大事な人なのに「――お待たせいたしましたー」
やって来たカフェの店員が卓上にかき氷2つを置き、軽く会釈して去っていく。前に座る相葉が何かを言いたげに口をパクパクさせ、座敷席だから足はジタバタさせないが、両手を上下に振って興奮しているようだ。店員の姿が見えなくなったのを確認すると、
「プロデューサーさんっ、アジサイみたいな紫色で綺麗だね!」
注文時よりもテンションが上がっている様子だった。
「梅雨限定らしいから、頼めて良かったですね」
「うん! それに、綺麗なアジサイが見える席もあるって聞いていたけど、座れてよかったねっ」
相葉の頼んだのは紫色のシロップがかかり、アジサイの花を思わせる形に切られた果物で飾られたかき氷。さながら、食べられるアジサイのようだ。
「プロデューサーさんが頼んだかき氷は、イチゴ?」
「そうですね。やはり、かき氷と言えば苺なので」
松永が頼んだのはよくあるイチゴのかき氷。だが、氷の質感がふんわりとしている為、それだけで現代風に見えてくる。
「ほら、相葉さん。写真もいいけど食べないと溶けますよ」
「わかってるって。せっかくだから、一緒に写したくて……。よし、できたっ」
満足した様子でスマホをテーブルに置くと、行儀よく手を合わせ「いただきますっ」と食前の挨拶をするとかき氷に一刺し。食べると、どうだったかわかりやすいように体を震わせる。
「味はどうですか?」
「――うん、とっても爽やかで美味しいよっ」
「それは良かったですね」
スプーンが止まらない相葉を見た松永は、自分のかき氷を食べ進めていく。初夏のじんわりとした空気が窓から入り込むが、氷の冷たさが身体を冷やしてくれるから相葉のようにスプーンが止まらなくなる。
半分ほど食べ進めたところで視線を上げると、相葉が頭を押さえているのに気づいた。
「くぅ〜……。頭が、痛い……」
「そんなに勢いよく食べるからですよ」
「プロデューサーさんもどんどん食べてるのに、なんで平気なの?」
「俺はいい歳した大人なので、その辺りは平気なんです」
「え〜? なんだかズルいなぁ」
そう言いながらも、痛みが引くと表情をコロッと変えて笑顔でかき氷を口に運んでいく。こんな風に喜怒哀楽をコロコロと変えていて、なんだか、
「犬みたいだな……」
すっかり食べ終えた松永が食後の休憩にくつろいでいると相葉が「え?」とこちらに顔をこちらへ向けた。
「あっ……」
ヤバい。声に出してしまったようだ。
どうにか気をそらそうと思考を走らせると視界に食べ終わったかき氷の器が目に入る。
「あ、相葉さん。俺の舌、どうなってるかな?」
そう訊いて舌を出してみた。
「真っ赤になってるよ。ふふっ、なんだか可愛いね」
「舌が赤いと可愛いのかはわからないけど……。ただ、かき氷を食べたのは久し振りだから、なんだかいいですね」
「そうだね。……じゃあ、私のはどうかな? べー……」
相葉も松永と同じように舌を出したが、舌がそう長くないのか舌先しか出ていない。けれど、そこを見ただけでわかる程には紫に染まっていた。
「相葉さんも紫になっていますよ」
「やっぱり? えへへっ」
相葉のかき氷もあと残り僅かになった。果物もほとんど食べているようだ。
スマホを眺めて近日のスケジュールを確かめていると、
「――プロデューサーさんっ」
と呼ばれて顔を上げると、眼前にまでスプーンを差し出されていた。
「はいっ、あーん」
「え? え?」
「いいからっ」
言われた通りに口を開けてスプーンに載せた物を放り込まれた。何度か咀嚼していると果物特有の甘さと水分が口いっぱいに広がってするんと胃へと落ちていった。だが、目できちんと見ていないからなんの果物かよくわからない。
「ふふっ。プロデューサーさんは今日1日、ラッキーな日になるよっ」
「はぁ?」
「星型の桃があったんだ。七夕の今日、星を食べたプロデューサーさんには幸せが降ってきますっ」
「……なんだか、インチキな占いみたいですね」
「む〜……。プロデューサーさんは一緒に出掛けて嬉しくないのか……」
「嬉しいですよ? 仕事の息抜きになりますし」
「それは少し違うんじゃない? 私は思わぬデートでラッキーなのに……」
相葉のトーンの下がった物言いに、松永は指にはめてる指輪に一瞬だけ視線を落とす。それは俗に言う結婚指輪と誰もが見たらそう認識する物だが、松永にとっては違う。仕事に集中出来るように、のまじないの意ではめているだけだが、それを知るのは松永本人のみ。
目の前に座る相葉もそう思っている。思わせないと、いつか支障が出た時に困る。
「……デートは大事な人に取っておいてください」
「大事な人……って目の前にいるのになぁ……」
相葉の呟きは松永の耳に入ることなく、窓際に吊るされた風鈴の音に吸い込まれていった。