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    ダイアロが二人でこっそり抜け出す話。雰囲気だけパーリーです。

    プリズムと熱帯魚の夢 『夏のパーリーは断然水辺がマスト』、とは、我らがチームリーダーことアロハの弁だった。
     水に冷やされた風はちょうどよく涼しいし、インクの浸透圧に合うように調整されたプールならふざけて飛び込むのもまた一興だ。水に馴染まない体が溶けないように足場をきちんと踏み締めて戦う楽しみも存在するが、ひんやりとした感触に包まれるのも悪くない。それこそアロハは(実際の海で泳ぐことは出来ないにしても)波の機動さえ乗りこなしては楽しげに笑うのだ。イケてるっしょ、とイタズラっぽく眼を細める顔を、ダイバーは間違いなく記憶していた。それにそう、夜の暗闇に溶け込む水面が時折光を受けて煌めく姿は、そう、なんとなくイケてる、と思う。そういうわけで、ダイバーはこの主張とセンスに(後者に関しては主に名付けなどに関して理解できない点も度々存在するが、それは置いておいて)概ね賛同していた。それに何より、アロハがそう思っている、ということに、なんとなく納得するような感情があった。
     アロハは水が似合う、と、ダイバーはひとり思っている。
     単純に、水の中で戯れる姿を見慣れている、ということではなくて。あの姿を映し取った時、彼の周囲を縁取るように、彩るように揺れる、水の面影を見て取ることがあった。そういう、そう、有り体に言ってしまえば、単なる空想に基づく感想でしかないのだけれど。
     例えば今も。プールサイド、木製のビーチベッドのひとつに寝そべって、視界を包むレンズ越しに、ダイバーは遠景の中心を見ている。楽しげな表情を絶やさずに、トレーに並んだスリング・ショットをワンカップ飲み干した色彩。不規則にひしめく人並みの中、まるで自由な背。人熱の中を、悠然と、アロハは泳ぐのだ。人の波の中心にいるようで、身動きの一つも取れやしないようでいて、けれどそれを一切の障りとせずに。軽やかにビビッドピンクのゲソは揺れる。ふと頬を撫でた風が温くて、ああ、夏の夜だ、と思った。
    熱帯魚を思わせて、鮮やかな鰭は雑踏を縫う。あたたかな海を泳ぐその姿が、どうしようもなくその背に重なって映る。もうこの身で潜航することは叶わなくなっても、この瞬間は、擬似的に異国の海底を写していた。それをただ眺めている時間も、ダイバーは、嫌いではないけれど。それだけでいるのは酷く遠い。このゴーグルが、潜航のためのガラスケース、だとして。薄い透明なその板越しに、けれどその質量を凌駕した、絶対に越えられない隔たりがあるようで──それこそ、まるで、居場所が決定的に異なってしまうようで。吸い込む空気が、どこか、別のものなのではないかと、戯れのように思うことがある。虹を溶かし込んだように光る照明、小さなミラーボールに舞うプリズム、それらの中に完璧に馴染んでいる、ようでいて。
     尤もそう、そんなもの、別に深刻なものではない。意地を張っているわけでも、大見得でもない、それは間違いなく言い切ることができた。良い具合に踊って、笑って、馬鹿らしい話をして、暫くした後のダイバーのよくある夢想なのだと、他でもないダイバー自身が最もよく理解している。この後酒にもう少し楽しく酔えば勝手に頭の隅に引っ込んで、音に合わせて体を揺らせばもうそれだけでその瞬間は最高として完結して、ふわふわと酔いを残して帰るうちにはなにかを考えるということもなくて、そのまま眠って朝になれば、もう覚えてもいないような。そういう、他愛無い、暇つぶしに似たシナプスの遊び。そう知っていながらいつの間にかそれを繰り返しているのは、跳ねる水面の煌めきに、なんとなく、酔ってしまうからなのかもしれない。雰囲気に踊らされる生き物なのだから、そう、仕方ないと言えば、仕方ないのだけれど。自身と同じ色を背負っていると知っていながら、どうしてアロハのそれだけが眼を引くのかがわからない、が。ピンクのゲソなんて、そう珍しいものでもないのに──ダイバーの知る、いっとう鮮やかで風のようなあれは、
