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    トキ/em

    @toki_em
    Twitterに載せるのにワンクッション置きたいもの、
    長い漫画のまとめ読み用を置く時とかに使っています。
    ワヒロくんまとめはこちら>https://min.togetter.com/emAKCiR

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    トキ/em

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    【ネタバレ】メインストーリー全部+光希くんサイドストーリー読了済み前提。幻覚と捏造が特盛です。

    『桜丞とヒメちゃんが会話しているだけの話(時間軸:紫暮高二の晩夏)』 WEB会議の最中、私用端末が光って無音の着信を告げた。
     右手で端末を取りながら左手でキーボードを叩く。
     画面内の会議に映っている顔はひとりだけだ。進行中のプロジェクトの説明をしている。会議の目的は別部門の責任者同士が各々の状況を共有することなので、社長である桜丞は既に参加者全員から個別に報告を受けている。
     内容は頭に入っているし、現在進行中の会議内容も録音中だ。
     だから録音状態を確認した上で、音声をオフにして自動字幕表示に切り替えた。
     画面に表示されている発言者の言葉がリアルタイムで文字列になる。ついでに画面端の参加者リストに並ぶ名前のひとつをタップし、個別メッセージを送った。

    『少しの間、任せるよ』
    『はい』

     ラ・クロワ学苑の会議室から臨席している息子は即座に返信してくる。
     それが届くのと同時に、桜丞は私用端末の通話ボタンを押した。

    「久しぶりだね、室媛くん。元気かい?」
    『ああ、頼城くん。今、大丈夫かな。忙しければ改めてかけ直そう』
    「問題ないとも。俺に相談なのだろう? 存分に頼ってくれ。力になるよ』

     室媛安慈。ALIVEに所属する研究者であり、桜丞にとっては古くからの友人だ。そしてラ・クロワ学苑のヒーローたちのミュータント化技術の確立においてもその力を借りている。
     室媛の協力もあり、ラ・クロワ学苑附属病院と頼城グループの共同研究チームは血性値の低い者でもヒーローになれることを証明してみせた――その結果は、桜丞の息子・紫暮が体現している。
     桜丞にとって願いのひとつが叶った結果だ。
     そんな彼が何かしら桜丞に頼みごとをしてくるのであれば二つ返事で引き受ける心づもりで先手を打つ。
     すると室媛は、通話の向こう側で小さく声をあげて笑った。

    『相変わらず頼もしい。だが、君に頼りたい話があるわけではないんだ』
    「そうかい? 何、些細な悩みでも気軽に相談してくれ」
    『ありがとう。今日は、そう――報告をひとつ、しておきたくて』

     室媛の声のトーンがわずかに沈む。
     桜丞は半分、画面の字幕に傾けていた意識の全てを通話に集中した。会議の内容は録音済みだし、何かあれば他の取締役や紫暮が対応するから問題はない。
     室媛は言葉をためらうようにしばし黙ってから、ふ、と息を吐いた。

    『――――ALIVEを退社することにしたんだ』

     桜丞はゆっくりとまばたきをひとつした。
     間を開けすぎないように言葉を返す。

    「それは、急な話だね」
    『実は夏の前から上に話はしていたんだ。引き継ぎをしていたら、夏が終わってしまったけれどね。なに、喰核生命体対策本部の研究班には、引き続きそちらの研究チームに協力をしてもらえるよう頼んである。安心してくれたまえ』
    「班長は引き続き坂橋くんかな?」
    『ああ。一度、本社に顔を出せるだろうか。改めて紹介しておきたい』
    「ではこちら側からも何人か連れていったほうがいいね。室媛くんの都合に合わせるよ。いつにしようか」

     会議の画面と並行してスケジュール一覧とメールアプリを立ち上げる。
     短いやりとりで日程と時刻を決めて、メールを送信する。
     宛先は室媛、紫暮、そしてラ・クロワの研究チームだ。件名は『ALIVE研究班担当者との引き継ぎ、及び顔合わせについて』。すぐに紫暮から「調整します」とメッセージがきた。何か予定が被っていたらしい。そちらには笑顔のスタンプをひとつ返して、桜丞は通話に意識を戻した。

    「君がALIVEからいなくなるとはさびしいよ。次はどこへ?」

     元々、室媛は生物学の研究者だった。
     その知識を活かしてALIVEでも喰核生命体研究に携わりながら昇進を重ね、研究以外の実務手腕を見込まれて喰核生命体対策本部の幹部になった。桜丞も人体の血性を意図的に増幅させるミュータント細胞の研究に於いて知恵を借りていた。
     自発的にしろ、引き抜きにしろ、経験と知識を活かした分野に転職するか、あるいは研究に専念するのだろう。
     そう考えた上での桜丞の何気ない問いかけに、室媛の答えはなかった。
     掌サイズの端末越しの通話にしばらく沈黙が落ちる。

