「おやすみ」
「おやすみなさい」
瞼を閉じても、そこにもう闇はない。
晶が『エトワール・キャッスル』などと呼んだ僕たちの拠点。そこには最低限の屋根しかない。故に三人が並んで寝転ぶと誰か一人はその恩恵に預かれない。雨が降った場合は別としても、星の輝きが降り注ぐなんて素敵じゃないかと晶が言ったために屋根が拡張されることはなかった。何よりあのとき僕たちは拠点を作り続けてくたくただった。だからこれ以上屋根が広がることもなかった。それだけの話だ。
ともあれ、その屋根がない位置で寝る係が今日は僕だった。
寝返りは最低限しか打てないが、方向を間違うと晶と鉢合わせる。晶は左にいるから右を向いて眠るんだと身体を硬くしていたものの、人間たるもの眠気とともに力が抜ける。そのうちに仰向けになり、そうしてついに左へと寝返りを打ってしまってから、ハッと気がついた。目を開ければあの主張がうるさい――見た目は整った顔が間近に広がってしまう。それはなんだか心臓が落ち着かなくなりそうで嫌だった。嫌でも数日前に言われたあれこれを思い出してしまうから。ああ、けれども彼だって寝返りを打っているかもしれない。その場合それは彼の愛しのマイ・エンジェルに向けられていることだろう。ノエルも大変なことだ。先程も「君を危険から守るために抱きしめて眠るよ!」なんて言い出して足蹴にされていたというのに。
(――……ん?)
微かな違和感。目を開いたのは、それを感じたのと同時で。
「……………え?」
違和感の正体は呆気なく割れた。
晶は、僕が危惧した場所――つまり僕のすぐ隣に寝てなどいなかった。
体温も寝息も聴こえなかったのはそれかと思いながら、次に目に入ったものに思わず顔をしかめる。
降り注いでくるんじゃないかという量のほし、ほし、ほし。夜空を埋め尽くした小さな光の集合体が、屋根のない僕の寝床を明るく照らしている。
この晩の月は細くとっくに沈んでしまったため、この光はすべて星によるものだった。
どうせ隣はいないのだからと少しだけ腕と足を広げ、星のあかりを受け取ろうと目を閉じる。
まぶたの向こうに輝く星々に対し、晶の声が重なった。「世界は広い」と彼は言った。その広い世界の中の、ここはなんなのだろう。
見上げる限りの星の欠片が放つ輝きに包まれると、まるで宇宙のなかに防護服などを何も身に着けず投げ出されたような気持ちになった。宇宙空間は『無』の場所だと知っていた。熱いのか、寒いのか、今のように風を感じるのか、音はするのか。
――でもきっと、そんな中でも晶は踊るんだろう。不思議とそう思った。
『星々の光を反射する俺は美しいだろう?』なんて言って闇に圧倒されることなく舞うのだ。
(じゃ、なくて。晶はどこに行ったんだ)
もう一度目を開く。少し遠くにノエルの頭が見えた。そのもう少し向こう――波打ち際のあたりに動く影を認め、僕は身体を起こした。
「やあ蛍、君も眠れなかったのかい?」
「そういうわけじゃなかったけれど……またどうして君は、こんな場所で踊ってるのさ」
「星が美しかったからね。星の光に照らされる俺もまた美しいだろう?」
「……否定はしないでおくから、続けてよ」
僕の言葉にうん? と晶の片眉があがる。
一緒には踊らないよと砂浜に腰をおろすと、気には留めなかったのだろう彼は元の位置について再び踊り始めた。
感覚を限界まで研ぎ澄ませて野生にかえる、なんてことを堂々と言ってのけた幼馴染が今、砂を蹴り上げては掌を天に向け、あの試合会場にいた『精霊』とはもはや似ても似つかないほどの力強さをもって踊っている。
月がない夜だ。だからこそ今自分と晶に降り注ぐ光は天を覆うかのごとく煌めく星々によるもので間違いないのだろう。
何かを確かめるように、昨日までとの変化を噛みしめるようにも見える動きをして最後の振りまで演じきる。
ざん、と波の音だけが鳴った。
「蛍」
膝を抱える僕と、手を差し伸べる晶。
記憶の奥底にある幼い頃の光景がふっと脳裏によぎった。
もう今の僕に彼に助けられるようなやわさはない。けれども――手を取り合い、進んでいくことはできる。
ぱし、と手を取って腰を上げながら引っ張り上げてもらった。
「おっと」
「うわ」
少しだけ勢いが余って抱きとめられる。まるでワルツを踊るかのような構えになった。晶の満面の笑みが視界に入る。
ワン、トット、ツー、トット。カウントの後、同時に踏み出した。
手を繋いだままでいると、不思議と晶の力強さに引っ張られてこちらも力が沸いてくる気がする。悪くない心地だ。この手と共に行けばたとえ宇宙に投げ出されてもやっていけるとさえ思うほどに。
まばゆいばかりの星空はまだまだ白んでいくことがない。
結局そのまま照らされて、何周かぐるぐると踊っていたのだった。