    「飲まないの、ダイバー?」
     ──至近距離に迫っていたって、ちっとも、その彩度を落とすことなどなかった。
    「アロハじゃん」
    「あっはは、誰だと思ってたわけ」
    「間違えたわけじゃねえって」
     ほんのりと赤みを増しているのであろう顔色を知るには、星を落としたような照明の群れでは少しばかり心許ない。こういう時のアロハはすぐに距離を詰めてくるのだと知っていて、ダイバーは今しがた寝転んでいたビーチベッドの端を空け渡す。男二人で悠々と寛げるほどの広さはしていないから、半分ほど凭れ掛かるようにしてアロハはこちらに身を預けている。甘えるタイプの酔い方の日、らしかった。その割に誰彼構わずこうして距離を詰めるということはアルコールで思考が緩んでさえしないのだから、たぶん、ひととの距離を確かめることにおいて、筋金入りの天才なのだろう。
    「休憩?」
    「そ。いい感じにアガってきたしさ、向こうは向こうで」
     スピーカーから聞こえる重低音の音圧に合わせて、踊るシルエットが揺れる。先程までとどことなくミックスの加減と曲の回し方が違ったから、多分DJが代わったんだろう。チルテイストだったBPMのギアが切り替わっている。あの曲のドロップは確かにノれるのだ。音の方角を指して、ほら、とアロハは笑った。こういう些細な機を握るのが、存外得意なのだった。チェイサー代わりのドリンクを飲み込むダイバーを、眼窩に嵌め込まれたネオンピンク・スピネルが捉えている。楽しげに細められたそれを眺め返せば、何ともなしにくすくすと笑う声が返ってきた。
    「なぁに考えてたワケ」
    「なんでも?ほらアレ、タソガレてる、的な。エモだろ」
     黄昏の意味も字もさして思い出せないけれど。それくらいでいいのだ、実のところは。矯めつ眇めつ、という表現以外にさして適当な形容も浮かばないような目で、アロハはじっとそんなダイバーを見ていた。曖昧模糊でふわふわとした言葉を投げ交わしても許される仲だと知っているけれど、今のこれはどうも、それではない、らしい。
    「絶対ウソじゃん」
    「嘘言う意味ねーじゃん」
    「あるかもよ」
    「どういう感じに?」
     答えてみろ、と言わんばかりのスロー。冗談まじりのダイバーの撹乱を、アロハはどう捉えたのか。「それ言っちゃう?」と揶揄うように口元が弧を描く。内心、あ、と声が出そうになるのを、ダイバーはぎりぎりの位置で押し留めた。こうやって勿体ぶる時のアロハは、そう、たいてい──答えを正しく知っているのだから。せめてもの抵抗として、顔は逸らさないでおく。ほんの少し崩れた相好を、直してやらないのはわざとだった。
    「実はずうっと、オレのこととか見てたりしてね」
     からからと笑ってひらつかされた正解に、素直にはいと答えるのも、少しばかり恥ずかしさがある。それはそうだろう。軽薄で、ふわふわとした、本気の底をちらつかせないことに対する幻を、もう少しだけ保っていたい。そればかりも大したことではないのだと、これもまたダイバーはよく知っているけれど。
    「さみしかった?」
    「超自信満々かよ」
    「そりゃオレだもん」
     もう十分すぎってくらいトリコにしてきたと思うんだけどね、なんて、笑われてしまうと。どうも否定できないものだから、ダイバーとしては随分に苦しい状況になる。好かれていることを、この上なく知っている、時の。「それに」。アロハが言葉を付け足した。清々しいほどのノックアウトを、食らってしまいそうになっている。とびきりに可愛い顔をした、眼前、我らがリーダーに。違う。ダイバーだけが知っている、恋人の表情に。なるほど。大人しく白旗を振る準備をすべきだと、そこでようやく確かめた。
