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    公(ハム)

    @4su_iburigakko

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    Twitter再掲。エラスレワンドロライ様よりお題「温泉」をお借りしました。

    #4スレ
    #エラスレ
    elasure

    温泉「エランさん、これ!見てください!」
     僕の部屋に約束の時間通りにやってきたスレッタは挨拶もそこそこに切り出した。
     前のめりになりながら彼女が取り出したものは資料閲覧用の端末。ここの生徒なら誰でも持っている、珍しいものではないそれを僕に手渡した。横からスレッタの指が伸びてきて画面を操作する。表示されたのは写真――低木に囲まれた水溜り……ではなく熱湯?
    「……これは?」
    「温泉です!」


     温泉。
     確か、地熱で温められた地下水などを指す言葉だ。他にも温度や溶解成分なども温泉の定義に関わってくる。らしい。詳しくは知らない。
    「えっと、地球寮のみなさんと温泉の話になったんですけど……」
     部屋に入るや否や立ったまま話し始めてしまった彼女の手を引き、ベッドに座らせる。僕がすぐ隣に座っても特に気にした様子はなかった。いつもなら必ず何かしらの反応を見せるが、彼女の声は途切れることなく続いていく。よっぽど話したいことらしい。
    「ニカさんは温泉に入ったことがあるんだそうです!」
    「うん」
    「でも、他のみなさんは驚いてて――」
     彼女の話は基本、時系列で進んでいく。が、よく脱線する。
     今も、端末に表示されている温泉の写真はニカ・ナナウラから譲られたもので、それが撮影されたのは実は数百年前なので意外と貴重なデータで、と温泉ではなく写真の話になっている。
     僕は特に気にならないので、スレッタのあちこちに移ろう話題のように軽やかな声に耳を傾けながら、声が途切れるタイミングで相槌を打つのに終始した。
     地球寮の寮生らはニカ・ナナウラの温泉経験から、過去に病気をしていたのかと心配したこと。その心配を受けた当の本人は困惑していたこと。ついには寮生らの会話が噛み合わないことに面白くなってしまったこと。
     要約すると――
    「湯治だと勘違いした」
    「とお、じ……?」
    「治療法の一種だよ。温泉には治癒効果があったりするから」
    「わぁ‼︎すごくいいですねぇ……」
     ここにもあったらいいのに、とスレッタは呟いた。
     おそらく無理だろう。
     そもそも、フロントにおいて水は想像以上に貴重品だ。水は地球から輸入しているが、コストがかなりかかる。重いからだ。だが、人間は水がないと生活できないので、単純に単価を上げていいものでもない。再生システムはあるが完全再生には未だ至っていないので、ロスしたわずか数%――人口とコストを鑑みると莫大な数%――を賄い続ける必要がある。
     それを踏まえると、温泉という特殊な成分を含んだ水を輸入するのは不可能に近い。可能性があるとすれば、それこそ、ミオリネ・レンブランが個人で輸入するか。
     などと、スレッタの疑問に答えたつもりだったが、返ってきたのは、へぇ、と先ほどより落ち着いた声だった。胸の前で右往左往していた手も膝の上へ着地している。
     逆に僕は落ち着かない気分になった。あんなに高いトーンで喋っていたのに。スレッタの顔色を見つめても特に悪くなっている印象はないが、よいとも言えない。
     実は、こういったことはよくある。
     最初は頬を染めて、声を高くして話していても、僕が返答すると会話が終わってしまう。彼女の話題が尽きただけならばいいけれど、おそらく違う。
    「……僕と話すのは、楽しくない?」
    「ぅえっ⁉︎い、っいえ!そん、そんな、ことはっ‼︎」
     スレッタの手が膝から跳ね上がり、そのまま空気を混ぜるように動き回る。
     声は高くなったけれど、これは楽しいや、嬉しいに起因するものじゃない。単に、焦りや困惑だ。
     彼女は分かりやすい。楽しいときや嬉しいときは声のトーンが高くて、血色がよい。落ち込んでいるときは、視線が足元に落ちていて、体を縮めている。他にもたくさんあるけれど……。
     でも、結局分かったところで役に立たない。
     こうやって何気ない話を重ねていくたびに、僕の記憶には楽しいや嬉しいの彼女より、焦りや困惑の彼女が積み重なっていく。
     ――笑ってほしい。僕のことを教えてほしい、と言ってくれた気持ちに応えたい。
     けれど、今まで他者との接触を遮断するように生きてきた所為なのか、全く上手く行かなかった。
     エランさん、と呼びかける彼女の声で顔を上げる。視線が僕の膝の上にある端末へ落ちていたことにも気が付かなかった。
    「どうして、その、私が楽しくないって思ったんですか?」
     僕を見つめるスレッタの青い目はきれいな丸を描いていた。目元には力が入っていて、両手はきつく指を組んでいる。真剣な表情だった。
    「楽しそうな声、じゃなかった。……違う?」
     思っていたより小さな声が出た。口の中が乾燥していたらしい。僕は口を硬く閉じて唾を飲み込んだ。
     彼女の赤い髪が頭の動きにつられて横に揺れる。
    「エランさんと、お話しするのは好きです」
     でも、と続く声には一層抑揚がなかった。
    「私は、頭が良く、ないので、エランさんのお話は難しいときがあって。上手に返すことが、出来てない気がして……」
     すみません、と小さく呟きながら彼女の視線と両手が落ちていく。
     こんなとき、どんな言葉を選べばいいんだろう。
     数少ない僕の記憶の中から、彼女が話している内容に適したものを選んだつもりだった。結果は、見ての通り。
     今までそれなりに書籍に目を通してきたはずなのに、全く役に立ってはくれない。
     それでも、何か言いたかった。
     ーーせめて、俯かないでいてほしい。笑ってくれなくてもいいから。
     苦し紛れに僕の口から出たのは、子供みたいな言葉だった。
    「……僕も、同じだよ」
     風が通り過ぎるみたいに勢いよく彼女の頭が上がった。
     見開かれた目は少し水っぽくて、白い歯がのぞく口元は緩んでいて。
     その白が際立って見えるくらい、頬は赤かった。
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