《夜に生きるも昼に生きるも》島杜澄は弟からの報告を受け、歓楽街に向かっていた。別に赴く必要などなかったのだが、上司のすこぶる機嫌が悪く、適当な理由をつけて出てきたわけだ。
瞠と正反対の浅黒い肌、大きな瞳に童顔、平均的な身長、唯一似ている身体的特長があるとしたら垂れ目であることくらい――だが、趣味は多少似ているらしい。ショートボブの黒髪、その一部を金髪に染めていた。
スーツにトレンチコートという服装には些か不釣り合い――否、警察には相応しくない派手な髪色であるが、そもそも警視庁特殊犯罪対策部、人体変異薬物対策一課にはこういったファッションが許されている。
『アロハシャツにジーンズだろうが、耳にピアスが沢山ついていようが仕事さえしていれば文句は言われない……優秀だけど、それくらい変わり者が多いのよ。変異薬物一課は』
在りし日の藤月真由紀は彼らをそう評していた。――間違いではない。
『それに、黒い噂も多くて――』
――間違いではない。
「瞠、また引き渡したのか」
歓楽街に向かう最中、車内で報告を見ながら澄は頬を掻いた。原則人間側で収監する決まりとなっているのだが、瞠がワイアットに引き渡した様な事例が多々あるのだ。
勿論、警察側が売人を収監したとしても、彼らに待っている結末は変わらない。
「なあ、どう思う?夢梯センセ」
「……そうだね、あまり良くないかな」
それまで黙って車を運転していた男に澄は話題を振る。ミルクティー色に髪を染めた、柔和な男である。名前を夢梯舷佑――職業は医師だ。千鳥格子柄のジャケットとパンツ、ブランド物のセットアップを身に着けているが、曰く本人の趣味ではなく、姉に押し付けられたものらしい。
優柔不断、良くも悪くも日本人、それからお人好し――夢梯という男を表すならそれが相応しくもあり、また掛け離れている。
「待っているものが死だとしても、救える可能性があるならそれを捨てるわけには行かないよ」
「ああ、サンプルを気に入らないからってポイポイ捨てられても困っちゃうもんな」
「そうじゃないよ澄くん……」
がっくりと肩を落とす夢梯に、澄は冗談だと笑う。
「まあ、肝心の結果出てないんだけどね」
「出てるじゃん。俺らがバグらないのは夢梯先生のお陰なわけで、薬の持続時間だって上がってる。進んでるよ」
「……そうかな」
「そうそう」
そして夢梯は真面目な男である。これから向かう歓楽街にいっそ清々しいまでに縁がなく、その手の色っぽい話題を一切聞かない。
彼の友人であり、澄の上司である春藤幸彦であれば一つや二つ知っているかもしれないが、それくらい彼は診療と研究で缶詰生活を送っているのだ。一応併設のジムで鍛えて入るのでそれなりに見目は良いが――
「ついでに遊んでく?」
「は?!」
これだ。
大袈裟なくらい肩を揺らしても運転に影響がないのが不思議である。
「たまには肩の力抜きなって」
「いや……リフレッシュなら間に合ってるよ」
「そう?」
「おじさんからかって楽しいの?
……ああ、着いたよ」
シートベルトを外し、車から降りる。
夕刻の歓楽街は欲望を煽るようにネオンランプを灯し始め、口を開けて人々を待つ。
二人はその門に足を踏み入れ、少しだけ淀んだ、生暖かい空気を感じながら進んで行く。
「今日いるのは誰だっけ」
「ワイアットの兄君。クーロン絡んでるなら妥当だ」
「ライリーさんか」
「あれ、なんか安心してる?」
「まあ、一番話しは通じるから。幸彦は嫌いみたいだけど」
「はは、嫌いどころか大嫌いだね」
耳に入る雑踏すらも生臭い、淀んだ空気にネオンが反射する街を支配下に置いている存在――二人がこれから訪ねる男である。
夜の国、序列第五位。
ワイアットの兄であり、同じく人狼と吸血鬼の血を引く人物で、夢梯が言うように支配階級六人の中では一番話が通じる。
というのも、人間を資源や胎として見ているものが多いナイトウォーカーの中でも彼は人間との対話を楽しむ傾向にあるのだ。
特に華やかな女性を好み、いつも違う女性を連れていることは有名な話である。
「薬の件で着いてきたんだろうけど、先生本当に大丈夫?」
「うん、僕は別に彼のこと苦手じゃないからね」
「そうじゃなくて」