    「さみしくない、って言わなかったっしょ、実際?」
     ──完敗の日である。
     大きく息を吐いてみれば、それが降参の合図として伝わるには早かった。凭れ掛かるよりも圧し掛かるに近い姿勢になって、「ほらね」とアロハは軽やかに笑った。麗しのマゼンタは、どうも、熱帯魚ほど脆くはなかった。体温に直に触れたところで──火傷する気色もない。
    「……お前、実はそんなに酔ってないカンジ?」
    「楽しくなる感じでしか酔ってませーん」
     オレはオレの一番いい酔い方を知ってるんです、と上機嫌に芝居がかった口調で続けて。ひとしきりその姿を楽しんだ後、不意にアロハの手が服越しにダイバーの心臓を探った。どこか焦れったく、甘えるように、戯れのように。
    「ね、ダイバー」
     喧騒の中、夜に溶け込ませるようなトーン。ひっそりと、けれど確かに、ただ一人だけには届くように。とびきりのシチュエーションと誘惑の使い方。視界の隅、プリズムが水に踊るのが見えた。目眩に似た熱が籠る。熱帯夜に吹く風は、プールサイドでも、まだ、温い。その後の言葉も、息の吸い方も、知っているのはダイバーの方だった。
    「そろそろ、」
    「こっそり抜けるにはいい時間、的な?」
     マジックにも似て言葉を奪えば、ぱちりと瞬く瞳と目が合った。してやったり、と笑うのは、今度はダイバーの手番に変わっている。
    「最後まで言わせない系じゃん」
    「そこはオレが言いたかったんだって」
    「なに、そこまで拐っちゃいたくなったワケ?」
     愛されてるじゃん、オレ。アロハは冗談めかして言った。相変わらず明度が足りない水際に、どんな色をしているか、が、読み取れない。代わりに手を伸ばしてみた。レンズ越しでも、間違いなく、ダイバーはアロハに触れられるのだ。ぴんと尖った耳に手が触れた。夏のせいにしてしまうには、少々ばかり、熱が籠り過ぎていた。
    「そりゃまあ、」
     熱帯魚の夢は、ただ、ダイバーの空想の産物でしかない。楽しく酔えば薄れて、手を引いて喧騒から身を眩ませば頭の隅に引っ込んで、並んで遅い朝食を食べる頃には、もうすっかり消えてしまっているから。
    「オレもボーイだし」
     冗談めかして笑うのは、別に、アロハの専売特許ということもない。
    「かっこい」
    「ちょい笑ってんじゃん」
    「ちょい笑ったりとかしてないって」
    「どうせ『だいぶ笑ってる』だろ」
    「当たり」
     じゃれ合うような短い言葉の応酬。と、空いたグラスを手に取って、アロハが身を起こす。
    「もう飲み終わった?」
    「オレの方はいいカンジ」
    「フラついたりしないよね」
    「しねーって」
    「ならいいケド」
     これからまだ夜が明けるまでは、酔い潰れて眠らせる気もないから。何せそう、きっと、夏の宵は長くなると、相場が決まっている。
     ダイバーの視界の奥で揺れていた鰭は、同じ色をして、いちばん近くで揺れていた。ガラス越しの幻も、見えない虚像の距離も、溶かすように、指先が、今、触れ合って確かめている。炎に火をくべるよりも単純に、的確に、じっくりと、熱と存在がそこに寄り添っている。
    「どしたの」
     絡ませた手を解かないまま、アロハはじっとダイバーを見た。
    「なんでも」

    〼プリズムと熱帯魚の夢
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