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    yuduki_prsk

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    yuduki_prsk

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    身内に書いたリクエストSS
    視点ころころ変わって申し訳ない。
    体調不良の🎈が見たかったから書いたお話。

    #司類
    TsukasaRui

    未来の約束『欲張りな臆病者』
     
     お題:声が聞きたい、呟いた声、鼓膜を揺らす。
     
     カタカタカタ……。
     金曜の深夜——冬の週末、寒くて暗い部屋にモニターの明かりだけが灯る、冷え冷えとした寒い部屋にキーボードを叩く音だけが響いていた。静音機能に特化した、高校生が使うには少々値の張る代物。だが、生憎、道具には拘りたい質だった。毎日使う物は良い物を、妥協せずにお金をかけたい。
     タンッ——。
     苛立ったように力任せに叩き付けられたエンターキー。他人事なのはどうして言葉にできない怒りが指先にまで満ちているのか、理由が分からなかったからだ。静寂が満ちる部屋に思わぬ大きく響いたキーを叩く音に一番驚いていたのは僕だっただろう。バクバクと大袈裟なほどに心臓が跳ねる。まあ、この部屋には僕以外の人間はいないから、比べる相手など一人もいないのだけれど。
     チカチカと人間の目には追えないほど高速で明滅するモニターに眼が疲れてきた頃、何気なく視線を流した先、画面の右端に申し訳程度に小さく表示されたデジタル時計は、あと十分ほどで夜中の三時を指そうとしている。両方の目頭の間をもみ解すと、心地良い痺れが視神経を通じて脳まで届く。
    「ふぅ……」
     深く息を吐いて、凝った肩の筋肉を伸ばす。肩凝りを明日——日付け的には今日の稽古に持ち込むと司くんに「また遅くまで起きていたのか!」と叱られてしまうから、そろそろ眠りにつかないといけない。明日の朝、念入りに隈を隠さないといけない。朝のルーチンワークに割って入る〝余計な準備〟は、正直煩わしいが、司くんを心配させないために必要なことだった。その一つだけで朝の準備にかける不必要な時間を許容する。
    「んん……」
     手を組んで腕を伸ばすと、ピキ、という小さな泡が弾けるようなか細い悲鳴を関節が上げた。それほど無茶をした覚えはなかったが、次の公演のために認めたショーの脚本はゆうに数万字を超えていて、集中力は限界を迎えているらしい。
     どうしてこうも精神力が削られているのか。昔からショーのこと、殊更演出に関することは自分でも恐ろしいほどに夢中になってしまう。だけど、ここまで。伸ばしていた腕を落とし、気を緩めた瞬間、目蓋が落ちて、それこそコンピュータが強制終了されるように、睡魔に襲われ眠りに落ちてしまうことは、今までなかった筈だった。
     ソファに移動するのも億劫だった。ストレッチは朝起きた時で良いか。投げやりな思考も泥に沈むように闇に包まれていく。
     
     *
     
     揺れる、揺れる。意識が揺れている。
     眠っている筈なのに、起きている。
     起きている筈なのに、身体が動かない。
     睡眠と覚醒の狭間で、意識だけがふわふわと闇の中を揺蕩っている。
     目が見えない。耳も聞こえない。夢の中にいるのにちっとも自分の思い通りにならない。
     ——…………、………………。
     暗い淀に沈んでいく。どうして、どうして。これじゃあ、まるで——、
     
     僕は目が覚めたくないって思っているみたいじゃないか。どうしてだろう、目が覚めたら司くんに会えるのに、彼の笑顔を目にすることができるのに——
     
     目が覚めることを怖い、って思っているんだろう。
     
     *
     
    「ん…………」
     コンピュータが僅かに発する熱と振動音で目を覚ます。マウスに手が当たってスリープモードが解除されたことで回転を始めたコンピュータのファンの音が酷く不快だった。鈍く重い頭を左右に振ると、米神に痛みが走る。
     ベッドに移動せず、椅子で眠ったからだろうか。身体が重くて仕方がない。霞む視界で何とか時刻を確認すると、まだ朝の四時だった。質の良い眠りを取れているなら、とっくに疲労は取れている。本来なら夜中の三時など、僕にとってはまだ活動時間内の筈だった。なのに、どうしてこんなに身体が怠い。
    「……はあ、せめて数時間だけでも横にならなきゃ」
     僕達の団長、司くんは凄い人だ。僕達ワンダーランズ×ショウタイムと彼が参加しているワークショップの稽古を掛け持ちしていたことがある。だのに、彼は練習に穴を開けることなく、主演を見事演じ切って見せたのだ。
    「……僕が、彼の足を引っ張るわけにいかない、ね」
     もぞもぞとソファベッドに放りっぱなしだった毛布に包まって目蓋を落とす。妙なタイミングで覚醒してしまったから、徹夜した時よりも身体が重い。泥に沈むような到底心地良いとは言えない眠りに落ちていく。
     
