9.照らしてよ、ペリドット賭けに出たのだ。長年変わらないこの状況に、沸点を越えない水とも湯ともなりきらない中途半端な温いこの関係に、起爆剤を投じた。彼の愛し呼び声を耳にした時、あの人がどう感じるのか――それで何かが動き出せばいいと。例え自分が彼を喪う結果になったとしても今のまま何も変わらないよりは。
変わらないままならば、壊してしまえと。
彼の変化を感じたのはちょうどひと月ほど前のことだ。平日は仕事である杏寿郎さんとは土曜を二人で過ごして、翌日もそのまま一緒にいることも少なくなかったが、最近彼は予定があると言って日曜の朝には別れることが多くなっていた。自分との関係において兄への恋慕のためにこちらを利用したと杏寿郎さんは未だに思い込んでいる。だから昔から自分といる時は常に罪の意識が彼の纏う空気に滲んでいたが、最近ではそれが顕著に感じられるようになった。きっと彼と兄の間に何か変化が訪れ、それが反映されているのだろう。
彼は兄と会っている。
そのきっかけが何だったのかは明白だ。何故ならそれは自分が仕組んだことだからだ。仕事で自分が出版した写真集を借りたいという兄がそれを家に取りに来るという日、その日は留守だとわざと告げておいて杏寿郎さんを連れ込んでいた。彼にとっての大罪を兄に聞かせるためだった。ただ単に杏寿郎さんがあなたに想いを寄せていると告げたところで兄は信じないだろう。冗談だの、お前の思い違いだろうだのと笑われて終わるのがオチだ。だから何よりも兄の脳に貼り付いて離れないであろう証拠を聞かせてやったのだ。
『天、元』
快楽に組み敷かれながらあの人が兄を想って呼ぶ声は、得も言われぬ甘露を耳に落とす。それは親友だと信じてやまない兄の鼓膜にもそのように影響を及ぼしたようだった。さぞ混乱したことだろう。自分のいないところで、何故親友が自分の名前を口にするのか。しかも恋人である弟との情事の間に。あの日兄が逃げるようにうちを去り、そして兄の中でどんな科学反応が起こったのか。それはまだ知る由もなかったが、恐らく毎週のように会っているらしい二人は、ほんのひと月前の親友だった彼らとは違うものになっている。以前はどうやら兄の彼女に遠慮してか、杏寿郎さんの方からは兄に会う約束などは一切していなかったようだのに、その二人が頻繁に会っているのだから大きな変化だと言えるだろう。
詳細を知る機会は兄の方からもたらされた。撮影で海外に発つ数日前、先日貸した写真集を返したいから会わないかと兄から連絡が入ったのだ。どこで会うのか尋ねると、自分かまたは兄の自宅のどちらかにしようと言う。これはいよいよ杏寿郎さんについて言及するのだろうと予感した。兄が誘ってくる時は、大抵食事をするためのどこかの飲食店でということが多かったからだ。自宅でとなると、人にあまり聞かれたくない話をするつもりではないのか。
「どうぞ」
約束した日、久々に顔を合わせた兄はいつもの完璧な兄ではなかった。
「おお」
やつれていると言うと大げさだが、生まれながらに兄の内に宿る精気がそのまま外見に映りこんだようないつもの瑞々しさが欠けている。いったい杏寿郎さんは兄にどう相対しているのか。玄関から中へ招いて廊下を進む兄の後ろ姿を見ながら二人のやり取りを想像したが――まあそれはこれから本人の口から聞けるのだ。
「珍しいね。兄さんがうちで用を済ますなんて。いつもどこか行きたがるじゃない」
互いにソファに掛けると、こちらからゆっくりと今日の本題へ歩み寄る。
「ああ、まぁ…たまには、な」
貸した写真集を差し出して来た兄を真っ直ぐ見据えて尋ねると、らしくもなく兄は視線を泳がせた。きっと兄には自分が得体の知れないものに映っているのだろう。行為中に恋人に兄弟の名を呼ばせるような気狂いにでも。
「連絡もらって良かったよ。明後日からまた日本離れるから」
恐らくどう切り出そうか迷っている様子の兄に助け舟を出してやる。いや泥舟の間違いだろうか?
