて絶対したくなかった。……だけどね、好きって気付いてしまったらもうダメだったんだ。触れたくて触れられなくて我慢出来なくて───気が付いたらその唇が目の前にあったんだよ」
とんだケダモノだよね?そう付け足して力なく笑った男は自嘲するように目を伏せる。その顔には「だからごめん」とありありと書かれていた。