     *
     
     どれほど、眠っていたのか分からない。
     枕元に置いたスマホの振動音で泥濘みに沈んだ意識を無理やり浮上させる。
    「…………は、い」
     着信相手を確認する余裕はない。通話ボタンを何とかタップして辛うじて電話に出た。
    「類、大丈夫か?」
     思ってもいない声の主に、あんなに重かった身体が跳ねる。
    「つか、さ、くん……?」
     浮かれた意識と裏腹に、声が上手く紡げない。何度も呼んだ君の名前すら上手く形にならない。
    「……大丈夫、ではなさそうだな。お前が連絡もせず集合時刻に遅れてくるとはただ事ではないと思っていたが……今日はゆっくり休むと良い」
    「あ……ま、って……」
     ——切らないで。
     何とか引き留めようとするも、間に合わない。無情にも、薄い板の向こうから返ってくるのは、冷たい電子音だけだった。
     大丈夫だよ、ただの寝不足だから。だから、余計なことは考えないで。君が高みに昇る、その邪魔をしたくない。僕は君のノイズになりたくない。
     ああ、でもどうしてだろう。君が電話をくれて嬉しい、もっと君の声が聞きたい、だなんて、欲深いことを考えてしまうんだ。
     でも、呟いた声は君には聞こえていない。僕の弱々しい声を彼に届ける前に、体調を気遣われて早々に切られた通話。弱音が君に聞こえていなくて良かった——胸を占める安堵とそれらを急激に奪う喪失感が苦しくて仕方ないけれど無視をした。
     休日の練習時間は貴重なものだ。平日と比べて倍以上の時間を費やすことができる。こんなところで眠っている場合ではない、ないのだが。頭痛と吐き気で起き上がることすらできなかった。
     ——……類、類? ああ……随分酷そうだな。
     ああ、幻聴まで聞こえてきた。さっき通話を切ったばかりの君がここにいる筈がない。
     ——こんな寒い部屋で無理をするからだぞ。どうせ遅くまで起きていたのだろう。
     ピッという電子音。全身に少しだけ重い何かの質量。呆れたような君の声もいつも通り。
     ——ほら、眠ってしまえ。
     夢とは本当に都合が良い。温もりも、感触も、声も、表情ですら自分の思い通りに創り上げることができるのだ。
     でも、絶対に僕の望みは告げない。夢であったとしても、僕が心の底に沈めている想いは夢であったとしてもカタチにしてはいけない。こうして体調の悪い僕のお見舞いに来てくれて、頭を撫でてくれるだけで充分じゃないか。
    (ずっと傍にいて、どこにも行かないで)
     叶う筈のない僕の望み。現実でも夢でも摘み取られてしまったら、それこそ僕は生きる気力を失ってしまうかもしれない。
     ああ、でも——僕の鼓膜を揺らすその声を、僕が聞き間違える筈がないんだ。深夜、苛立っていた理由が分かる。僕は、君の声をどんな時でも聞いていたいんだって。一人きりの夜に寄り添ってくれる、特別な誰かにかけられるであろう、君の密やかな優しい声を一人占めしたいんだって。
     
     *
     
     無色透明の吐息を白く染める、キンと冷えた土曜の冬の朝。集合時間になっても連絡一つ入れずにワンダーステージに現れない類に、何だか嫌な予感がして、今日の練習は休みだ。そう言い残して二人の返事を待たずに、ステージに背を向けて駆け出していた。
     類の家に向かいながらかけた電話に彼は出てくれたが、その弱々しい声を聞いていられなくてすぐに通話を切った。類の家まではそれなりに時間がかかる。だが、関係ない。走れ、走れ! と、逸る鼓動と意識に背を押されるまま、足を動かし続ける。心臓が壊れても構わなかった。類の元に辿り着ければそれで良い。
     類の両親への挨拶もそこそこに、乱れた息を何とか整えながら類がいつも作業をするガレージへと駆け込んだ。外気と同じくらい冷えた部屋、ソファベッドに横たわる顔色の悪い類の姿に、心臓が止まるかと思った。
    「バカ……心配させるんじゃない」
     眠ってしまえ、そう言いながら頭を撫でると、類は幸せそうな笑みを浮かべて眠りについた。
    「人の気も知らないで……」
     呟いた声はお前には届かない。未だ、青い顔で眠り続ける類の意識をオレだけに縛り付けたいだなんて、とてもじゃないが口にできない。
    (類を……オレだけのものにしたいなんて……最低だ)
     世界中の人間を笑顔にしたい。そう穏やかに語る類の邪魔をしたくなかった。手に入れてしまったら、きっと——手離したくなくなってしまう。どうしようもなくオレは臆病だった。なのに、欲だけは人より強いのだから本当に救いようがない。
     