「そうなのか?今度はどこ?」
「ポルトガル。年末には帰って来る予定」
「約二ヶ月か。…長いな」
「まあね。今回は何人かのフリーのカメラマンたちと合同企画なんだ」
「そうか」
それきりまた口を閉ざした兄は、やはりあのことをどう追及すべきかまだ決めかねているようだった。ここまで来て、らしくない。いや、大胆に見えてこの人は昔から意外と枠を外れない人なのだ。実際にあんな場面を目撃しながら、まだどこかで杏寿郎さんが自分をそういう目で見ているはずがないという大衆論理を、可能性を、捨て切れないでいるのだろう。だから確かめに来たのだ。ここへ。
「そういうことだから兄さん、留守の間杏寿郎さんをよろしくね」
自分とよく似た顔へにっこりと笑いかけると、兄はこれまでの戸惑いとはまた別のそれを見せた。
「…よろしくって……」
いくら親友とはいえ、一人の自立した大人を、”ただの”親友を、「よろしく」とはどういう意味なのか兄は計りかねている。
「あいつ…いい大人だし、そもそも何で俺にそんな…」
「だって会ってるでしょう?杏寿郎さんと」
「―――」
事実を突きつけると、まるで鏡を見ているかのように自分に似通った兄の紅い瞳が揺れた。
「煉獄が、言ったのか…?」
「さぁ…?でも会っているでしょう?」
全て知っていることを大いに匂わせた問いかけに、喉に石でも詰まったように兄は音を発しなかった。こんな兄は初めて見る。
「兄さん」
呼びかけると、指がきつく中へ握り込まれた兄の手がぴくりと小さく動いた。
「写真集を返すというのはついでで、他に話したいことがあって連絡して来たんじゃないの?」
「……」
ああ、数多いる兄の友人たちに今の兄を見せてやりたい。誰が想像できるだろう。こんな風に追いつめられはぐらかしも出来ず、気の利いた言葉一つ出てこない兄を。同時に実感する。この兄をしてこんな風にしているのは他でもないあの人なのだと。今まで、兄にとっては友人でしかなかったあの人が、兄をこんなにも愚鈍にしている。
「…お前…どこまで知ってる」
「兄さんこそ」
突如とぼけて見せると、漸く少し苛立ちが顔を出した。
「……お前ら、付き合ってんだよな?」
「何を今更」
「………っ…じゃあ何であの時、っ」
この期に及んで言っていいものかどうかまだ迷っている様子が笑える。こっちはあの日鉢合うようにわざと、呼び寄せたというのに。
「…………。……さっきの写真集、借りに来た日…、聞いちまって…」
聞いてしまったんじゃなく聴かせたんだよ。
「何を?」
「……いや俺最初気づかなくて……お前らがいたの…」
大きな手のひらがくしゃりと柔らかい銀色の髪を無造作に掴んだ。指の先が白くなるほどそうした後、兄は意を決したように俯けていた顔を上げてこちらを見た。
「あい、つが……煉獄が…、俺の名前呼んでんの…聞いちまった…」
紙のように白くなった兄の顔を見てようやく言えたねと褒めてやりたい気分だった。そんな意気地でよくあの人を繋ぎ止めたものだ。まさか毎回会う度お茶だけ飲んで、はいさようならなんてしているわけでもないだろうに。
「ふふ、っ」
「な、に笑って…」
堪えきれず漏れた笑い声を聞いて、放心したような力無い声を出す兄にますます肩が震えてしまう。
「驚いた?兄さん」
「は…?」
「あれ聞いた時、何で?って思ったでしょう、訳が解らないよね。俺だって兄さんの立場だったらきっとそう」
「……お前、知ってたのか…、…俺があの時お前ん家にいたの……」