    「室媛くん?」

     呼びかけると、静かに息を吐き出す音だけが聞こえた。

    『……しばらくは静かに過ごそうと思っているよ』
    「不躾なことをたずねるけれど、許してくれ。――どこか身体の調子が思わしくないのかな」
    『いいや。健康面は……ふむ。そうだな。病気に近いのかもしれない』

     室媛の言葉は重く、疲れを帯びている。
     そう感じてから、桜丞は、否、と即座に目を伏せた。
     疲れていることは確かだ。けれどそれだけではない。身体的な疲労。精神的な疲労。それに重ねて、何かを堪えているように、気配が重たく沈んでいる。

    「無理をたずねてしまったね。どうだろう。本社で会う以外に一度、俺と室媛くんの二人だけで会えないだろうか。その気があるなら、いつでも連絡してくれ。日本にいる時ならばすぐに駆けつけるよ」
    『ふ、相変わらずだな。君だって忙しいだろう、頼城くん』
    「友人の危機に駆け付け損ねたのならば、二度目の失態はおかすまいよ」

     室媛がわずかに息を呑む気配が伝わってきて、やはり、と桜丞は眉間にしわを寄せた。室媛の危機、あるいは苦難は、もう過ぎ去ってしまった後なのだ。彼はその時に桜丞を頼らず、桜丞もそのことに気付かなかった。
     桜丞が多忙であるとわかった上で室媛が頼らなかったのならば、重ねての大失態だ。「いつでも頼ってくれ」と繰り返す言葉を裏付けるだけの余裕を、見せられていなかったのだから。
     端末を持つのと反対側の手を強く握りしめて自責を散らす。
     今、自覚したばかりのそれを、通話越しの相手に悟られるわけにはいかない。

    「室媛くん」

     だからこそできるだけ静かに。穏やかに。
     親しみを込めて、桜丞は呼びかける。今まさに苦難の後に残った痛みを堪えているであろう友人に、言葉が届くことを願いながら。

    「俺は、君の力になる。いつでも頼ってくれ」

     室媛は応えなかった。数秒の後、ふ、と小さな息がこぼれる。
     桜丞の気のせいでなければ、それは笑い声のように聞こえた。皮肉でもなく、嫌味でもない。ただ思わず気が抜けてこぼれたささやかな笑い声のようだった。

    『君たち親子には――など必要ないのだろうな…』

     室媛のひとりごとが端末越しにかすかに聞こえる。聞き取りにくい一語は「血性」と聞こえた気もしたけれど、桜丞には確信が持てなかった。
     桜丞も、紫暮も、血性値は生来基準値を下回る低さだ。 
     それは決してめずらしいことではない。
     生来、血性を持つ者もいれば、持たない者もいる。値はおおまかには血統によるが、個人差も大きい。そして大人になればいずれ消える。
     その血性を持たなければ、地球とリンクしてヒーローになることはできない。生まれついての差を埋めるための技術として――また、いずれ血性を持たない人間や年齢でもリンクするための手段として、桜丞はミュータント化技術の確立に注力し、紫暮はその成果を証明する第一号のヒーローとなった。
     血性とは――ヒーローになるために必要なものだ。
     けれど室媛の言葉には、まるで別の意味が含まれているかのようだった。
     喰核生命体対策の最前線にいた男は、非公開の情報を何か知っているのだろうか。

     湧いた疑問を解消したい衝動に駆られつつ、今の室媛の状況を思い出して桜丞は言葉を飲み込んだ。今は己の好奇心よりも、友人へのいたわりを優先すべき時だ。
     ――――血性について。
     研究上の意味。巷間の噂話。文献上の定義の変遷について。改めて再調査しようと決めた決意だけを心に留める。

    『頼城くん』
    「なんだい?」
    『昔、君とよく行ったバーはまだあるだろうか』
    「宮代区のセントラルホテルの近くにあるバーかい? あるよ。行くかい?」
    『行きたいな。あそこなら、静かに話ができそうだ』
    「そうだね。予定に希望はあるかな」
    『君の都合がつくのであれば、三日後の夜はどうだろうか』
    「わかった。では三日後――ああ、ちょうど三日だね。三日の夜二十一時では?」
    『ああ。では、三日の夜二十一時に』
    「会えるのを楽しみにしているよ、室媛くん」