    『すべて盗まれた』 
     お題:手を繋ぐ、握って、まっすぐ前を
     
     例えばそれは、セリフを世に放つ直前の息を大きく吸う刹那の瞬間。
     例えばそれは、歌う時に胸に当てられる指先。
     例えばそれは、伏せられていたまつ毛が天を向く瞬間。
     例えばそれは、星の瞬きに似ている瞳。
     跳ねる声、揺れる髪、細められた眼差し、そして何よりも、
     
     ——花が綻ぶようなその笑顔。
     
     たった一人の人間、その一挙一動すべてに私の意識がすべて盗まれたと話したら、あなたは私を笑うでしょうか。それとも、気がおかしくなったのかと怪訝な顔をするでしょうか。
     
     *
     
     どれくらいこうしていただろう。温まった部屋で類の寝顔を見守り続けてから数時間。くっきりと刻まれていた青黒い隈、血の気の引いた真っ白な顔が少しマシになっており、ようやく肩の力が抜けた気がした。
     類の両親は仕事で出かけなければならないらしく、自分が類の面倒を見ると話すと申し訳なさそうに頭を下げていた。出発までまだ少し時間があるから、と昼食と称した二人分の卵雑炊を作ってくれた類の母親に礼を言うと、類はしんどい時も中々自分から言わないから類のことお願いね、と苦笑していた。
     やっと類から目を離すだけの気持ちの余裕ができたので、スマホの明かりを点けると寧々とえむからメッセージが届いており、類の体調不良とその看病をしていることを伝えてスマホを傍らにやる。
     類の手が縋るようにシーツを握り締めている。細くて長い、綺麗な指だ。シーツの代わりに自分の手を捩じ込みたくなって、今の関係を壊したくない臆病なオレはそんなことできずにキュッと拳を作る。
     中々類が目を覚さないので一人で物思いに耽る。そう言えば、いつからだったろうか、類に友人以上の想いを抱くようになったのは。
     初めはショーの話で共に熱くなれる友人ができたことをただ喜んでいただけだと思っていた。高い演出の実力を持っていて、ショーが大好きで、共に一つのショーを創る仲間。クラスメイトや幼なじみ、友人——それらと一線を引いた想いを持っていてもおかしくはないだろう。その想いが寧々やえむに対して持ち合わせていないと気付いたのはいつだったっけ。
     毎日学校でもステージでも話して、帰宅してからも類が演出を付けてくれるショーに胸が高鳴り逸る鼓動が止まらない。
     早寝早起きを心がけていたのに、明日類に会えるのが楽しみで寝付きが悪くなる日が増えた。
     スマホの着信が類のものだと、何を差し置いてでも応えたくなってしまう。そして、類からの着信じゃないと分かると落胆している自分がいた。
     いつの間にかオレの世界の中心が類になりつつあって、セカイにも類の好きそうなものが増えて、類のことが欲しくて欲しくてどうしようもなくなりそうだったが、幸い我慢することは得意だった。
     隣で笑ってくれているならそれだけで充分じゃないか。類がやりたい演出を思う存分楽しんでくれて、オレも全力で演技が出来て、みんな笑っている。これ以上、望んだらバチが当たる。そう自分に言い聞かせて気持ちを抑え込んでいれば良い。
    「ん……」
    「っ……類?」
     寝言と呻き声の境界線が曖昧だった。だが、紛れもなくそれは類の声だった。
    「…………つか、さ……くん?」
     呆然と空を見つめていた瞳が、僅かではあるが確かに煌めいた。
    「はっ……ん……。ほんと、に……いた」
     喘鳴と共に唇の隙間からこぼれ落ちた声はまだ苦しそうなのに、小さく弧を描いた唇はそれはそれは嬉しそうだった。類が笑っている。なのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。類の弱々しい笑顔を見た時の、心臓が止まりそうな、理由の見えない何か嫌な予感は。
    「……すまな、ね。練習を休みに……してしまって……」
     気怠そうに身体を起こす類の眉が力なく垂れた。類の部屋を訪れた時よりもずっと良くなった顔色と電話越しに聞いた時とは比べ物にならないくらい回復した声。だが、胸のざわめきは収まらない。
    「来てくれてありがとう、司くん。……今からでも、練習に行っておいで。僕はもう大丈夫だから……」
    「っ……笑うな、類」
     大袈裟に身体を跳ねさせる類が呆然とオレの顔を見つめている。薄く開いたままの唇と僅かに見開かれた瞳が、何を言っているのか分からないと物語っている。毛布を肩に引っかけたまま、類の動きはピタリと停止していた。
    「な、に……」
    「笑うなと、言ったんだ。類」
     思っていたよりも、強い口調になっていたかもしれない。怯えたように身体を引いた類が所在無さげに視線を彷徨わせている。オレから距離を取ろうとするもソファの背もたれに阻まれて、毛布で身体を包むことで代わりとしたらしい。
    「類……」
     踏み込み過ぎるかもしれない。類は心の奥底に触れられるのをどこか恐れているようだったから。だが、もうこれ以上何もせずにいられなかった。
    「無理に笑わなくて良い。辛いなら辛いって言って良いんだ」
     腕を伸ばした時に類が目蓋を硬く閉じなければ抱き締めていたかもしれない。そこは踏み留まったオレの理性の勝利だ。
    「え……?」
     類の手に自分の手を重ねて、冷たい指先に温もりを分け与える。信じられないものを見るような類の見開かれた瞳から涙が零れ落ちた。頬を濡らすその涙がとても綺麗で、拭うのは何だかもったいなくて、そのままにしておきたい。
    「大丈夫だからな、何も心配しなくて良い。怖いならちゃんと怖いと言ってくれ」
     笑って欲しい。笑わせたい。誰かを笑顔にしたい。それは類に対してもそうだったはずだ。だけど——、
    「お前が笑顔になれるまでずっと傍にいるからな」
     笑顔じゃない類も見ていたい。笑顔が戻る過程も見守っていたい。
     安心させるために優しく微笑む。体調が悪い時は情緒不安定にもなるだろう。ぽろぽろと溢れ続ける涙を拭うことも忘れて類が泣き続けている。嗚咽を奥歯で噛み殺し、唇を震わせて、まっすぐ前を——つまりオレの顔を見た。
    「……手を、握って欲しい」
    「ああ、もちろんだ」
    「どこにも、行かないで……」
    「……どこにも行かない。まだ寝ていろ。起きたら一緒に昼食を食べよう。類の母親が卵雑炊を作ってくれたぞ」
     弱音を吐き続ける類をゆっくり横たわらせて頭を撫でる。指を絡めてやると離さないと言いたげに類はオレの手を握り締めた。