信じられないものを見るように兄がこちらを見つめてくる。その期待に答えて正解を披露する。
「だってこの日に取りに来てって、俺が兄さんに言ったんじゃないか。留守にしてるからいつものように鍵を開けてって」
「何でそんな、嘘…」
「兄さんが来るの解ってたらあの人が抱かれるわけがないからさ。まして”あんな風に”呼んだり、ね?」
「っ…」
「ねぇ、どんな気分だった?親友にああいう声で呼ばれて、まずは驚いたんだろうけどその後は?」
「あれ、は………お前が…煉獄にさせてることなのか…?」
質問で返って来た兄の言葉を肯定の意で以て、口元だけで笑む。
「何で……何のために、…あいつも何でそんなおかしなこと…言うこと聞いて……」
「それを直接杏寿郎さんに聞いたんじゃないの、兄さんは」
「……あいつ…言わねぇから…」
「やり方が悪いんじゃない?もっと言いたくなるような方法じゃないと」
「………」
その”やり方”がどんなものか、今の今まで飽くまで予測でしかなかったが、当の本人の反応からしてそれは間違っていないように思う。
残念ながら、自分の望むゴールは早くも崩れ去っているのが、見える。けれどもう引き返せない――
「ねぇ、兄さん」
ゆっくりと立ち上がり、向かいに座る兄の方へ一歩一歩足を進める。
「どんな気分なの?弟の恋人を寝取る気分というのは」
「…!」
目を見開いたまま、今度こそ兄は固まってしまったように俺を見つめて動かなかった。絵を描くこの本人こそモデルに最適な容姿を持っていて、まるで物言わぬ彫刻のよう。自分とそっくりな顔をこんな風に例えるのも何だけれど。
「煉獄が………」
「いや?あの人は何も言わないよ。兄さんと同じで隠し通せていると思っているみたい。二人して呑気だね」
「な、あ…信じてもらえるとは思ってねぇけど……別にお前らの仲を割いてやろうとかそういうつもりは…」
「はっ!」
あの人に手を出したことに対して責められていると勘違いした様子の兄の言葉を思わず笑い飛ばした。しかし勘違いする兄の気持ちも解る。普通は問い詰めるところなんだろう。いくらこちらが仕組んだこととはいえ、一般的に言って人のものに手を出した方が悪いのだ。
「あの人に何故兄さんの名前を呼ばせるのか解る?」
こんなことを聞かれていったい誰が答えられる。だって杏寿郎さん自身最初はひどく拒んでいた。解っている。常軌を逸していることなどとっくに――
「………」
兄の目の前に立ちはだかるようにしていたのを、音も無くその隣に腰を下ろした。
「杏寿郎さんがずっと兄さんを好きだからだよ」
「―――」
兄の唇から声にならなかった息が小さく吐き出された。瞳孔がゆらゆらと不安定に揺れる紅い瞳の中で自分が波打っている。
「俺はずっと身代わりなんだよ、兄さんの」
「…は?」
「この顔のお陰でね、あの人はずっと傍にいてくれているんだ」
「ちょっと…」
「でも可哀想だろ?顔が似ているってだけで好きでもない男に脚開くのは。だから俺が提案したんだよ、あの人に」
―――ねぇ、たまには声に出して呼んでみたらどう?自分で暗示を掛けるみたいな感じかな――
初めてこう告げた時のあの人の顔を思い出す。自分に対する畏怖と、強いられて、そのふりをして、兄の名を呼べる状況に段々と溺れていく恍惚の―…
「……」
じくりと痛んだ胸の端には気づかないふりを。
「ずっと想い続けている兄さんを呼びながらイった方が何倍も幸せじゃない、って」
混乱、苦痛、困惑、後悔……様々な感情が兄の貌に重なる。
「……そん、…………」
