プロポーズをもういちど「待て〜〜! 天津飯〜〜!」
天津飯は、怖い方のランチに追いかけられている。それはいつもの光景であった。
「飯作ってやるって言ってんだろ〜〜!!」
こんな風に言いながら、あらゆる銃火器を抱えている。威嚇のつもりなのだろうか。そもそも、いつ料理の技能を取得したのか。細かいことは考えてはならない。この世界は死人が蘇る世界なのである。
天津飯の方を見ると、どうにも慌てている。が、武空術が使えるはずなのにわざわざタッタタカ走っている。しかも、後ろをチラチラ見ては迷った風な顔だ。
「待っ……っと、ととと、やべえ!」
そんなとき、ランチがつまずいて転びそうになった。足がもつれてしまったようだ。なんとか踏ん張ろうとするが、もう顔は地面目前。
ランチは、すぐくるであろう痛みに耐えようと、ぎゅっと目をつぶった。
「ん?」
だが、痛みは来なかった。そして、そばに温もりを感じた。
「お……お前……」
天津飯が、ランチを受け止めいたのだ。そのため、彼女は地面とキスせずに済んだのだ。天津飯は、相変わらずそっぽを向いているが、ランチはそれで満足らしかった。
「捕まえたぜ!」
「なに!?」
だが、その隙を見逃さずランチが天津飯を捕まえて言った。どうやら、天津飯に食事を振る舞うのを諦めていなかったらしい。
「おい、前から聞きたかったんだけどよ。お前好物なんだよ?」
密着しながらも、色気より食い気といったような会話だった。
「餃子だ」
天津飯が、ずいぶん真剣に悩んでから答えた。それを受けて、ランチが「なんでやねん」と間を置いて言った。その日のランチは、天津飯餃子セットだったということである。何か、とても誤解を受けそうなメニューであった。それに、文字に起こすととてもややこしい。
しかし、双方まんざらでもない様子だったらしい。
「それって脈アリに決まってるじゃな〜〜い!! ヤムチャもヤムチャだけど、天津飯も天津飯よ。もっとガッとガバッと、根性見せなさいよ!!」
「だろ〜〜!?」
乙女たちが、何やら湧き立っている。テーブルを囲んでいるのは、例のたくましい方のランチと、超天才で究極にビューティーなブルマだった。どうやら、想い人のことを語らっているらしい。ランチは、転んだ時に天津飯に受け止めてもらったことを話したらしい。
「それでよ。飯作ってやったんだ。天津飯のやつ、口に運んでやろうとすると、急に慌てんだよな」
「何それ! 聞いてないわ、あなたたち同棲してるの!?」
「いや? 問答無用で飯を食わせてるだけだぜ」
しかし、一緒に食卓を囲むということはかなり気を許しているのではないかと思われる。
「何よそれ〜〜! もう結婚しちゃいなさいよ!!」
ブルマが感激して、また声を上げた。今日はランチにヤムチャとの愚痴(もといのろけ話)を聞いてもらう予定だった。しかし、友達の恋路ほど、興味をそそられるものはない。今はランチと天津飯のことが最優先である。
「結婚したら、なんか変わるのか?」
「ランチちゃんまで、孫くんみたいなこと言わないでよ! 結婚なんだから最高に決まってるでしょ!?」
意外と冷静なランチに対して、ブルマはもう神輿を担いでいるかのような熱狂ぶりだ。
「た……例えばなんだよ?」
ランチの方は気圧されて、ついつい続きを促してしまう。
「そりゃあもう、ダーリンとのスイートホームでしょ!? それから、おはようのキス! それから……」
それから、ブルマによる理想の結婚への憧れの話が、ずいぶん長く続いた。ランチも最初は半信半疑だったが、ブルマの楽しそうな語り口に、だんだん顔が光ってきた。
「つ……つまり、結婚しちまえば、あいつを追いかける必要がねえってことか……!?」
ブルマの話が終わると、ランチが興奮しながら言った。どうやら、ブルマの高揚が移ったらしい。
「そうよ! 目が覚めたら毎日幸せなのよ!」
乙女の語る結婚は、おそらく実際のものとは違うだろう。しかし、ランチの心を射止めるには、充分だった。それにしても、ブルマも細かいところを気にしない性格のようだった。
「しちまうか……結婚!」
「その意気よランチちゃん!!」
本当にさっぱりしすぎている気がするが、二人がいつになく輝いているので、これでいいのだろう。