     ——……ずっと、一緒にいてくれる?
     
     消え入りそうな声で呟いた瞬間、類はまた眠ってしまった。正直、眠ってくれて良かったと思う。衝動のまま、キスをしてしまいそうだった。
    「お前の方こそ……ずっと一緒にいてくれるのか?」
     類の全部が欲しい。彼の望むこと全て叶えてやりたいって思う。
    「……最初はショーの演出に全力で応えたい、それだけだったはずなのにな」
     自嘲しながら目蓋を伏せる。うっかり類が共に死のうって言ってきたら叶えてしまいそうなほど、オレの意識は類にすべてを奪われているのだろう。
     スターになりたい気持ちは捨てていない。寧ろ類達と一緒にショーをするようになって、強くなっている。だが、舞台俳優を目指す自分との陰に類とずっと一緒にいたい自分が棲みついていて、いつしか喰い尽くされてしまいそうだ。

     ——実に厄介なのはそれも悪くない。と思ってしまっていることだった。
     
     だが、きっと類は分かっている。オレは根本的に生き方を変えることはできないって。オレが類からワンダーランズ×ショウタイムから離れていく思っているからあんなに苦しそうな顔をしたのだろう。
     でも、類は分かっていない。どんな話でも、最後はみんな笑っているハッピーエンドじゃなきゃ嫌なんだって。
     大事な人を泣かせて終わる。そんなストーリーをオレが認めるはずがないんだって。
     
    『手に入る夢物語』 
     お題:抱きしめる、安心、確かめて
     
     夢は夢であるから美しいのだと誰かが言った。
     いつか壊れてしまうから、この世界は美しいのだと誰かが言った。
     儚く散り逝くものは尊いと誰かが言った。
     甘くて優しくて依存性が高くて、ずっとこの夢の中に浸っていたい。って思ってしまう。そんな夢をずっと見ていたいと思った。
     
     夢の中の司くんが心配してくれた。
     夢の中の司くんが手を握ってくれた。
     夢の中の司くんがどこにも行かないよって約束してくれた。
     何より、我慢しなくて良いって、教えてくれたんだ。
     頭がふわふわしていて、自分が何を言ってしまったのか定かではない。
     