     室媛が通話を切るのを待つ間に、桜丞は片手でキーボードを叩いた。
     三日後の夜に入っていた会食の予定変更を秘書に依頼するメールを送り、会議画面の音声を戻す。通話中、字幕表示にしていた分のログをざっと追いかける。紫暮に戻った旨のメッセージを告げると同時に、向こうからもメッセージが飛んできた。

    『室媛先生がどうかなさったのですか』

     桜丞は思わず口元を緩めた。
     先程送ったミュータント化技術研究チームとALIVE研究班の顔合わせの件と、恐らく秘書が送ったのであろう会食の予定変更をすばやく結びつけたらしい。
     メッセージの代わりに、笑顔のスタンプを送る。
     すると怒った顔のスタンプが返ってきた。
     ふふ、と笑い声をこぼして、桜丞は笑顔のスタンプをもう一つ送った。

    『後で説明しよう。準備はできているかい?』

     数秒の後、怒った顔のスタンプが追加で投げ返される。
     その数秒の葛藤を想像して、桜丞は肩を揺らして笑った。
     そうしている間にWEB会議の画面が切り替わり、次のプロジェクト発表担当者に変わる。紫暮だ。眉間にわずかな剣呑さをにじませたままだったが、コホン、と小さな咳払い一つと共に完璧な笑顔に切り替える。そうしてよどみなく進行中の案件についての説明を始めた。

     紫暮はぴったり三分間の持ち時間を使い切ってスピーチを終え、その後の他部門責任者からの質疑にも的確に応じている。桜丞は質問を挟まなかった。会議前の個別報告で尋ねるべきことは聞いているし、その上でブラッシュアップしたスピーチを各担当者は披露している。各スピーチの発表ごとに追加された質疑応答も書記役がまとめ、会議終了後に共有する手筈になっている。
     ちらりと横目で時計を確認する。進行は遅延なく進んでいた。
     最後の発表者である紫暮への質疑応答が終わり、進行役と桜丞がそれぞれ手短に総括を述べて会議は終了する。

     会議終了の予定時刻ぴったりに秘書が部屋の扉を開け、五分後の出立予定を告げた。それに頷き返し、桜丞は机の上のタブレットや端末をまとめた。

     目が届く範囲では、多少の問題はあれど、おおむね滞りなく進行しているように見える。
     けれど――と桜丞はわずかに目を細めて、椅子の背もたれに寄りかかった。
     先程も、室媛の苦難に気付くことができなかったと自覚したばかりだ。桜丞の目の届かないところで困難にぶつかったり、業務に専念できない個人的な事情を抱えたりしている社員もいるかもしれない。
     傘下企業、関連企業の数が増えた分、見えにくい範囲も広がっている。
     どうすれば、より細やかに目配りができるだろうか。
     あるいは困っている誰かの言葉や思いを救い上げることができるだろうか。

     忙しい姿を見せてばかりでは――気軽に頼ってもらうことも難しいだろう。事実、室媛は桜丞を頼らなかった。特に心根が控えめな相手などは委縮しかねない。

    (さて、頼られる頼城桜丞であるにはどうするべきか……)

     ぴったり十秒考え込んでから、桜丞は身体を起こした。
     考えるべきことは多いが、やるべきことも積み上がっている。

     愛用の鞄の中に書類やタブレットをどんどん放り込み、ジャケットを羽織って、社用端末もポケットにおさめた。今日もこれから取引先への挨拶、会食、出張先への移動と予定が詰まっている。
     移動中にメッセージを打つことはできるが、室媛がALIVEを離れる件についてはできれば紫暮には直接伝えたかった。さて、どうしたものかなと考えながら私用端末を拾い上げる。そうして画面に指をすべらせ、紫暮ではない相手へメッセージを送った。

    『藤本。紫暮の時間を五分、俺に合わせてくれ。直接話したい』
    『承知しました』

     即座に返信してきた紫暮の付き人にスケジュール調整を任せる。あとは桜丞の秘書と予定をすり合わせてくれるだろう。
     再び姿を見せた秘書に鞄を預けて、部屋を出る。
     今日の残りの予定。三日後の室媛との予定。数日後の顔合わせの予定。そして未確定の、紫暮との予定。あちらこちらに意識を散らせながら、桜丞はゆっくりと足を進めた。できるだけ落ちついて見えるように、堂々と。
     そうしてすれ違った社員と挨拶を交わし、雑談をし、エレベーターで降りた階下で見送ってくれる受付の社員たちに手を振って社屋を出る。

     目の前で待ち受けていた車に乗り込めば、行き先を心得た運転手は静かに車を発進させる。その車内で桜丞は数秒、目を閉じる。「お疲れですか」と声をかけてきた助手席の秘書に首に横を振った。

     考えるべきことが山ほどある。
     それだけだった。
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