今夜は外食。「えへへ、ご注文は?」
「はい」
"スレッタ・マーキュリーの"エラン・ケレスは、はりきって注文を取りに来た女の子のくちに唐揚げを放り込んだ。
***
週末の"居酒屋ぷろすぺら"は、仕事帰りのお客さんで賑わっていた。ふたつある座敷もちょっとした宴会の予約で埋まっている。テーブルやカウンターにも所狭しと料理の乗った皿が並んで、楽しそうな酔っ払いの笑い声に満ちている。
学校から帰ったスレッタも紺色の前掛けをつけて忙しく皿を運んでいる。この店は母親のプロスペラひとりで切り盛りしているので、手が足りない時には娘も手伝っているのだ。数年前までは姉のエリクトもいたけれど、社会人になった彼女は、電車で1時間ほど離れた町でひとり暮らしをしている。スレッタは、少しさみしい。
「これ、ベルたちのテーブルに持って行って」
「はあい」
女将が、"かわいい後輩"のためにちょっぴりサービスした天ぷらの盛り合わせの皿を差し出す。テーブル席で向かい合っているのは、喫茶店ぺいるでパートをしているベルメリア・ウィンストンと駅裏のスーパーで働くフェン・ジュンだ。今夜は女子会らしい。
「ねえ、こっちも注文いいー?」
隅のテーブルに陣取っている喫茶店ぺいるの下宿人たちが、手を振っている。今夜は保護者の4人のオーナーが老人会の旅行で留守にしているので、皆で馴染みの店に夕飯を食べに来ているのだ。居酒屋に未成年がいることについては、"友だちのおうち"なので不問にしてほしい。
「はーい!ご注文どうぞ」
「スレッタ・マーキュリー、おつかれさま」
「エランさん!ふふ、来てくれてうれしい、です」
「…言っとくけど、このテーブルに座ってるの全員"エラン・ケレス"だからな?」
「ええと、ウーロン茶3つ、焼き鳥盛り合わせと生姜焼き、唐揚げ2皿、大盛りごはん3つ、豚汁3つ…エラン様も大盛りでいいよね?そう。他におすすめある?」
「…えへへ、だし巻き卵はわたしが焼いてます…」
「きみのだし巻き卵を食べたい」
「決断早いよ氷の君」
「好きな女には、本当にぐいぐい行くよなお前…。注文は以上で。お前たち、それでいいよな?」
「はーい」
「うん」
伝票に大きな字で注文を書いたスレッタが、括った髪を元気に揺らしてカウンターに駆け寄る。
「おかあさーん!エランさんがわたしのだし巻き卵、食べてくれるってー!」
***
座敷から一本締めが聞こえる。拍手と笑い声。
宴会がひと段落すれば、今度は片付けが忙しくなる。スレッタは、下げた食器が重なったお盆をよいしょと抱え直した。
隅のテーブルでは、まだぺいるの下宿人たちが食事を続けている。男の子たちの食欲は旺盛で、あれから唐揚げ2皿とだし巻き卵、ごはんをおかわりしている。「バアさんたちからの軍資金がある」らしく、お腹いっぱい食べたら3人で夜更かしするらしい。アイスやお菓子をたくさん買い込んで。
「スレッタ・マーキュリー」
「えへへ、ご注文は?」
「はい」
お腹空いてない?あーん。
エランがスレッタのくちに唐揚げを放り込む。まるい目をゆるませてはにかむ女の子に、「もっと食べる?」と唐揚げがもうひとつ差し出された。注文した唐揚げのうち、1皿はほとんどスレッタが食べている。女の子がテーブルに来る度に繰り広げられるこのやり取りは、もう4回目で、兄弟はだんだん慣れてきてしまった。悔しいことに。
「よく飽きもせず…」
くちをもぐもぐさせながら食器を下げて行った女の子を見送って、長男がため息をひとつ。さっきまでスレッタと見つめ合っていた弟は、涼しい顔でだし巻き卵に箸を伸ばしている。
「こいつさ、さっきはあの子に"きみのだし巻き卵を毎日食べたい"なんて言ってたんだよ」
「へ?」
「エラン様がトイレ行ってたとき」
「…返事は」
「"わたしも、エランさんのピザトーストを毎日食べたい、です♡"」
「うわぁ」
プロポーズ、うまくいっちゃってない?
兄弟たちは、揃って"未来の義理姉もしくは妹"を見つめた。まだ付き合ってもいないらしいけれど。