     ああ、でも、望みがすべて叶った夢はどうなるのだろう。
     
     ——そんなの分かっている。いつか壊れてしまうってこと。
     
     決して明けない夜はない。それはつまり、夢はいつか必ず醒めるということだ。
     
     *
     
     今日、何度寝て起きてを繰り返しただろう。怠かった身体も流石に昼過ぎまで眠っていたら随分良くなっていた。身体の節々が眠り過ぎて硬くなってしまい、起き上がるのはそれはそれは億劫ではあったのだけれど。
    「起きたか、ねぼすけめ」
     咎めるような言葉なのに、その言葉を紡ぐ声は優しい。暖房が付いた部屋と肩までかけられた毛布で、寝汗をかいていると気付く。きっと髪もぐちゃぐちゃで、みっともないことこの上ない。一刻も早く身なりを整えたいけれど、司くんをこの部屋に留めるためソファの上から動く気にならず、ままならない己の感情を持て余す。
    「何か食べられそうか?」
     首を振ろうとして情けない音が響いた。
    「要らな……くないです……」
     傍にいて欲しいと直接言えない僕の渾身のおねだりは、空腹に耐えられなかった胃が泣き事を言ったことで失敗する。渋々だが、正直に頷く僕を見て司くんは笑った。馬鹿にされているわけではないその笑顔はひどく心地が良い。
    「雑炊を温めてくる。少しここを離れるぞ」
    「……ありがとう」
     夢の中でなら何とか口にできた〝行かないで〟という言葉は現実でカタチになることはない。笑って誤魔化して、自分の意志と感情は封じ込める。さっきまでの僕はただ夢を見ていただけだと言い聞かせた。
     司くんがここにいる、それだけで充分じゃないか。
     
     ——本当に、それだけで足りるのか?
     
     一緒にご飯を食べようって言ってくれただろう?
     
     ——そんなものどうでも良いからずっと手を握っていて欲しい。
     
     どこにも行かないで。
     
     ——ずっと僕と一緒にいて。
     
     抑えようとすればするほど、溢れてしまう。蓋の隙間から零れる欲望を一刻も早くどうにかしないと司くんが帰ってきた途端、何をするか分からない。
    「だめ、だめだ……僕は大丈夫だから……」
    「……類、大丈夫か?」
     自分以外誰もいない静寂に割り込むように耳に飛び込んできた声に身体が跳ねる。
     今、ひとつだけ願いを叶えてもらえるなら、僕をこの世界から隔離してくれと切に願っていただろう。目が見えなくなっても、声が聞こえなくても、温もりを感じられなくても、君の匂いが分からなくなっても、この身体が君を求める限り、どんな手段を使ってでも君を手に入れようとするだろうから。
    「……類、何をしているんだ」
     司くんの声が聞こえるなり、勢い良く毛布を頭から被った僕を見て、司くんは呆れているらしい。カタリとトレーを机に置いた音がした。司くんの気配が近付いてくるだけで、熱が上がる。
    「ほら、食べるぞ……出てこい」
     毛布越しに触れる手の平に、また身体が跳ねた。
    「類、出てこないなら無理やり毛布を引き剥がすぞ?」
    「……嫌だ」
     幼い子どものように駄々を捏ねた。面倒見の良い司くんなら「しょうがないな」って笑ってくれるって、君の優しさを口実に我儘を口にしていると分かっていても司くんと顔を合わせるのが恐ろしかった。
    「…………そうか、ならもう帰るぞ。邪魔をして悪かったな」
     呼吸が止まった——そんな気がした。ため息の音が聞こえて慌てて毛布を放り投げる。司くんから突き放される、そんなこと微塵も考えていなかった。恐れていたことが現実になる。
    「い、いや、待って……!」
     手に入れるのは恐ろしくとも、急に取り上げられると焦ってしまう。そして、焦ると正常な判断ができなくなってしまうのも、僕の悪い癖だ。だが、止められない。無我夢中で司くんの背中に手を伸ばす。司くんが着ているパーカーを引っ掻くが、掴むには至らない。
     空を掻く手が虚無を掴んで我に返る。ああ、僕が傷付く資格はない。だって、僕が先に君の話をきちんと聞かず突き放したのだから。
    「全く、仕方のないやつめ……」
     宙に浮いたままだった僕の手を振り返った司くんが握った。その表情は怒っていない、呆れてもいない。優しく笑った司くんは呆然と司くんを見つめる僕の頬を包み込んだ。
    「まだ寝ぼけているのか? ちゃんと目を開くんだ、類」
    「おき、て、いるよ……司くん……」
    「おお、やっと目を覚ましたな。現実に帰ってこられたか?」
     司くんの言葉に目を伏せる。夢から覚めてしまった。居心地の良い世界が終わってしまった。ずっと傍に居てくれる司くんがいなくなってしまう。
    「……目が覚めない方が良かったと、思っているか?」
     思わずこくりと頷く。目の前にいる司くんに対して失礼極まりなかったけれど、どうしてもその問いかけを否定することができなかった。
    「類、オレは早くお前に目を覚まして欲しかったぞ」
    「え……?」
    「信じられないか?」
    「な、なんで……そんなこと……」
    「オレが嘘を吐いているように見えるのか?」
     ああ、そうだつた。君は電話越しの僕の声を聞いて、駆け付けてくれたんだった。頭を撫でてくれた、この手の平の温もりは嘘じゃない。そもそも、何に対しても誠実に向き合う君が、嘘を吐く筈がないんだ。
    「嘘じゃない……」
    「ああ、その通りだ」
    「…………触れても良いかい?」
     はにかむように笑った君は、僕の手を離して腕を伸ばす。
    「ああ、いくらでも。お前が信じられるまで触ってくれ……うおっ……⁉︎」
     臆病で中々君に手が伸びない僕でも、許されるなら話は別だった。違う、臆病だから一度手に入ったら絶対に手離せない。
     司くんのことを強く、強く抱き締める。胸に頭を埋めて、背中に腕を回すと肌から伝わる温もりとしっかりと脈打つ鼓動に泣きそうになった。
     ずっと夢に描いていた、想像していたものがここにある、腕の中にある。司くんの存在を確かめるように腕に力を入れると、司くんも応えるように抱き締めてくれた。
    「司くんだ……」
    「ああ」
    「本当に、司くんがここにいる……」
    「安心したか?」
     司くんは僕を甘く見ていると思う。僕が臆病だってきっと分かっていないんだ。
    「足りない……。全然、足りないよ、司くん……」
     君は知らない。僕の君に対する執着を、どろどろに煮詰められた欲望を。君がスターになることを一番に応援したいと言う気持ちは嘘じゃない。でも、それ以上に傍にいて欲しいと思う、相反する願いを何としてでも叶えたいって強欲な僕のことを。
    「一度手に入ってしまったら……もう、離してあげられないよ」
    「そうか。じゃあ……二度と離すな」
     