「じゃ、天津飯と結婚してくるぜ! じゃあな〜〜!!」
ランチが、風のような速さで外に出る。そうしたかと思うと、あっという間にバイクで飛んで行ってしまった。
「って、ランチちゃん!? もう! 私の話、聞いてもらおうと思ってたのに……」
その怒涛の展開だった。それについて行けないで呆然と立ち尽くすブルマだった。だが、また風のような速さでランチがまたすぐに戻ってきた。
「なあ、結婚ってなんか用意するものあるか!? やっぱ金か!?」
ブルマはその場ですっ転んだ。
「天津飯〜〜!!」
ドカンドカン!とけたたましい銃声と共に、またまたランチが現れた。
「な……なんだ!?」
「また来た!」
相変わらず修行に打ち込んでいた天津飯と餃子は、ぴたっと動きを止めて警戒した。
「おい! 今日は飯じゃねえぞ」
ランチが銃をしまうと、両手を腰に当てて言った。なぜか、妙に誇らしい様子だ。
「そ、それで……?」
天津飯が汗をぬぐいながら神妙に問う。
「ほら、コレだ!!」
ランチは両目をぱっちり開けて、天津飯に小さな箱を見せた。
「盗んできたんじゃねえぞ!! いろいろやって買ってきたんだ!!」
「これは……指輪、か?」
「そうだ! 俺とお揃いだ!」
気品のある紺色の小さな箱が開かれると、そこには銀色のシンプルな指輪があった。実は指輪を買うにあたって、ランチはブルマと相談した。ブルマは結婚といえばダイヤモンドの指輪と主張したが、ランチは天津飯の修行の邪魔になるだろうと思って、このシンプルなものにしたのだった。
「天津飯!」
その声にある気迫に、天津飯と餃子は指輪から目を離して顔をあげた。
「お……俺と、け……」
あとは、たった一言告げるだけだった。この指輪を手に入れるまでの苦労に比べれば、それはとても簡単なことだった。だが、ランチは両手をぎゅっと握って言葉に詰まっている。
「け……け……は、ハックション!」
そんな時、急に風が吹いてランチがくしゃみをした。そうすると、いつものようにおとなしい方のランチに変わった。天津飯と餃子の前にいるのは、深い青の髪ににっこりした顔であった。
「あら〜?」
彼女の二つの性格は、記憶を共有しているわけではないので、この状況に覚えがないようだ。首を傾げて不思議そうにしている。
「あ、これ……あっちの私が買ったのかしら?」
指輪を見つめて、ランチが言った。
「そう……みたいですね」
天津飯の方は、なぜかホッとした様子でうなずいた。今までのやり取りを覚えているくせに、すっとぼけようとしているようにも見える。しかし、ランチはそんな彼をじっと見つめている。
「私、あっちの私のことはあんまり分からないけど……」
笑顔のまま、ランチはいきなりそんな風に切り出した。その真意が分からず、天津飯は固まっている。武骨な手は、緊張からか開いたり閉じたりしていた。
「あっちの私が、なんであなたを好きになったかわかる気がするわ」
晴れた空の下、彼女はやはりにっこり笑っている。でも、その輪郭はいつもよりほぐれているような気がする。
「えっ……?」
対する天津飯は、相変わらず武骨者で気の利いたことを返すこともない。けれど、そんな彼に、ランチはますます花のような笑みになる。
「せっかくだし、結婚しちゃいませんか?」
「でも、この指輪は……」
この指輪は、金髪の方のランチが買ってきたものだった。それを思って、天津飯は言いよどむ。
「あっちの私に、もう一回同じこと言ってもらえばいいんですよ」
当のランチが、そんなことを言う。プロポーズを二回するだなんて、聞いたことがない。
「そういうものなんでしょうか?」
こういうことに疎そうな天津飯も、その提案を聞いて面食らっている。
「そういうものだと思います」
極めて特殊なケースであるので、そういうものではないと思うが、天津飯は納得した。
「じゃあ、結婚しますか」
「はい! 結婚ですね!」
青々とした空の下で、史上稀に見るプロポーズが執り行われた。良い陽気で、雲一つなく、ロケーションや雰囲気は悪くない。天津飯も、普段ああやってそっけない割には素直になっている。
「だ……だいじょうぶかな……?」
餃子がつぶやいた。もう一人の方のランチの反応を想像して、少々汗をかいていた。