「兄さん」
あなたは、数あるあなたの武器の内の一つである言葉ひとつ紡げず。
「杏寿郎さんの気持ちを知りもしないであの人のこと抱いたの」
しかし対する自分も惨めな牽制でしか立ち向かえない。だってあの人の秘密の寵愛を受ける兄にどうやって優れるというの。兄はその幸運にずっと気づいてすらいなかったけれど、自分が勝る点と言えば片恋の長さくらいで。
「…あいつが俺を好きとか………マジで言ってんの」
「兄さんこそ本気で言ってるの?それ」
大真面目な顔に対して吐き捨てるように笑う。
「何年もずっとずっと傍にいながら気づかなかった?学生の頃から恋人に困ることがなかったようなモテる人が聞いて呆れるね」
「………」
「一番大事な存在の気持ちに気づけなかったなんて。親友って、何のためだったの?」
耳元で挑発するように言うと、案の定手が伸びてきて腕を強く掴まれた。怒りを堪えるようにぎりぎりと震えている。ねぇ兄さん、それは何に対しての怒りなの。
「でももう遅いよ。あの人の気持ちを踏みにじったんだ」
「っ…」
「ああでもそんなこと関係ないか。別に兄さんは杏寿郎さんのことは何とも思っていないんだから」
何も言えないでしょう。睨んでくることしかできないのが、その証拠。
「ね?」
「…………狂ってる…」
自分がこの兄から負け惜しみを引き出せるなんて。
「自分はどうなの?」
正しさなんてもうどこにもない。
****
どこから間違ってしまったのか。
何がいけなかったのか。
どうしたら良かったのか。
考えても引き返せることはもう何一つなくて。
何をして、何をしないのか、選び取って来たのは自分で。
好きにならなければ良かった。友人のままでいられたら。いっそそれすらやめてしまっていれば。自分がもっと意志を強く持てていたら。相手を思い遣れていたら――こんなことにはならなかったかもしれないのに。
その手を取らなければ。途中で振りほどく強さを持てていたら、違う道があったのかもしれない。そう考えてみても、どうあっても、彼に惹かれる自分しか想像ができなくて。暗闇の中で見つけた一筋の光のように、惹きつけられてきっと抗えない。
こんな風に誰もが血を流すなら”彼”に出会わなければ良かったのかと、今はただそればかりを。
*****
煉󠄁獄と連絡がつかなくなった。
自分があいつにしてきたことを考えれば当たり前のことなのかもしれないが、何度理不尽な理由で抱かれようと煉󠄁獄が拒んだことも、最低な俺からの外道な連絡を無視するようなこともこれまで一度もなかったから、いやに気になっていた。
『杏寿郎さんがずっと兄さんを好きだからだよ』
確かめなければいけないのに。弟の嘘なのかもしれない。そう疑うくらいには、今まで一度として煉󠄁獄からそういう印象を受けたことがなかったから。出会った時から親友としてずっと今まで同じ目線で笑い合っているのだと思っていたから。そうじゃなかったのだと弟の暴露で知った時、胸に去来したのは悲しみや虚しさじゃなくて。
(それにそんな嘘ついて、あいつに何の得が…)
そう思ってもでも、やっぱり本人の口から聞くまでは――。
『恋人でも何でもない…他人なのだから知る必要もないだろう』
煉󠄁獄が本当に俺を好きだとして…どんな想いで言ったのだろう。彼の想いを知った今とでは(まだ確かめる前だが)当然感じ方が違う。あんなことを言わせたのは自分だ。そして煉󠄁獄の想いを踏みにじったという弟の言葉は真実だ。謝って、それから、確かめなければ。
何を?