     ——頭を殴られたような強い衝撃に声が出ない。
     
     まだ、僕は夢を見ているのかもしれない。僕にとって都合の良い言葉をかけてくれる彼は、僕の妄想が創り上げた存在かもしれない。でも、僕はもう知っていた。頬を包み込む温もりを、髪を撫でるその指先を、僕の名前を呼ぶ優しい声を、自分で否定したくなかった。夢だと決めつけてカタチのないものにしたくなかった。夢の世界を心地良く揺蕩うよりも、現実で喉を絞めながら喘ぐ方がずっとずっと幸せになれるんだって信じたかった。
     
     そうだ、だから僕は一人になっても、自分がやりたいと思った演出をカタチにすることを諦めなかったんだ。
     
    「何があっても離すなよ、類」
    「言われなくても……」
     
     夜空に光り輝く星をこの手に掴んだ。
     それだけでは足りなくて腕の中に閉じ込めた。
     本来なら僕はこの星の輝きに燃やし尽くされてしまっている筈だ。
     でも、この星は優しい。
     僕の身体を燃やし尽くすどころか、温もりを分け与えてくれる。
     夢はいつか覚めて消えてしまうんじゃない。
     手に入った夢物語は、現実になるんだって君が教えてくれたんだ。
     
    「現実の方がずっと良いだろう? 類」
     
     夢の中に逃げていた僕を、優しく現実にまで手を引いてくれた君に、何が返せるだろう。
     
    「愛でたし愛でたし」
     お題:捕まえた、運命、すっぽり
     
     腕の中にすっぽりと納まる大きな身体に胸の奥底が熱くなる。乾いていた心に温かな水が満ちていくような、全身幸福に浸るそんな感覚を類の身体ごと抱き締める。指の間を擦り抜けていく艶やかな髪を何度も梳くと気持ち良さそうに擦り付けてくる類の頭を抱えて、夢の中に逃げ込もうとしていたお前をやっと捕まえられたと、安堵のため息を吐いた。
     オレは類が好きだ。類もオレのことを嫌ってはいないと思っていた。
     類と共に過ごす時間が長くなるほど、オレに向けられる類の笑顔と声が甘くなっていくことに気付いて内心舞い上がっていた。
     練習を重ねるごとに厳しくなる指導と、遠慮がなくなっていく演出案に、類に認めてもらえているのだと実感してバレないようにほくそ笑んだ。そして、もっと類に認めてもらいたいと必死だった。
     