「指輪を用意したのは俺だぞ! な〜〜〜〜んであっちの俺が全部決めてんだよ!!」
のどかな風景に似つかわしくない銃声が、連続で響いた。
「わわわ!! 天さん! やっぱり、すごく怒ってる!」
餃子は緊張感のある顔つきである。一方天津飯はどうしようかと思うが、承諾したのでどうしようもない。そもそも二重人格のようなものとはいえ、本人がプロポーズを良しとしたのに、こんな様子である。
「わ……分かった! じゃあ、もう一度やり直せばいいんだろ?」
天津飯は、戦いを前にした戦士のような覚悟の面持ちである。それは妙にクールな雰囲気で、ランチが好きな「ワイルド」さも持った顔であった。
「は……はあ……!?」
突拍子もない提案に、ランチが銃撃をやめた。その隙天津飯がランチの手に指輪の箱を握らせた。どうやら本気でこちらのランチにもプロポーズをさせるつもりである。
「追いかけられるのは、もう充分だ」
「……なら逃げんなよ」
すかさずツッコミを入れられた。天津飯は仕切り直しというように咳払いをして、ランチの手を握ったまま、その顔を見つめた。そうすると、さすがに彼女も目を見開いて大人しくなる。
「前のように、あなたから言ってくれ」
「はあ!? 覚えてねえよ……!」
ランチは、基本向こうの自分の行いを覚えていない。いつもは気にすることはないが、今回はさすがに指輪とプロポーズのことが絡むので、カンカンに怒っていたのだ。
「しかし、もう一度言ってもらうと、約束した」
天津飯はランチに詰め寄る。こんな時だけ、戦いの中のように攻めの姿勢を見せる。
「俺と……け……けっ……」
普段の豪勢な声は消え失せて、今のランチは蚊の鳴くような声である。天津飯は固唾を飲んで見守った。こんなに緊張したのは、ピッコロ大魔王と相対して以来かもしれなかった。
「だーーっ!! やめだ、やめ! いいか、俺はワイルドなお前に惚れたんだ! 腑抜けたら分かってんだろうな!?」
銃声にも負けない大声が、ランチの真っ赤な顔から飛び出した。
「俺はそんなにワイルドなんだろうか……?」
天津飯は困ったように言った。だが、己の性質に疑問を覚えている場合ではないと思われる。
「俺のお墨付きだぞ!? 不満か!?」
「い……いや」
ランチはワイルドな天津飯が好きだった。でも、もし腑抜けたら、その時は彼女が背中を押すのだろう。
「それで返事は!?」
ランチがプロポーズを二度したのだから、それを受ける天津飯も、二度返事をすることになってしまっている。
「……あっ、あんなところに、大きなダイヤモンドが!」
「なに!?」
適当な嘘をついてランチの視線を外させた瞬間に、天津飯が彼女の指に指輪をすっとはめた。騙す方も騙す方だが、騙される方も大概である。
「……おい、返事しろよ」
ランチはそうぶっきらぼうに言いながら、幾重にも光るダイヤモンドを誇らしそうに見つめている。
「……これでいいだろう」
天津飯も、甘い言葉はこれっぽも言わない割に、ほんの少しだけまろやかな声になっていた。
「ふん、いいけどよ。そうだ! なあ、お前子ども何人欲しいんだ!?」
「えっ……!?」
さっきのしみじみした様子はどこへやら、すぐに風向きが変わった。それも暴風雨に等しいものであった。
「結婚って言ったら、ダーリンとのスイートホームと子どもなんじゃねえのか?」
宙に浮いた餃子が「それ、人による」と書かれたフリップを持っていた。ずっと二人の様子を伺っていたのである。ただ、下手に指摘をするとまたランチに追いかけられるので、無言の主張を試みていたのだった。
「なあ、産んでやってもいいぜ!」
「う、産む!?」
天津飯がのけ反る。ランチはスイートホームを想像しているのか、浮き足立っている。
「だから、子どもは何人欲しいんだ!?
「そ……そんなことを大声で言うな〜〜!」
「あ、待ちやがれ天津飯〜〜!!」
「また追いかけっこ……」
天津飯が逃げる。ランチがそれをしつこく追いかける。餃子はそれを見て若干引いている。前とあんまり変わってないような気もするが、ランチの指にはちゃんと指輪が光っていたので、これは大きな進歩であったといえよう。とりあえず、めでたしめでたし。