中禅寺敦子の手記(一)幼い頃、兄が死んだ。
学舎の物置小屋で焼身自殺だった。
そのひと月半ほど前に
級友の関口さんが失踪していた。
兄と紅葉狩りに出掛けて
そのまま帰ってこなかったのだと言う。
神隠しだと騒がれた。
兄は、この事件は自分のせいだと
この責任を負うと書き遺して
いなくなった。
この顛末に、私は納得がいっていない。
兄とは離れて暮らしていて、他の兄妹
ほど時間を共有した訳ではないけれど
聡明で、博識で、理論整然としていて
自ら死を選び、解決とするような
短絡的な人ではなかった筈なのだ。
そして、関口さん。
彼とは二回しか会っていない。
一回めは自宅で紹介されたとき。
兄が連れてきた友人に興味津々で
兄の目を盗んで、しきりに話しかけた。
どんな下らない質問も
優しく受け応えしてくれる。
「あっちゃん」と呼ばれると胸が弾んだ。
二回めは夏祭り。
兄が出かけるのに、強引について行った。
屹度関口さんも来るだろう、と思ったから。
髪を結って、お気に入りの飾りを刺して
浴衣も、一番大人っぽい柄を選んだ。
兄からは「似合わない」と大層揶揄われた。
関口さんは「素敵だね」と言ってくれた。
あの優しい笑顔で。
嗚呼早く、大人になりたい。
早く、背が伸びればいい。
並んで歩いて、もっと近くで
その笑顔を覗きたい。
しかし、それは叶わなかった。
諦めきれなかった。
諦められる訳がなかった。
しかし戦争が、全てを
有耶無耶にしてしまった。
二人の共通の友人であり、先輩。
榎木津さんは何かを知っている。
幾度となく二人のことを問うても
「君の知る彼奴らは、もうこの世に居ない。
どんなに探しても、戻ってはこない」
これの一点張りだ。
榎木津さん自身も誰かを探しているのに。
その為に探偵になったのだろうに。
それに関しても、一線を引かれていて
何も答えてはくれない。
それならそれで構わない。
教えてくれないのなら、自分で突き止めるだけ。
そうして、十年余り経った。
とある事件と関わった。
いつも通り、探偵の活躍で解決したのだ。
それなのに忽然と姿を消した榎木津さんを
益田さんと、鳥口さんとで探した。
見つけたその先で、黒衣の男がいた。
男は私達の姿を認めると、足早に立ち去った。
私は立ち尽くした。
何故だろう。
何故か、とても懐かしい。
一瞬垣間見た目元が、誰かに似ている。
纏う空気が、いつか感じたものに似ている。
これは放っておけるものではない。
あの黒衣の男のことを調べなければ。
早急に、確かめなければならない。
もし彼が生きているならば。
屹度、あの人も生きている。
私にはわかる、悔しいけどわかる。
彼の傍には、あの人がいるのだ。
あの人に会えるかもしれない。
あの人に会いたい。
確かめなければ。
確かめなければ。