     ——だけど、類は心の奥底に沈めた感情を頑なに見せようとしなかった。
     
     オレ達で創り上げたショーを披露し、そのショーが成功する度、類の金色の瞳に揺らめくほの暗い炎が写す感情の名前を知りたかった。その瞳のままジッとオレを見つめた後、諦めたように目を伏せる理由を知りたかった。
     
     ——傷付いても、ひとりぼっちになったとしても、決して手離さなかったショーや演出よりも、天馬司という存在に執着して欲しい。
     
     そう願ってしまったんだ。
     剥き出しの感情を知りたかった。自分の肌でそれらを感じたかった。以前、オレが寧々に酷いことを言ってしまった、あの時に類が見せた鋭い視線が忘れられない。
     
     今思えば、あの時の類はオレに混じり気のない純粋な感情を向けてくれていたんだ。
     
     *
     
    「司くん、あったかい……」
    「こら、寝るな。昼食を食べるぞ」
     安心して気が抜けたのか、再び微睡み始めた類を揺り起こす。眠くなった類の体温が上がり、温もりを帯びていく身体は心地良くて正直オレもずっと抱き締めていたくはある。だが、もう既に類の部屋に、類の母親が作ってくれた雑炊を運んでしまっていた。米がふやけてしまわないように、一度焚かれた雑炊を、出汁と米を分けて保管してくれていた類の母親の優しさを無駄にするわけにはいかない。それに、また夢の中に逃げられては堪らない。類を必死で現実に引き留める。
    「類、飯を食べろ。寝るのはそれからだ」
    「ゔー……ん、要らない……」
     ゆさゆさと肩を揺らすと機嫌を損ねたのか低い唸り声が聞こえてくる。オレの上半身にへばり付いたまま離れる気配のない類の身体。一度許されると遠慮が無くなるのは新しいショーの演出を提案する時と同じらしい。甘えてくる類がだんだん小さな子どもに見えてきて、ついクスリと笑ってしまう。
    「ん……なに笑っているんだい、司くん……」
     じとり、と上目遣いに向けられた視線は、急に笑ったオレを睨み付けているようだったが、微睡みと現を揺蕩うとろりと溶けた瞳では微塵も迫力はない。同い年とは到底思えない、拗ねた類が可愛くて頬の筋肉が緩みっぱなしだ。
    「ほら、眠るのは昼食を食べてからだ。食べさせてやるから一度離れろ」
     離れろ、なんて言ってはいるが、本当は一秒も離れたくなかった。言葉にできない感情で胸の中がいっぱいになって、その想いを留めておけずに心臓から血液に乗って、指先まで届いて、類に触れた場所からオレの気持ちが余すことなく伝わっていれば良いと願った。
    「いやだ……司くんから離れたくない」
    「類、昨日の夜からどうせ何も食べていないんだろう?」
     ぐうぅ——。と、駄々を捏ねる類の代わりに類の胃が再び元気よく返事をする。
    「諦めろ、類。……そんな顔してもダメだ」
     よよよ……と弱々しい声が聞こえてきそうな悲しそうな表情は今更遅すぎる。オレはもうとっくに類に絆されているし過ぎ、類を特別扱いしてしまっているからだ。
    「食べた後でまた、たくさんくっつけば良いだろう?」
    「……今晩泊まっていってくれるなら仕方なく離れる」
    「良いぞ、類」
     甘やかしている自覚はある。名残惜しそうではあったが、脇の隙間をするりと抜けていく腕を掴みそうになって、類は現実から逃げようとしているわけではない、と自分に言い聞かせた。
     ここに来たばかりの時は冷たかった部屋が、今ではのぼせそうなくらい温かい。心なしか甘い香りもしている気がする。泊まると即答するとへにゃりとふやけた笑顔を見せる類を、最後にもう一度ぎゅっと抱き締めてから、机の上に置いていた雑炊を取りに行く。
     ソファにトレーを置いて、少しだけ冷めた雑炊をスプーンに掬う。期待したようにそわそわしている類が、口の中を火傷して悲しい気持ちにならないように息を吹いて冷ましてから、スプーンを差し出した。
     恥ずかしがる様子もなく目を伏せた類が口を開く。舌を引っ込めて口に含んだ雑炊を咀嚼する姿を眺めながら、いつか一緒に暮らしてオレの作った食事を二人で食べられたら、どんなに嬉しいことなんだろうと妄想する。
     一つの部屋で類と共に過ごして、一つのベッドで共に眠って——そんなことを考えながら類に雑炊を食べさせていたら、いつの間にか器の中は空になっていた。幸せそうに目を細めて笑う類を見てオレも幸せだった。
    「美味しかったよ。ごちそうさま、司くん。おっと……、急にどうしたんだい?」
     笑顔で名前を呼んでくれる類を見て堪らなくなって抱きついた。類を笑わせられると、こんなにも満たされるのかと、少しだけ怖くなった。
     幼い頃、大切な妹を笑顔にしたくてスターになりたいと思った。
     咲希一人だけを笑顔にするだけでは足りなくて、世界中の人を笑顔にできるようになりたいと思った。
     スターじゃない天馬司はただ一人、神代類を愛したいと思った。でも、オレは傲慢で欲張りだ。スターのオレも、類一人のために演技ができたらどんなに幸せなんだろう。
     同じ大きさの愛情を類から返して欲しいと思った。
    「さっきまで僕が世話をされていたのに、急に甘えん坊になったね」
     腕に力を込めると同じだけ類も強く抱き締めてくれる。
     強い力で抱き締められているのに、優しく包み込んでくれるのは何故だろう。
     離さないと言わんばかりの腕なのに、オレから自由を奪い、拘束するわけではない。
     独占欲を微塵も見せずに、ただオレを愛してくれているのだと力強い類の腕は教えてくれる。
    「司くん……来てくれて、ありがとう」
     オレがしてやったように、類が髪を撫でてくれる。気持ち良くてこのまま眠ってしまいそうだったが、眠りたくなかった。現実の世界に類を置き去りにして夢を見たくなかった。
     