(俺は、煉󠄁獄とどういう関係でいたいのかを…)
なのに。
「何で出ねぇんだよ……」
出たくなくても当然だと思いながらも溢れる文句。返信のないトークアプリでは埒が明かなくて、ずっと電話をかけてみているがいっこうに繋がらない。一度終話ボタンを押したのを、無駄と思いながらももう一度かけ直した。
『この電話は現在電波の届かないところにあるか、電源が入っておりま「はっ?」
苛立ちをスマートフォンにぶつけたところで何も解決しないのに、電話をかけることすらままならなくなったことにどうしても声を荒げてしまう。
ウザくて電源切られた?さっきまで呼び出しはできてたのに。いや電池が切れただけかも。金曜の夜だし、誰かといるのかもしれない。弟はまだ仕事で海外にいるからあいつと一緒ではないことは確かだ。
煉󠄁獄の気持ちを弟づてに聞いてから早くも二週間が経ってしまった。…決心がつかなくて。もしも全部弟のはったりで、騙されていて、何もかも自分の勘違いだったら――。煉󠄁獄に確かめた時全部否定されたら、どうしたらいい?だって、俺は、…あんなことしておいてからやっと気づいたから…。こんなに躊躇するのは、俺が煉󠄁獄を――
「っ…」
毎年律儀に送ってくれている年賀状を引っ張り出して確認した住所で、煉󠄁獄のマンションへ押しかけた。インターホンを何回押しても当然出ない。部屋に明かりがついていないのだから着いた時から留守は分かりきっていたが、でも、それでも今、会いたかった。だって、
『なんかさ、煉󠄁獄ってちょっと色っぽい時あるよな』
『はぁ?お前もしかしてそっちの気あんのかよー』
『いや違うけどさ、ない?たまに。あの顔だからかな、ちょっとエロいなって思う時あんだよな』
『あー…、まぁ解んなくもねぇけど』
高校の時、何気なく耳に入ってきたクラスメイトの会話をこの間唐突に思い出した。何か他に用事があったのか、高く髪を結った道着姿で教室前の廊下を通りすがった煉󠄁獄を見た男子がそんなことを言っていたのを。そして、その時何故かモヤモヤしたものを感じたことを、唐突に。今までずっとそんなこと忘れていたのに。煉󠄁獄の気持ちを知ったからだろうか。記憶の底から急にポンと、浮かび上がってきたのだった。
(何で同じ高校に進学したのかも伝えたことなかったけど、あいつといたいって思ったからじゃなかったっけ…)
段々と、次々と、浮き彫りになってくる自分にとって煉󠄁獄が特別だった理由。一緒に過ごして築いてきたものも勿論あるけれど、そもそも初めて教壇から彼を見つけた時からきっと――
こんなことになってから、気づくなんて。
「もう遅すぎだって話だよな…」
人差し指が再び力なく押したインターホンが、虚しく彼の部屋の中で響いているのが扉越しに聞こえた。
「しばらく留守にしてるみたいですよ、その部屋の人」
急にかけられた声に弾かれたように顔を上げると、コンビニにでも出かけるのか軽装の男が隣の部屋から出て来た。その煉󠄁獄の隣人が鍵をかけながら続ける。
「居れば多少の物音とか気配が隣なんで解るんですけど、そんなんがここ一ヶ月近くかなぁ?しないんで」
俺が何度もインターホンを押した音が隣まで通っていたんだろう。こちらの都合など知らない彼は、のんびりとそう教えてくれた。
「…そう、ですか……」
礼を言うと、軽く会釈して男はエレベーターの方へ歩いて行った。
一ヶ月近く…。出張とかだろうか。今までそんな長い期間留守にすることはあったんだろうか。ただの友人であった自分に煉󠄁獄がそんなことを知らせる義務なんてないのだから、彼の仕事の内情なんて俺は知りもしない。旅行?有り得なくはないが、何だか違うような気もする。
「結局俺、あいつのこと何も知らねぇんだ……」
何年も一緒にいたのに。
「…………」
こんな自分が気づけるわけなかった。気づかなかったくせに無闇に傷つけた。まだ一緒にいたいって、煉󠄁獄の気持ちを知った今は、今まで以上にそう思っているのに、そんな資格はないのかもしれない。せめて、顔が見れたら。区切りをつけるしかない結果になったとしても、これでは永遠に自分の感情が迷子のままだ。
「どこにいんだよ…」
過去一番、お前に会いたいのに。
こんな思いを煉󠄁獄もしたことがあったのだろうかという考えが過ぎった時、自分のことよりもそのことの方が胸が痛く感じた。