目覚めのキスをするのはこの男が誰と戦ったのかは、特に興味はない。問題は、この男が瀕死になっているということだ。
ランチは、世界や宇宙にまで目を向けたことはない。ただ、好きなものを得るために暴れてきた。もっとも天津飯という人間だけは、まだ手に入れられていないが。
「ったく、俺の知らない所で何してやがったんだか」
そんな言葉がついて出る。今目の前に倒れているのは、まさしくランチが手を焼いている男で、いつもなら凛々しい顔が苦しそうに歪められている。
この男をここまで追い詰めるとは、相手は相当の手練れらしい。でも、相手が誰であろうとこんな姿を見るのは不愉快だ。この男は、戦う姿こそワイルドで、自分はそういうところに心底惚れたのだから。
「……これを飲ませりゃいいのか」
手に転がしたのは仙豆だ。これはどんな薬よりも効き目があり、食べるだけで怪我が治るものだ。
しかし、天津飯はぐったりした様子で、口を固く閉じている。この状態では、口元に仙豆を運んでもあまり意味がなさそうだ。
ランチは仙豆を握りしめると、寝ている天津飯の顔に遠慮なく近づいた。ずいぶん傷が付いていた。頬には血が流れているようだった。そして、力なく閉じられた三つの目を眺める。突然、この男に言われたことを思い出した。
「まったく、あなたは手がかかる」
生意気にそんなことを言った顔と、目の前にある顔は似ても似つかない。戦いは、思った以上に過酷なようだ。やはりランチにはそんな世界のことは分からないし、分かる気もない。
だが、この男がワイルドでなくなることはどうしても避けなければならない。武術と戦いの中でこそ、この天津飯という男は誰よりも輝くのだから。
「……なんだよ」
ランチは、自分の口に仙豆を投げ込んで、今までで一番天津飯という男に近づいた。案外気恥ずかしさはなかった。だからといって、使命感に溢れていたということもない。ただ、いつものように、好きなものを得るために動いていた。
「手がかかるのは、お前の方じゃねえか」
二人分の唇が、音もなく重なった。男の唇からは血が流れていたので、なんとも言えない鉄のような味が、口の中に広がった。なぜか、名残惜しい気持ちが膨らんできたのを抑えながら、唇を離した。男の喉仏が、ゆっくりと動いた。仙豆を飲み込めたようだった。
「お前がどんな顔するか、楽しみだぜ。早く起きろよ」
そう言ったランチの方こそ、耳の端がわずかに赤くなっていたのだが、それは彼女だけの秘密であった。