     ——ああ、夢の中にまで類を連れて行けたら良いのに。
     
     そんな醜い願いを抱いてしまいそうなほど、幸せだった。
    「大丈夫だよ、このまま眠っても」
     心の中を読まれて跳ねた身体を摩りながら類は言葉を続けた。
    「夢の中で司くんが迷子になってしまったら、僕が必ず迎えに行くから。さっきはごめんね……情けないところを見せちゃって」
     類の部屋着を掴んで胸に顔を埋める。ドクドクとしっかりと鼓動を打つ心臓の動きを感じて、類の言葉が夢じゃないって噛み締める。
     胸の中に色んな感情が溢れて言葉にならない。でも、この感動を具体的なカタチにしたくなかった。そのままのカタチでずっと抱えていたいって思った。
     一方通行じゃなかった。受け取ったものをちゃんと類は返してくれる。
     こんなにもオレ達は愛し合っている。オレ達が出会ったことを運命と言わず、何と呼ぶのだろう。
    「ゆっくり寝よう、類。早く体調を直してくれ」
    「じゃあ、一緒に眠ってくれる?」
     
     ——お前となら夢の中でも共にいたい。
     
     返事の代わりに類の背中に回した腕に力を込めて、二人でソファに倒れ込む。しっかり手を繋いで、抱き締め合って、少しだけ照れ臭くて笑う。
    「おやすみ、良い夢を」
    「おやすみ、目が覚めたらショーの話をまたしよう」
     
     Happily ever afte(めでたしめでたし).
     こうして、夢の中に逃げ込んだ男は、幸せになりましたとさ。そんな結びの言葉が似合うお伽噺。だけど、類と二人、笑顔でハッピーエンドのその先へ行くことができたなら——、
     
     ——そのお伽噺は現実になるのだろう。
     
     
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    たまぞう

    DONE先にポイピクに載せます。
    日曜になったら支部に載せます。
    将参のお話。この間のとはセカイは別になります。
    ちょっと痛いシーンがありますがそこまで酷くないです。
    寧々ちゃんが森の民として出ますが友情出演です。
    最初と最後に出ます。
    何でもいい人向けです。
    将校は参謀と同じ痛みを感じて(物理的)生きたいというよく分からないお話ですね。
    誤字脱字は見逃してください。それではどうぞ。
    将参(友情出演寧々)「ねぇ、その首の傷痕どうしたの?」
    「っ、っっ!?」

    仕事の休憩中に紅茶を飲んでいた時のこと。
    正面の窓から現れた少女に私は驚き、口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

    「っ、ごほ…っ、げほっ、ぅ………。来ていたのですか…?」
    「うん。将校に用事があって……というか呼ばれて」
    「将校殿に?」

    森の民である緑髪の少女ーーー寧々は眉を顰めながら、私の首をじっと見つめている。そこには何かに噛み千切られたような痕があった。

    あの日のことを話そうか、少し迷っている自分がいて。
    どうしようかと目線を泳がせていると、寧々が強い力で机を叩く。

    「ほら!話して!」
    「………わっ…!わかり、ました」








    あまりの気迫に押された私はぽつりと語り始めた。
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